「すべての〜」「ある〜」という言い方を量化と呼び、量化を含む命題の否定は、決まった規則によって機械的に書き換えることができます。 感覚に頼って否定を作ると誤ります。本記事は、否定を作る操作を計算として手順化します。
1 二種類の量化
定義 1.1 (全称命題と存在命題). 「すべてのについて」という形の命題を全称命題といい、と書く。「あるについて」という形の命題を存在命題といい、と書く。
全称命題は、例外が一つも無いことを主張します。存在命題は、条件を満たす対象が少なくとも一つあることを主張します。
どちらの場合も、が動く範囲を定めておかなければ、命題の真偽が定まりません。「すべてのについて」は、が実数の範囲を動くなら真ですが、複素数の範囲を動くならでとなるので偽です。記号だけを書く場合はのように範囲を添え、文章で書く場合は「すべての実数について」と書きます。
2 否定の規則
否定の計算は、次の2本の規則に尽きます。
定理 2.1 (量化子の否定). 任意の述語に対し
否定を通すととが入れ替わり、量化子の内側のが否定されます。日本語で言い換えると、次のようになります。
- 「すべてがである」の否定は、「でないものがある」です。
- 「であるものがある」の否定は、「すべてがでない」です。
たとえば「すべての鳥は飛ぶ」の否定は、「すべての鳥は飛ばない」ではなく、「飛ばない鳥が存在する」です。前者は、鳥が一羽も飛ばないという、はるかに強い主張になっています。
全称命題を否定するには、条件を満たさない対象を一つ挙げれば足ります。これを反例と呼びます。何万羽の飛ぶ鳥を観察しても「すべての鳥は飛ぶ」を証明することはできませんが、飛ばない鳥を一羽示せば、この命題は確実に偽になります。
3 存在命題は、対象を一つ構成すれば証明することができる
全称命題と存在命題では、証明するときの手が入れ替わります。
- 全称命題を証明するには、範囲の中から任意の対象を一つ取り、その対象について何も特別なことを仮定せずにを示します。
- 存在命題を証明するには、条件を満たす対象を一つ具体的に作って示します。
例 3.1 (存在命題を構成によって示す). 「を満たす実数が存在する」を示すには、を挙げ、を確かめれば足りる。作った対象が範囲に属していることと、条件をすべて満たすことの二点を確かめる。
ただし、対象を構成することは、存在を示す唯一の方法ではありません。「背理法」の閑話休題で見た、が有理数になる無理数の組、が存在するという主張は、二つの場合に分けてどちらでも組が存在すると示すもので、どちらの組が条件を満たすのかを特定していません。このような証明も、存在を示す正しい証明です。本記事は、構成による証明を存在命題の基本的な手段として扱い、構成によらない存在の証明については「背理法」と、「数理論理」へ委ねます。構成を求める立場(直観主義論理)と、排中律を認める立場との線引きは、同単元が扱います。
4 内側の否定にも注意する
量化子を入れ替えるだけでは、否定は完成しません。内側のの否定も正しく作ります。が不等式であれば、否定によって等号の付き方が変わります。「」の否定は「」であり、「」ではありません。
が「かつ」「または」を含むときは、内側の否定にド・モルガン則を用います。が条件文であるときは、を用います。この規則は、条件文が偽になるのが「前件が真かつ後件が偽」の場合だけである、という真理値表の第2行から従います。
閑話休題:赤いリンゴは「カラスは黒い」の証拠になるか 「すべてのカラスは黒い」という仮説を確かめたいとします。カラスを1羽ずつ観察して黒いことを確認していけば、仮説はしだいに確からしくなっていく——これは自然に思えます。ここで対偶をとります。「黒くないものは、カラスでない」。これは論理的に同じ主張です。すると、黒くないもの(たとえば赤いリンゴ)を観察してそれがカラスでないと確認することも、同じ仮説を確からしくするはずです。部屋から一歩も出ずに、リンゴや白い靴下を眺めるだけで鳥類学が進むことになってしまいます。これがヘンペルのカラス(年)と呼ばれる、確証をめぐる有名なパラドックスです。
論理のどこにも誤りはありません。実際、標準的な解釈の一つは、「リンゴもほんのわずかだけ証拠になっている。ただし、世界には黒くないものがカラスより桁違いに多いので、その寄与は無視することができるほど小さい」というものです。カラス全部を調べ切ることと、黒くないもの全部を調べ切ることとでは、後者のほうが絶望的に多いからです。この問題が示しているのは、「すべてのについて」という全称命題の検証が、反例探し——かつを満たす1例——としてだけ決定的に働く、ということです。何万羽の黒いカラスも仮説を証明しませんが、白いカラス1羽は仮説を確実に否定します。反例が一つあれば全称命題は崩れるという本文の規則は、科学の方法論の中心にもあります。