1 単純仮説の尤度比
定義 1.1. 可測空間(X,A)上の二つの確率測度P0,P1が、同じシグマ有限測度μに関して有限非負の可測密度f0,f1をもつとする。拡張実数値関数
R(x)=⎩⎨⎧f1(x)/f0(x),+∞,0,f0(x)>0,f0(x)=0<f1(x),f0(x)=f1(x)=0を、P1のP0に対する 尤度比 (likelihood ratio) という。両密度が零である集合における値は、二つの確率測度のいずれに対しても結論を変えない固定補完である。
log0=−∞、log(+∞)=+∞と定め、logRを 対数尤度比 (log-likelihood ratio) という。独立標本の各観測において二つの密度が正ならば、標本全体の対数尤度比は各観測の対数尤度比の和になる。
Rは可測であり、P0(f0=0)=0であるためP0の下で有限である。Rが大きい標本点ほど、単純対立P1の密度が単純帰無P0の密度に比べて大きい。
命題 1.2.定義 1.1の仮定を置き、0<α<1とする。このとき、ある有限なk≥0とγ∈[0,1]が存在し、
φ∗(x)=⎩⎨⎧1,γ,0,f1(x)>kf0(x),f1(x)=kf0(x),f1(x)<kf0(x)と定めた検定はE0[φ∗(X)]=αを満たす。
証明.P0の下でのRの分布関数をF(t)=P0(R≤t)とし、
k=inf{t≥0:F(t)≥1−α}とおく。Rは非負かつP0の下で有限なので、この集合は空でなく、k<∞である。分布関数の右連続性とkの定義から
P0(R>k)≤α≤P0(R≥k)を得る。peq=P0(R=k)とおき、peq>0ならば
γ=peqα−P0(R>k),peq=0ならばγ=0と定める。上の二つの不等式によりγ∈[0,1]であり、
P0(R>k)+γP0(R=k)=αとなる。
f0>0の集合では、R>k、R=k、R<kはそれぞれf1>kf0、f1=kf0、f1<kf0と同値である。f0=0<f1ではf1>kf0であり、f0=f1=0ではf1=kf0である。P0(f0=0)=0であるから、表示した検定の帰無期待値はαになる。▨
2 Neyman–Pearson の補題
定理 2.1 (Neyman–Pearson の補題). 可測空間(X,A)上の確率測度P0,P1が、同じシグマ有限測度μに関して有限非負の可測密度f0,f1をもつとする。k≥0と検定φ∗:X→[0,1]が
φ∗(x)=⎩⎨⎧1,γ(x),0,f1(x)>kf0(x),f1(x)=kf0(x),f1(x)<kf0(x)を満たし、E0[φ∗]=αとする。ただし、γ:X→[0,1]は可測である。このとき、E0[φ]≤αを満たすすべての検定φに対して
E1[φ∗]≥E1[φ]が成り立つ。
さらに、k>0かつP0(f1=kf0)=0とする。水準αの検定φがφ∗と同じ検出力をもつならば、φ=φ∗がP0およびP1に関してほとんど確実に成り立つ。
証明.E0[φ]≤αを満たす検定φに対し、
g(x)=(φ∗(x)−φ(x))(f1(x)−kf0(x))とおく。次の三つの場合にg(x)≥0となる。
- f1(x)>kf0(x)のとき、φ∗(x)=1≥φ(x)であり、二つの因子はともに非負である。
- f1(x)<kf0(x)のとき、φ∗(x)=0≤φ(x)であり、二つの因子はともに非正である。
- f1(x)=kf0(x)のとき、第二因子が零である。
したがって、
0≤∫Xgdμ=E1[φ∗]−E1[φ]−k(E0[φ∗]−E0[φ])≤E1[φ∗]−E1[φ],となり、最強力性を得る。
追加の仮定を置き、φが同じ検出力をもつとする。上の表示では第一行と最終行がともに零になるため、E0[φ]=αかつ∫gdμ=0である。g≥0なのでg=0がμに関してほとんど至る所で成り立つ。境界の外ではf1−kf0=0であるから、φ=φ∗が成り立つ。境界はP0に関して零であり、f1=kf0とk>0によりP1に関しても零である。▨
命題 1.2と定理 2.1により、任意の0<α<1に対し、尤度比の大きい標本点から順に棄却する水準αの最強力検定を構成することができる。帰無分布に原子がある場合には、境界上の無作為化が必要になることがある。
3 既知分散の正規平均
例 3.1 (正規母平均の片側検定).n∈N≥1、σ2>0とし、X1,…,XnをN(μ,σ2)からの無作為標本とする。H0:μ=μ0とH1:μ=μ1、μ1>μ0を考える。尤度比は
R(x)=exp(σ21[(μ1−μ0)i=1∑nxi−2n(μ12−μ02)])である。μ1−μ0>0なので、Rはxの狭義単調増加関数である。§E11.10 定理 4.2により、帰無仮説の下でX∼N(μ0,σ2/n)となる。したがって、Neyman–Pearson 検定の棄却域はx>cの形をもち、
c=μ0+zαnσ,zα=Φ−1(1−α)とすれば水準はαになる。この棄却域はμ1の値に依存しないため、すべてのμ1>μ0に対して同時に最強力であり、H1:μ>μ0に対する一様最強力検定である。
μ0=0、μ1=0.5、σ=1、n=25、α=0.05とする。z0.05=1.644853…であり、小数第4位まで表示すると1.6449であるから、
