1 図式と錐
図式を、対象と射の配置という独立の概念として導入することはしない。配置の形を小さい圏Jが担い、その形を圏Cの中へ実現する対応を関手D:J→Cが担う。関手であることが、Jの合成と恒等射をCの合成と恒等射へ移すことを保証する。
定義 1.1.Jを小さい圏、すなわちOb(J)とJの射の全体がともに集合である圏とし、Cを圏とする。関手D:J→Cを、CにおけるJ型の図式 (diagram) という。JをDの添字圏 (index category) という。
D上の錐 (cone) とは、Cの対象Xと射の族(ψj:X→D(j))j∈Ob(J)の組(X,(ψj))であって、Jの任意の射u:i→jについて
D(u)∘ψi=ψjを満たすものをいう。対象Xをこの錐の頂点 (vertex) という。
Dの極限 (limit) とは、D上の錐(L,(πj))であって、D上の任意の錐(X,(ψj))に対して
πj∘t=ψj(j∈Ob(J))をすべて満たす射t:X→Lがただ一つ存在するものをいう。この(L,(πj))をDの極限錐 (limit cone)、各πjをその射影 (projection) という。極限が存在するとき、その頂点をlimDと書く。
錐の等式に現れる射uはJの射であり、等式そのものはCにおける等式である。Jの恒等射に対する等式は自動的に成り立つ。実際、Dが関手であることからD(idj)=idD(j)であり(§E21.2 定義 1.1)、Cの単位律(§E21.1 定義 1.1)によりD(idj)∘ψj=ψjとなる。したがって錐の条件は、Jの非恒等射についてだけ確かめればよい。
図式の添字圏を一つ固定すると、極限の条件が具体的な等式へ書き換わる。もっとも単純な非自明の場合を確かめる。
例 1.3 (一つの非恒等射をもつ図式の極限).Jを、対象が1と2の二つ、射がid1、id2およびu:1→2の三つからなる圏とする。合成は単位律で定まり、非恒等射どうしの合成は現れない。Ob(J)と射の全体は有限集合なので、Jは小さい圏である。
図式D:J→Cを与えることは、Cの射f:A→Bを与えることと同じである。ここでA=D(1)、B=D(2)、f=D(u)とおいた。
D上の錐は、対象Xと射ψ1:X→A、ψ2:X→Bの組であってf∘ψ1=ψ2を満たすものである。したがってψ1を与えるとψ2が定まり、逆に任意のψ1:X→Aから錐(X,(ψ1,f∘ψ1))が得られる。
組(A,(idA,f))は錐である。実際f∘idA=fが成り立つ。この錐が極限であることを示す。(X,(ψ1,ψ2))を錐とする。条件idA∘t=ψ1はt=ψ1と同値なので、条件を満たすtは高々一つである。t=ψ1とおくと、残る条件f∘t=ψ2は錐の等式f∘ψ1=ψ2そのものであるから成り立つ。ゆえに条件を満たすtがただ一つ存在し、(A,(idA,f))はDの極限でありlimD=Aである。
2 余錐と余極限
錐の射の向きをすべて反転すると、図式から射を受け取る側の概念が得られる。
定義 2.1.D:J→Cを図式とする。D上の余錐 (cocone) とは、Cの対象Xと射の族(φj:D(j)→X)j∈Ob(J)の組(X,(φj))であって、Jの任意の射u:i→jについて
φj∘D(u)=φiを満たすものをいう。対象Xをこの余錐の頂点 (vertex) という。
Dの余極限 (colimit) とは、D上の余錐(C,(ιj))であって、D上の任意の余錐(X,(φj))に対して
t∘ιj=φj(j∈Ob(J))をすべて満たす射t:C→Xがただ一つ存在するものをいう。この(C,(ιj))をDの余極限余錐 (colimit cocone)、各ιjをその入射 (injection) という。余極限が存在するとき、その頂点をcolimDと書く。
錐と余錐で射の向きが逆であることに加えて、等式の中でD(u)を合成する側も逆である。錐ではD(u)を左から合成し、余錐では右から合成する。次の命題は、この二つの向きの違いが、反対圏をとる操作の一つの帰結であることを述べる。
命題 2.2.D:J→Cを図式とする。対象についてはDop(j)=D(j)、射については、Jopの射v∈HomJop(j,i)=HomJ(i,j)に対して
Dop(v)=D(v)∈HomC(D(i),D(j))=HomCop(D(j),D(i))と定めると、Dopは関手Jop→Copであり、Jopは小さい圏である。
このとき、組(X,(φj))がD上の余錐であることと、Dop上の錐であることは同値である。さらに、(C,(ιj))がDの余極限であることと、Dopの極限であることは同値である。
証明. はじめにDopが関手であることを示す。Jopの射v:j→iとw:i→hを取る。反対圏の定義(§E21.1 定義 5.1)により、これらはJの射v:i→jとw:h→iにほかならず、w∘opvはJの射v∘w:h→jである。したがって
