1 期待値と分布による積分
確率空間を(Ω,F,P)とする。
定義 1.1. 非負確率変数Xの期待値 (expectation) を
E[X]=∫ΩXdP∈[0,∞]と定める。実数値確率変数Xが可積分、すなわちE[∣X∣]<∞であるときは、
E[X]=E[X+]−E[X−]∈Rと定める。E[X+]=E[X−]=∞の場合にはE[X]を定めない。
命題 1.2.X,Yを可積分確率変数とし、a,b∈Rとする。このときaX+bYは可積分であり、
E[aX+bY]=aE[X]+bE[Y]が成り立つ。
証明.∣aX+bY∣≤∣a∣∣X∣+∣b∣∣Y∣と積分の単調性により、
E[∣aX+bY∣]≤∣a∣E[∣X∣]+∣b∣E[∣Y∣]<∞である。したがってaX+bYは可積分である。可積分関数に対する Lebesgue 積分の線形性§E9.6 定理 3.2を適用すると、主張の等式を得る。▨
定理 1.3.Xを実数値確率変数とし、その分布をμX=P∘X−1とする。Borel 可測関数g:R→Rが非負であるか、μXに関して可積分であるならば、
E[g(X)]=∫Rg(x)μX(dx)が成り立つ。さらに、g(X)が可積分であることとgがμXに関して可積分であることは同値である。
証明. 像測度に関する積分公式§E9.6 定理 5.3を、可測写像Xと測度Pに適用すれば、非負 Borel 可測関数に対する等式を得る。特に∣g∣へ適用すると、
E[∣g(X)∣]=∫R∣g(x)∣μX(dx)であるから、可積分性の同値が従う。可積分なgについてはg=g+−g−の両項へ非負の場合の公式を適用し、その差を取ればよい。▨
例 1.4 (有限分布における期待値). 確率変数Xが値−1,0,2をそれぞれ確率1/4,1/4,1/2で取るとする。このとき
E[X]=−41+2⋅21=43,E[X2]=41+4⋅21=49である。したがって、後で定義する分散は
Var(X)=49−(43)2=1627となる。
2 積率、分散、共分散
定義 2.1.k≥1を整数とする。E[∣X∣k]<∞であるとき、E[Xk]をXの k次積率 (k-th moment) という。X∈L2(P)であるとき、
Var(X)=E[(X−E[X])2]を分散 (variance) という。X,Y∈L2(P)であるとき、
Cov(X,Y)=E[(X−E[X])(Y−E[Y])]を共分散 (covariance) という。
確率測度は有限測度であるため、L2(P)⊂L1(P)である。この包含と積の可積分性は次の不等式から従う。
定理 2.2 (Cauchy–Schwarz の不等式).X,Y∈L2(P)ならばXY∈L1(P)であり、
E[∣XY∣]≤(E[X2])1/2(E[Y2])1/2が成り立つ。
証明. Hölder の不等式§E9.12 定理 4.2を、測度空間(Ω,F,P)、指数p=q=2、関数X,Yに適用する。このとき右辺は有限であるからXYは可積分であり、表示された不等式を得る。▨
特にY=1とすればE[∣X∣]≤(E[X2])1/2であり、L2(P)⊂L1(P)が確認される。
命題 2.3.X,Y∈L2(P)とa,b,c,d∈Rに対して、
Var(X)Cov(X,Y)Var(aX+b)Cov(aX+b,cY+d)=E[X2]−E[X]2,=E[XY]−E[X]E[Y],=a2Var(X),=acCov(X,Y)が成り立つ。また、∣Cov(X,Y)∣≤Var(X)Var(Y)である。
証明. Cauchy–Schwarz の不等式により、現れる積はすべて可積分である。各定義を展開し、期待値の線形性を用いると最初の四つの等式を得る。最後の不等式は Cauchy–Schwarz の不等式をX−E[X]とY−E[Y]に適用して得られる。▨
3 確率不等式
定理 3.1 (Markov の不等式).Xを非負確率変数とし、a>0とする。このとき
P(X≥a)≤aE[X]が成り立つ。右辺は正の無限大であってもよい。
証明. 点ごとにa1{X≥a}≤Xである。非負関数の積分の単調性を適用すると、
aP(X≥a)=E[a1{X≥a}]≤E[X]となる。a>0で割れば主張を得る。▨
系 3.2 (Chebyshev の不等式).X∈L2(P)とt>0に対して、
P(∣X−E[X]∣≥t)≤t2Var(X)が成り立つ。
証明. 非負確率変数(X−E[X])2と閾値t2に Markov の不等式を適用する。事象{(X−E[X])2≥t2}は{∣X−E[X]∣≥t}に等しいため、主張が従う。▨
定理 3.4 (Jensen の不等式).I⊂Rを区間とし、φ:I→Rを凸関数とする。P(X∈I)=1であり、Xとφ(X)が可積分で、E[X]∈Iであると仮定する。このとき
φ(E[X])≤E[φ(X)]が成り立つ。
証明.m=E[X]と置く。mがIの内点であるとする。凸性により、x<m<yならば
m−xφ(m)−φ(x)≤y−mφ(y)−φ(m).左辺をx<mについて上限した値をs−、右辺をy>mについて下限した値をs+とする。u0<m<v0を固定する。x≤u0では左側の勾配は(φ(m)−φ(u0))/(m−u0)以下であり、u0<x<mでは(φ(v0)−φ(m))/(v0−m)以下である。右側の勾配にも同じ二つの固定勾配から有限な下界を得る。したがってs−,s+は有限であり、s−≤s+である。s∈[s−,s+]を選ぶと、割線勾配の定義からすべてのx∈Iに対して
φ(x)≥φ(m)+s(x−m)が成り立つ。両辺は可積分であるから積分の単調性を適用し、
E[φ(X)]≥φ(m)+s(E[X]−m)=φ(m)を得る。
mがIの端点である場合を考える。例えばm=infIがIに属するとする。X−m≥0かつE[X−m]=0であるから、非負関数の積分が零であることよりX=mがほとんど至る所で成り立つ。上端の場合も同様である。したがって、この場合には等号が成り立つ。▨
4 演習
問題 4.1.
- X∈L2(P)とa∈Rに対して、a↦E[(X−a)2]がa=E[X]で最小になることを証明せよ。
- X≥0かつE[X]<∞とする。P(X≥a)≤E[X]/aを用いて、P(X≥n)→0を示せ。
- X,Y∈L2(P)がVar(X)=4、Var(Y)=9を満たすとする。共分散の不等式を用いて、1≤Var(X+Y)≤25を示せ。
5 扱った範囲と次の記事
本記事では、期待値を Lebesgue 積分として定義し、二次可積分性の下で分散と共分散を定めた。また、Markov、Chebyshev、Jensen の不等式を証明した。次の記事では、これらの公式を Bernoulli 分布、二項分布、幾何分布、Poisson 分布、一様分布、指数分布、および正規分布へ適用する。