1 確率変数と像測度
定義 1.1.(Ω,F,P)を確率空間とする。可測写像
X:(Ω,F)⟶(R,B(R))を実数値確率変数 (real-valued random variable) という。Xの分布 (distribution) または法則 (law) とは、
μX(B)=P(X∈B)=P(X−1(B))(B∈B(R))によって定まる像測度μX=P∘X−1のことである。
可測性は、上の式の逆像がすべてFに属することを保証する。
命題 1.2.定義 1.1のμXは(R,B(R))上の確率測度である。
証明.X−1(∅)=∅なのでμX(∅)=0である。二つずつ交わらない Borel 集合B1,B2,…に対して、逆像X−1(Bn)も二つずつ交わらず、逆像は可算和と可換する。したがって、
μX(n=1⋃∞Bn)=P(n=1⋃∞X−1(Bn))=n=1∑∞μX(Bn)である。また、μX(R)=P(Ω)=1である。▨
分布は確率変数が定義された標本空間を忘れ、各 Borel 集合へ割り当てられる確率だけを保持する。異なる確率空間上の確率変数であっても、像測度が等しければ同じ分布に従う。
例 1.3 (有限標本空間上の像測度).Ω={1,2,3,4,5,6}に一様な確率測度を入れ、X(ω)=ωmod2とする。このとき、
μX=21δ0+21δ1である。例えばμX({1})=P({1,3,5})=1/2である。六つの標本点は、像測度では二つの値に集約される。
2 分布関数
実数直線では、左半直線への確率の割当てを一つの実関数にまとめることができる。
定義 2.1. 実数値確率変数Xの分布関数 (distribution function) を
FX(x)=P(X≤x)=μX((−∞,x])(x∈R)によって定める。
命題 2.2. 分布関数FXは次の性質を満たす。
- FXは非減少である。
- FXは右連続である。すなわち、xn↓xならばFX(xn)→FX(x)である。
- limx→−∞FX(x)=0かつlimx→∞FX(x)=1である。
証明.x≤yならば(−∞,x]⊆(−∞,y]であるから、確率測度の単調性によりFX(x)≤FX(y)である。これが(1)である。
xn↓xとする。An={X≤xn}とおくとAn↓{X≤x}である。P(A1)≤1<∞なので、測度の上からの連続性§E9.2 定理 4.1 (2)から
n→∞limFX(xn)=n→∞limP(An)=P(X≤x)=FX(x)を得る。任意のh↓0に対する右極限も、単調性と数列による挟み打ちから同じ値になる。
Bn={X≤−n}とおくとBn↓∅である。実数値であるため、有限の値X(ω)がすべての−n以下になるωは存在しない。上からの連続性からFX(−n)→0であり、単調性からx→−∞の極限も0である。一方、Cn={X≤n}はCn↑Ωを満たす。下からの連続性からFX(n)→1であり、単調性からx→∞の極限も1である。▨
分布関数は分布から作られるだけでなく、分布を一意に復元する。
定理 2.3.μとνをR上の Borel 確率測度とする。すべてのx∈Rについて
μ((−∞,x])=ν((−∞,x])が成り立つならば、μ=νである。したがって、実数値確率変数X,YについてFX=FYならばμX=μYである。
証明.
P={R}∪{(−∞,x]∣x∈R}とおく。二つの左半直線の共通部分も左半直線であり、Rとの共通部分も元の集合なので、Pは π 系である。実数直線の Borel 集合族の半直線生成§E9.1 命題 3.3によりσ(P)=B(R)である。
二つの測度が一致する集合の族を
D={B∈B(R)∣μ(B)=ν(B)}とおく。確率測度であるからR∈Dである。B∈Dならば、有限測度であることから
μ(R∖B)=1−μ(B)=1−ν(B)=ν(R∖B)であり、R∖B∈Dである。二つずつ交わらないB1,B2,…∈Dに対しては、可算加法性から
μ(n⋃Bn)=n∑μ(Bn)=n∑ν(Bn)=ν(n⋃Bn)である。したがって、Dは Dynkin 系である。仮定からP⊆Dであるため、π–λ 定理§E9.1 定理 4.8により
B(R)=σ(P)⊆Dを得る。ゆえに、すべての Borel 集合上でμとνは一致する。▨
3 離散分布・絶対連続分布・特異分布
実数直線上の Lebesgue 測度をλと書く。分布の型は、確率がどの集合に集中するか、およびλとどのような関係をもつかによって区別する。
定義 3.1.μをR上の Borel 確率測度とする。
- 可算集合S⊆Rが存在してμ(S)=1となるとき、μを離散分布 (discrete distribution) という。
- λ(B)=0ならば常にμ(B)=0となるとき、μはλに関して絶対連続 (absolutely continuous) であるといい、μ≪λと書く。このときμを絶対連続分布 (absolutely continuous distribution) という。
- Borel 集合Nが存在してλ(N)=0かつμ(R∖N)=0となるとき、μとλは互いに特異 (mutually singular) であるといい、μ⊥λと書く。このときμを特異分布 (singular distribution) という。
