概要

本単元は、数学の主張を曖昧さなく書き表す方法と、その主張が正しいことを示す方法を扱います。集合の記法と演算、命題と条件、量化子によって主張の意味を一つに定め、そのうえで、示すべき主張の形に応じて証明を組み立てる手順へ進みます。

本単元で定める用語と証明の進め方は、代数、幾何、確率、解析のどの分野を学ぶときにも必要になります。とりわけ、量化子の順序、定義に従って主張を書き下す手順、反例による否定は、大学以降の数学が前提とする作法です。読者は本単元で、計算によって答えを求める段階から、定義に基づいて主張を証明する段階へ移ります。

この単元のねらい

本単元は、読者が次に掲げる能力を習得することを目標とします。

  • 真理値表によって複合命題の真偽を判定し、「かつ」「または」「でない」「ならば」で結んだ文を正確に読み書きすることができます。
  • 集合を外延的記法と内包的記法で書き表し、部分集合、共通部分、和集合、補集合、差集合を計算することができます。
  • 変数を含む条件に、その条件を満たす要素の集合を対応させ、条件の強弱を包含関係として判定することができます。
  • 必要条件、十分条件、必要十分条件を判別し、同値であることを二つの向きの含意に分けて示すことができます。
  • 条件文から逆、裏、対偶を作り分け、対偶による証明と背理法を組み立てることができます。
  • 「すべて」「ある」を含む命題を否定し、全称命題を反例一つによって退けることができます。
  • 量化子が入れ子になった命題を、量化子の順序と、量化子が及ぶ範囲に注意して読み書きすることができます。
  • 示すべき主張を定義に従って書き下し、直接証明、対偶による証明、背理法、場合分け、対象の構成のうちから、主張の形に適した方法を選ぶことができます。
  • 数学的帰納法が自然数全体についての主張を示す仕組みを、基底段階と帰納段階がそれぞれ何を示しているかによって説明することができます。あわせて、帰納法が成り立つ根拠が論理の形だけからは得られず、自然数のもつ性質にあることを述べることができます。

前提知識

本単元は、固有の前提単元を設けません。中学までに扱う数、式、図形を題材とするため、これらの基礎を習得している読者は、最初の記事から学習を始めることができます。中学までの内容そのものは、本単元を含めどの単元も扱いません。数、式、図形の基本的な計算に不安がある読者は、中学の教科書や問題集で確認してから本単元へ進むとよいでしょう。

この単元を貫く4つの方針

本単元の各記事は、次の4点を共通の方針とします。

  1. 主張の意味を一つに定めます。 「かつ」「または」「ならば」「すべて」「ある」がそれぞれ何を主張しているのかを、真理値または集合と対応させて確定します。日常語の曖昧さを残したまま推論を進める書き方はしません。
  2. 条件を、その条件を満たす要素の集合として捉えます。 変数を含む条件には、その条件を満たす要素の集合を対応させます。条件の否定、強弱、同値であることは、補集合、包含関係、二つの集合が一致することとして説明します。
  3. 主張の形から証明の進め方を選びます。 直接証明、対偶による証明、背理法、場合分け、対象の構成、数学的帰納法のうち、示すべき主張の形に適した方法を選ぶ手順を示します。何を仮定して何を示せば証明が完成するのかを、方法ごとに書き分けます。
  4. 反例によって全称命題を否定します。 全称命題は、条件を満たさない対象を一つ挙げれば偽になります。読者が証明に取りかかる前に、小さい場合や極端な場合を試して、主張が成り立たない可能性を確かめることができるようにします。

難易度区分

本単元は、14記事を「基礎」10記事と「発展・応用」4記事に分けます。

基礎は、真偽の定まる文を命題として定めるところから始め、論理演算、集合の記法と演算、条件と集合の対応へ進みます。そのうえで、必要条件と十分条件、逆・裏・対偶、背理法、「すべて」「ある」を含む命題の否定を扱い、最後に証明の基本的な方法と数学的帰納法の論理構造を整理します。証明の方法を最後に置くのは、示すべき主張を正確に書き表す手段が揃うまで、何を示せば証明が完成するのかを定めることができないためです。

発展・応用は、個々の主張ではなく、主張の構造そのものを対象とします。量化子の入れ子を読み書きすることができるようにしたうえで、束縛された変数と自由な変数という区別を取り出し、その区別を用いて否定の規則を量化子まで一般化し、最後に、定義に従って主張を書き下す手順へ進みます。後の記事ほど前の記事で整えた語彙を必要とするため、この順に並べています。

