この段は、大学数学の入口である。Part C までに手を動かして身につけた極限・微積分・図形の計算を、定義から出発して組み直す。中心は ε-論法と基礎解析——「なぜ収束するのか」「なぜ連続なのか」を、直感ではなく定義と不等式評価で確かめる作法——であり、これと並行して離散数学と線形代数という、大学数学のもう二本の柱に入る。Part C が「計算に習熟する」段だったのに対し、Part D は「定義に従えばほとんど計算」という、定義駆動の数学への移行帯である。
この段に置く単元
| 単元 | 扱うこと |
|---|---|
| ε-論法と基礎解析 | ε-δ 型の文の読解・一意存在・well-defined 性という大学数学の作法から、上限公理と ε-N/ε-δ、連続・中間値・平均値・テイラー、リーマン積分・微積分の基本定理・級数判定まで |
| 離散数学とアルゴリズム | 数え上げ・漸化式・母関数、グラフ・木・探索・最短路・彩色、アルゴリズムの正当性と計算量まで |
| 線形代数 I | 行列演算・掃き出し・行列式から線形写像・固有値・対角化、抽象ベクトル空間・基底・次元・内積空間まで |
この並びにした理由
ε-論法と基礎解析をこの段の中心に置く。Part B・Part C の数列・極限・微積分で計算にはすでに慣れているため、ここで問われるのは新しい計算ではなく、「収束する」「連続である」といった直感的な言葉を、ε と N(あるいは δ)を使った定義に翻訳し、そこから中間値の定理や平均値の定理を証明する作法である。この作法は、Part E 以降のほぼすべての単元(位相空間論 I の距離空間、測度と確率の収束定理、複素解析の一様収束など)で繰り返し使う共通言語になるため、最初にここへ据えている。
線形代数 Iは、具体的な行列計算(掃き出し法・行列式・固有値)から出発し、抽象的なベクトル空間・基底・次元へ抽象化していく単元である。座標という具体物から抽象概念へ向かう流れは ε-論法の抽象化と並行して進められるため、同じ段に置く。ここで身につけた固有値・対角化は、Part E の線形代数IIでジョルダン標準形・双対・テンソル積へと精密化される。
離散数学とアルゴリズムは、実数の連続性を扱う解析・線形代数とは対照的に、数え上げ・グラフ・計算量という離散的な対象を扱う。証明の作法(帰納法、存在と一意性の議論)は ε-論法と共通するが、対象が離散的であるぶん εδ 論法の記号操作に慣れる前の足がかりにもなる。ここで扱うグラフ・計算量の考え方は、Part E の計算理論や数値解析の反復法の停止性・計算量評価に接続する。
参考にした基準
大学以降の配置は、複数の数学科の公開カリキュラムに共通して見られる、学部初年度の構成を参考にしている。
- 東京大学 数学科カリキュラム
- ケンブリッジ大学 Mathematical Tripos
- マサチューセッツ工科大学 Mathematics
- ボン大学 Bachelor Mathematik
いずれの課程も、初年度に「解析(ε-δ 論法による1変数の微積分の再構成)」と「線形代数(行列計算から抽象ベクトル空間へ)」を並行して置き、そこに離散数学・計算機科学の基礎を組み合わせる構成が共通している。これは、専門を選ぶ前の段階で、解析・代数という二本の言語と、証明の作法そのものを早期に身につけさせるためと考えられる。ランキングを順序の根拠にはせず、複数校に共通するこの構成を採用している。
前の段・次の段へ
Part C(高校3年ごろ)で身につけた計算力を土台に、この段で ε-論法・行列計算・離散的な証明の作法を身につける。ここでの定義駆動の作法が身につくと、Part E(学部課程程度)で、位相・測度・複素解析・抽象代数の入口へ、証明を書きながら進んでいく。