- 特異分布がすべてのx∈Rについてμ({x})=0を満たすとき、特異連続分布 (singular continuous distribution) という。
離散分布は可算集合に集中するので Lebesgue 測度に関して特異である。したがって、「特異」は「離散でない」という意味ではない。特異連続分布は、離散分布を除いた特異分布を具体的に区別する語である。また、確率測度が離散分布か絶対連続分布のいずれかに限られるわけではない。
定理 3.2.μをR上の Borel 確率測度とする。μ≪λであることと、Borel 可測関数f:R→[0,∞)が存在して
μ(B)=∫Bfdλ(B∈B(R))となることは同値である。このfはλに関してほとんど至る所で一意であり、∫Rfdλ=1を満たす。絶対連続分布に対するこのfを確率密度関数という。
証明.μ≪λならば、λはシグマ有限でμは有限であるため、シグマ有限な正測度に対する
Radon–Nikodym の定理§E9.15 定理 3.3により、非負拡張実数値 Borel 可測関数f0:R→[0,∞]が存在して表示を得る。B=Rとすれば∫f0dλ=μ(R)=1である。したがって、
N={x∈R:f0(x)=∞}とおく。任意のM>0についてM1N≤f0であるから、
Mλ(N)≤∫Rf0dλ=1である。M→∞とすればλ(N)=0を得る。N上でf0を0に変更して得られる Borel 可測関数f:R→[0,∞)は、すべての Borel 集合上でf0と同じ積分をもつ。密度のほとんど至る所での一意性は§E9.15 定理 4.1による。逆に表示が存在し、λ(B)=0ならば∫Bfdλ=0なのでμ(B)=0である。▨
特異分布や絶対連続成分と特異成分をともにもつ分布に、分布全体を表す Lebesgue 密度は存在しない。密度のように見える式を Dirac のデルタを用いて書くことがあっても、そのデルタは Lebesgue 可積分関数ではない。
例 3.3 (Cantor 分布は特異連続である).([0,1],B([0,1]),λ)を確率空間とする。0≤ω<1に対して
bn(ω)=⌊2nω⌋−2⌊2n−1ω⌋∈{0,1}とし、bn(1)=1と定める。各bnは Borel 可測であり、
X(ω)=n=1∑∞3n2bn(ω)とおく。部分和は可測であり、点ごとの極限に対する可測性§E9.5 定理 4.1によりXも可測である。
Xの値は、三進展開の各桁が0または2である Cantor 集合Cに属する。第n段の
Cantor 集合は長さ3−nの閉区間2n個の和であるから、
λ(C)≤(32)nがすべてのnで成り立ち、λ(C)=0である。一方、P(X∈C)=1なのでμX⊥λである。
さらに、X(ω)=xが成り立つならば、任意のnについて最初のn個の二進桁b1(ω),…,bn(ω)が固定される。実際、0と2だけからなる二つの三進桁列が最初に第k桁で異なるならば、その桁の寄与の差2/3kは後続する桁の寄与の差の絶対値∑j>k2/3j=1/3kより大きいため、二つの和は等しくない。その桁列をもつωの集合は、長さ2−nの半開二進区間と高々一つの端点に含まれる。したがって、
P(X=x)≤2−nがすべてのnで成り立ち、P(X=x)=0である。よって、μXは原子をもたない特異分布、すなわち特異連続分布である。原子をもたない確率測度は可算集合へ集中しないため、μXは離散分布ではない。
例 3.4 (離散成分と絶対連続成分をもつ混合分布).0<α<1とし、([0,1],B([0,1]),λ)上で
X(ω)=⎩⎨⎧0,1−αω−α,0≤ω≤α,α<ω≤1と定める。任意の Borel 集合Bに対して
μX(B)=αδ0(B)+(1−α)λ(B∩[0,1])である。実際、第二の区間上のアフィン写像の逆像の長さは(1−α)λ(B∩(0,1])であり、端点は Lebesgue 零集合である。
μX({0})=α>0かつλ({0})=0なので、μXは Lebesgue 測度に関して絶対連続ではない。任意の可算集合S⊆Rはλ(S)=0を満たすため、
μX(S)=αδ0(S)≤α<1であり、μXは可算集合へ集中しない。したがって、μXは離散分布ではない。また、任意の
Lebesgue 零集合Nに対しても
μX(N)=αδ0(N)≤α<1であるから、μXは Lebesgue 零集合へ全確率を集中させる特異分布でもない。したがって、これは離散成分と絶対連続成分をともにもつ混合分布である。
4 演習
問題 4.1.
- 実数値確率変数Xとx∈Rに対して
FX(x)−y↑xlimFX(y)=P(X=x)
が成り立つことを、測度の下からの連続性を用いて証明せよ。
- 離散分布が Lebesgue 測度に関して絶対連続にはなり得ないことを、可算集合の Lebesgue 測度が0であることから証明せよ。
- 例 3.4の分布関数を区間x<0、0≤x≤1、x>1に分けて求め、x=0における跳びの大きさを確認せよ。
5 本記事の境界と次の課題
本記事では一つの実数値確率変数の法則だけを扱った。期待値は分布に関する積分として別の記事で定義し、複数の確率変数の同時分布と独立性は確率ベクトルを導入した後に扱う。分布の変数変換では、像測度の定義を保ったまま、離散和または Lebesgue 密度の変換公式を適用する。