基礎の10記事は、本単元で必ず読む内容であり、順に読むことを想定しています。発展・応用の4記事は必修ではなく、読者は関心に応じて選んで読むことができます。

基礎

主張を記号によって正確に書き表し、条件を集合と対応させ、標準的な方法に従って証明を組み立てることができるようにする段階です。各記事が扱う内容は、次のとおりです。

  • 命題と真偽、真理値表 — 真偽のいずれか一方に定まる文を命題として定義し、真理値表によって複合命題の真偽を調べます。真偽の定まらない文と命題とを区別します。「ならば」で結んだ文については、前件が偽である場合を含めて真偽をどのように定めるかという規約を確かめます。
  • かつ・または・否定 — 論理積、論理和、否定を真理値表によって定義し、複合命題の真偽を計算してド・モルガン則を導きます。「または」が両方とも成り立つ場合を含むことなど、日常語との意味の違いを真理値表の上で確かめます。
  • 集合の記法と演算 — 要素を書き並べる外延的記法と、条件によって定める内包的記法の二通りで集合を表し、要素であることと部分集合であることを区別します。共通部分、和集合、補集合、差集合を計算し、空集合と全体集合が果たす役割を確かめます。ベン図から見て取れることと、一般の集合について証明することとが別であることも述べます。
  • 条件と集合の対応 — 変数を含む条件に、その条件を満たす要素の集合を対応させ、「かつ」を共通部分、「または」を和集合、否定を補集合として読み替えます。同じ条件であっても、全体集合の取り方によって補集合が変わることを具体例で確かめます。
  • 必要条件・十分条件・必要十分条件 — 条件の強弱を、条件を満たす要素の集合の包含関係へ置き換えて判定し、必要条件、十分条件、必要十分条件を判別します。同値であることを示すときは二つの向きの含意を別々に確かめ、一方だけを示して同値と結論しないようにします。
  • 逆・裏・対偶 — 条件文から逆、裏、対偶を作り、対偶がもとの命題と同値であること、および逆と裏がもとの命題とは一般に同値でないことを示します。逆と裏は互いに対偶の関係にあるため、この二つは常に同値です。結論を否定したほうが手がかりを得やすい場合に対偶による証明を選ぶという判断も扱います。
  • 背理法 — 結論を否定し、その否定と仮定とから矛盾を導く証明を組み立てます。否定した命題を正確に書き下すことと、導かれた矛盾がどの仮定に由来するのかを明示することを、証明の手順に含めます。
  • 「すべて」「ある」を含む命題の否定 — 「すべて」を含む全称命題と「ある」を含む存在命題を区別し、それぞれの否定を作ります。全称命題は反例を一つ挙げれば否定することができ、存在命題は条件を満たす対象を一つ構成すれば証明することができます。対象を構成することは存在を示す唯一の方法ではありませんが、この記事は構成による証明を存在命題の基本的な手段として扱います。
  • 証明の基本パターン — 直接証明、対偶による証明、背理法、場合分け、対象の構成、一意性の証明を並べて整理し、示すべき主張の形からどの方法を選ぶのかを述べます。それぞれの方法について、何を仮定して何を示せば証明が完成するのかを書き分けます。
  • 数学的帰納法の論理構造 — 基底段階と帰納段階がそれぞれ何を示しているのかを分け、この二つから自然数全体についての主張が従う仕組みを説明します。帰納法が成り立つ根拠は論理の形だけからは得られず、自然数のもつ性質にあることを述べ、帰納法の原理が、自然数の他の基本的な性質のもとで最小数原理と同値であることに触れます。ひとつ前の場合だけを仮定する形と、それまでのすべての場合を仮定する強い帰納法との違いも比べます。

発展・応用

大学の数学が前提とする読み書きの作法を、高等学校の題材の範囲で先取りする段階です。各記事が扱う内容は、次のとおりです。

  • 量化子のネストと順序 — 「すべての…に対してある…が存在する」という形の命題を読み書きし、量化子の順序を入れ替えると主張が変わることを、真偽が食い違う具体例で確かめます。それぞれの量化子が及ぶ範囲を明示し、後から選ぶ対象が先に取った対象に応じて変わってよいのはどちらの順序かを整理します。
  • 述語と自由変数・束縛変数 — 変数を含む式を、値を入れると真偽の定まる述語として扱い、量化子に束縛された変数と自由な変数を区別します。束縛された変数は名前を替えても主張が変わらないこと、および自由な変数を値として固定するのか量化するのかによって結論の意味が変わることを確かめます。
  • ド・モルガン則の一般形 — 「かつ」と「または」の否定、共通部分と和集合の補集合、全称命題と存在命題の否定を並べ、これらが同じ形の規則であることを示します。入れ子になった量化子の否定については、外側から順に規則を適用する手順を扱います。添字の集合で表される一般の族に対する集合演算は扱いません。
  • 定義の展開という技法 — 示すべき主張と使える仮定を、それぞれ定義に置き換えて書き下し、両者の差を見えるようにする手順を扱います。定義に現れる量化子と条件をすべて書き出し、あとは計算で埋めることができる部分と、別の定理を必要とする部分とを分けます。

学習到達点の確認方法

同じ題材であっても、本単元が確かめる内容は区分によって異なります。

  • 基礎では、読者が命題と条件を記号によって正確に書き表し、真理値表と集合演算による判定を実行することができるかを確かめます。また、読者が直接証明、対偶による証明、背理法、場合分け、数学的帰納法のうちから適した方法を選び、その方法に従って証明を組み立てることができるかを確かめます。
  • 発展・応用では、読者が量化子の順序と、量化子が及ぶ範囲を保ったまま主張を読み書きすることができるか、および示すべき主張を定義に従って書き下すことができるかを確かめます。