c=51.644853…=0.328970…≈0.32897.H1の下ではX∼N(0.5,1/25)であり、標準誤差は0.2である。したがって、検出力は
0.2c−0.5Pμ1(X>c)≈−0.8551,=1−Φ(0.2c−0.5)≈0.8038となる。この検定は有意水準5%を保ち、μ=0.5における検出力は約80.4%である。
命題 3.2.n∈N≥1、σ2>0、0<α<1とする。N(μ,σ2)からの大きさnの無作為標本に基づいて
H0:μ=μ0,H1:μ=μ0を検定するとき、すべてのμ=μ0に対して同時に最強力となる水準αの検定は存在しない。
証明.δ>0を固定する。単純対立μ=μ0+δに対する水準αの最強力検定は
X>μ0+zαnσで棄却する。尤度比は連続なXの狭義単調増加関数なので、定理 2.1の一意性により、この検定は帰無分布の零集合を除いて一意である。同様に、単純対立μ=μ0−δに対する一意な最強力検定は
X<μ0−zαnσで棄却する。
二つの棄却域は帰無分布に関してほとんど確実には一致しない。両側対立に対する一様最強力検定が存在すれば、正負それぞれの単純対立に対して最強力でなければならず、二つの異なる一意な検定に同時に一致することになる。これは不可能である。▨
片側対立全体に対する構成や、不偏性を制約した両側検定の最適性は、後続の「単調尤度比と最強力検定」で扱う。
4 一般化尤度比検定
定義 4.1.§E14.14 定義 1.1の統計モデルを、各Pθが共通のシグマ有限測度に関する有限非負の密度fθをもつモデルとする。観測値xにおける尤度を§E14.4 定義 1.1の意味でLx(θ)=fθ(x)とし、
U0(x)=θ∈Θ0supLx(θ),U(x)=θ∈ΘsupLx(θ)とおく。U0,Uが可測であり、ある共通の可測集合Aが
Pθ(A)=1(θ∈Θ),0<U(x)<∞(x∈A)を満たすと仮定する。このとき、一般化尤度比統計量 (generalized likelihood ratio statistic) を
Λ(x)={U0(x)/U(x),1,x∈A,x∈/Aで定義する。Θ0⊆Θなので0≤Λ≤1である。
一般化尤度比検定 (generalized likelihood ratio test) は、Λが小さい標本点で帰無仮説を棄却する検定である。閾値と境界上の無作為化は、帰無仮説の全母数で水準条件を満たすように選ぶ。
一般の母数集合では、点ごとの上限が可測であることも、上限が有限正であることも自動的には従わない。また、上限を達成する母数が存在するとは限らない。定義 4.1は最大点の存在を要求せず、統計量を定義するために必要な上限の性質だけを仮定している。
例 4.2 (未知分散正規平均の有限標本 GLRT).n≥2とし、X1,…,XnをN(μ,σ2)からの無作為標本とする。ただし、μ∈R、σ2>0は未知である。仮説
H0:μ=μ0,H1:μ=μ0を考え、
Q=i=1∑n(Xi−X)2,S2=n−1Qとおく。A={Q>0}上で一般化尤度比は
Λ=(1+n−1T2)−n/2,T=Sn(X−μ0)となる。AcではΛ=1、T=0と補完する。
0<α<1とし、q=qtn−1(1−α/2)とおく。このとき
Λ≤(1+n−1q2)−n/2で棄却する GLRT は、∣T∣≥qで棄却する両側 t 検定と確率1で一致し、その帰無仮説下の棄却確率はαである。
証明. 観測値をx=(x1,…,xn)とし、Q(x)>0とする。任意のm∈Rに対して
i=1∑n(xi−m)2=Q(x)+n(x−m)2である。§E14.7 命題 1.7により、無制約尤度はm=x、v=Q(x)/nで一意に最大となる。
帰無仮説の下ではm=μ0である。A0=Q(x)+n(x−μ0)2とおくとA0>0であり、制約付き尤度は
Lx(μ0,v)=(2πv)−n/2exp(−2vA0),v>0となる。その対数をvで微分すると
dvdlogLx(μ0,v)=2v2A0−nvであるから、制約付き尤度はv=A0/nで一意に最大となる。二つの最大尤度の比を取ると
Λ(x)=(Q(x)+n(x−μ0)2Q(x))n/2=(1+Q(x)n(x−μ0)2)−n/2=(1+n−1T(x)2)−n/2を得る。
正の分散をもつ正規分布の同時密度はRn上で連続であり、対角集合{x1=⋯=xn}は Lebesgue 測度零である。したがって、Pμ,σ2(Q>0)=1がすべての(μ,σ2)で成り立ち、Aは共通の確率一集合である。上の明示式とAcにおける固定補完により、Λは可測である。
t↦(1+t/(n−1))−n/2はt≥0上で狭義単調減少であるため、表示した GLRT の棄却条件は∣T∣≥qと同値である。帰無仮説の下では、§E14.3 定理 4.3によりT∼tn−1である。§E14.3 命題 2.4の連続性と対称性から
Pμ0,σ2(∣T∣≥q)=αとなる。この確率はσ2に依存しない。▨
滑らかなモデルにおける大標本の一般化尤度比統計量は§E14.17 定理 3.4で扱う。尤度と事前分布を組み合わせた事後推測は「Bayes 推測」で扱う。