本単元は、演習に、条件の判別や命題の否定のように答えが一意に定まる問題と、証明を構成する問題、反例を構成する問題を用います。証明を伴う解答については、仮定、結論、用いた証明の方法、各段階の根拠を評価の対象とします。読者がベン図や具体例によって確かめた内容は、一般の対象についての証明とは区別して扱います。

前後の単元との関係

  • 数と式の計算 — 同単元は、本単元で整える同値変形と含意の区別を、方程式、不等式、恒等式の扱いに用います。
  • 初等幾何学 — 同単元は、本単元で扱う定理と逆の区別、背理法、場合分けを、図形の論証に用います。
  • 数列と極限 — 同単元は、本単元で扱う数学的帰納法を、漸化式と数列の性質の証明へ運用します。
  • 場合の数と確率統計 — 同単元は、本単元で扱う集合の記法と演算を土台として、有限集合の要素の個数を数えます。
  • 初等整数論 — 同単元は、本単元で扱う背理法、帰納法、非存在の証明を、整除と合同式に関する主張へ適用します。
  • 数学の基礎 — 同単元は、本単元で導入する集合を写像の言葉によって定義し直し、濃度と、一般の族に対する演算まで扱います。
  • ε-論法と基礎解析 — 同単元は、本単元で整える量化子と証明の進め方を前提として、ε\varepsilon-δ\delta型の文の読解、一意存在、well-defined 性の確認を扱います。

この単元で扱わないこと

第一に、本単元は、ここで導入する道具の具体的な運用を、それぞれの単元へ委ねます。数学的帰納法については、本単元がその論理構造を扱い、漸化式や数列の性質への運用は「数列と極限」が扱います。集合についても、本単元が記法と演算を扱い、有限集合の要素の個数を数える方法は「場合の数と確率統計」が扱います。

第二に、本単元は、量化子と集合をより精密または抽象的に扱う内容に立ち入りません。ε\varepsilon-δ\delta論法の精密な運用は「ε-論法と基礎解析」に委ね、本単元は量化子の順序と否定を正確に扱うところまでを目標とします。極限の定義そのものと、無限集合の濃度の比較も扱いません。形式言語、証明体系、健全性と完全性、モデルの構成は「モデル理論」が扱い、公理的集合論と選択公理、順序数と基数は「公理的集合論」が扱います。

教育課程上の位置づけと参考年次

本単元の参考年次は、基礎の10記事が高等学校1年、発展・応用の4記事が高等学校3年です。ただし、発展・応用の4記事が扱う量化子の入れ子、束縛変数、定義の展開は、日本の高等学校の課程には含まれません。大学以降で前提とされる作法の先取りとして、高等学校3年を目安に置いています。読者は、他の単元で必要になった時点で該当する記事へ戻ることもできます。

本単元の内容と各国の教育課程との主な対応は、次のとおりです。論理と集合の扱いは国によって異なり、独立した単元として置く国と、他の単元を通じて横断的に扱う国とに分かれます。以下は、内容の配置を比較するための参考です。

  • 日本 — 高等学校学習指導要領(平成30年告示)の「数学I 数と式」に含まれる「集合と命題」に主として対応します。同要領は数学的帰納法を「数学B 数列」で扱いますが、本単元はその論理構造の側面を扱います。
  • 韓国 — 2022改訂教育課程の共通科目にある「集合と命題(집합과 명제)」に主として対応します。
  • 中国 — 普通高中课程方案和语文等学科课程标准(2017年版2020年修订)の必修課程「预备知识」にある「集合」と「常用逻辑用语」に主として対応します。
  • 米国 — 連邦教育省の説明のとおり、教育基準は州が定めます。比較資料として Common Core State Standards for Mathematicsを用いると、同基準は論理と集合を独立した領域として置いていません。数学的な議論の構成と反例による反証は Standards for Mathematical Practiceの「Construct viable arguments and critique the reasoning of others」に、証明の実践はHigh School Geometryの証明に関する標準に対応します。
  • フランス — lycée général et technologiqueの数学課程は、集合と論理の語彙を各学年の課程を貫く横断的な項目として置き、記号、含意、同値、量化子、反例による反証を他の内容と並行して扱います。同課程は数学的帰納法をterminaleの専門数学で扱います。
  • ドイツ — 各州が学校課程を定め、 KMKが全国共通の到達基準を示します。 KMKの一般大学入学資格向け数学基準では、一般的な数学的能力の一つである「Mathematisch argumentieren(数学的に論証する)」に対応します。同基準は論理を独立した単元として置かず、各内容領域を通じて扱います。
  • イギリス(England) — National Curriculum: mathematics programmes of studyの Key stage 3・4では、「Working mathematically」に含まれる論証と反例の扱いに対応します。 GCE AS and A level mathematicsは、「Proof」として演繹による証明、しらみつぶしによる証明、背理法、反例による反証を扱います。同資格は数学的帰納法をFurther Mathematicsの内容として扱います。