Dop(w∘opv)=D(v∘w)=D(v)∘D(w)である。一方、Copにおける合成Dop(w)∘opDop(v)は、Cの合成としてはDop(v)∘Dop(w)=D(v)∘D(w)である。両者は一致する。恒等射についてはDop(idj)=D(idj)=idD(j)である。ゆえにDopは関手である。Jopの対象の全体はOb(J)に等しく、射の全体はJの射の全体に等しいので、Jopも小さい圏である。
次に錐と余錐の対応を示す。Copの射ψj:X→Dop(j)は、Cの射φj:D(j)→Xにほかならない。Jopの射v:j→iを取り、対応するJの射をu:i→jと書く。Dop上の錐の条件は
Dop(v)∘opψj=ψiである。左辺はCの合成としてはψj∘Dop(v)、すなわちφj∘D(u)であり、右辺はφiである。したがってこの条件はφj∘D(u)=φiと同値であり、D上の余錐の条件に一致する。Jopの射とJの射は一対一に対応するので、条件はすべての射について同時に対応する。
最後に普遍性を対応させる。(C,(ιj))をDop上の錐とする。Dop上の任意の錐(X,(ψj))に対してιj∘opt=ψjを満たすCopの射t:X→Cがただ一つ存在するという条件を、Cの言葉で書き直す。tはCの射t:C→Xであり、ιj∘optはCの合成としてはt∘ιjである。したがって条件は、D上の任意の余錐(X,(φj))に対してt∘ιj=φjを満たすt:C→Xがただ一つ存在することと同値であり、これは(C,(ιj))がDの余極限であることにほかならない。▨
例 2.4 (一つの非恒等射をもつ図式の余極限).例 1.3と同じ添字圏Jと同じ図式D、すなわちCの射f:A→Bを取る。
D上の余錐は、対象Xと射φ1:A→X、φ2:B→Xの組であってφ2∘f=φ1を満たすものである。したがってφ2を与えるとφ1が定まる。
組(B,(f,idB))は余錐である。実際idB∘f=fが成り立つ。(X,(φ1,φ2))を余錐とすると、条件t∘idB=φ2はt=φ2と同値なので、条件を満たすtは高々一つである。t=φ2とおくと、残る条件t∘f=φ1は余錐の等式そのものであるから成り立つ。ゆえに(B,(f,idB))はDの余極限でありcolimD=Bである。
3 極限の一意性
極限の定義は、対象Lの内部の構造を一切用いていない。用いているのは、他のすべての錐からLへ射がただ一つ存在するという条件だけである。この条件だけから、極限が同型を除いて定まることが従う。
証明の方針は次のとおりである。二つの極限(L,(πj))と(L′,(πj′))を取り、一方の錐としての性質と他方の極限としての性質を組み合わせて、両向きの射t:L→L′とs:L′→Lを作る。次に、合成s∘tがLの射影と両立することを確かめる。ここで用いる本質的な一手は、極限の定義に現れる射の一意性を、錐(L,(πj))自身へ適用することである。この錐からLへの射で射影と両立するものは高々一つであり、s∘tとidLの双方がその条件を満たすので、両者は一致する。
定理 3.1.D:J→Cを図式とし、(L,(πj))と(L′,(πj′))をともにDの極限とする。このとき
πj′∘t=πj(j∈Ob(J))をすべて満たす射t:L→L′がただ一つ存在し、そのtは同型射である。
証明.(L,(πj))はD上の錐であり、(L′,(πj′))はDの極限である。極限の定義を錐(L,(πj))へ適用すると、すべてのj∈Ob(J)についてπj′∘t=πjを満たす射t:L→L′がただ一つ存在する。これが主張の前半である。
同じ議論を役割を入れ換えて行う。(L′,(πj′))は錐であり(L,(πj))は極限であるから、すべてのjについてπj∘s=πj′を満たす射s:L′→Lがただ一つ存在する。
合成s∘t:L→Lを考える。Cの結合律(§E21.1 定義 1.1)により、各jについて
πj∘(s∘t)=(πj∘s)∘t=πj′∘t=πjが成り立つ。一方、Cの単位律によりπj∘idL=πjである。ここで、極限の定義を錐(L,(πj))と極限(L,(πj))の組に対して適用する。すなわち、すべてのjについてπj∘r=πjを満たす射r:L→Lはただ一つである。射s∘tと射idLはともにこの条件を満たすので、
s∘t=idLである。
同様に、各jについてπj′∘(t∘s)=(πj′∘t)∘s=πj∘s=πj′であり、πj′∘idL′=πj′である。極限(L′,(πj′))に対する射の一意性からt∘s=idL′を得る。
二つの等式は、sがtの逆射であることを示す。したがってtは同型射である。▨
系 3.2.D:J→Cを図式とし、(C,(ιj))と(C′,(ιj′))をともにDの余極限とする。このとき
t∘ιj=ιj′(j∈Ob(J))をすべて満たす射t:C→C′がただ一つ存在し、そのtは同型射である。
証明.命題 2.2により、(C,(ιj))と(C′,(ιj′))はともにCopにおける図式Dopの極限である。定理 3.1を、第一の極限を(C′,(ιj′))、第二の極限を(C,(ιj))としてCopで適用すると、Copの射t~:C′→Cで、すべてのjについて
ιj∘opt~=ιj′を満たすものがただ一つ存在し、t~はCopの同型射である。
これをCの言葉へ戻す。t~はCの射t:C→C′であり、ιj∘opt~はCの合成としてはt∘ιjである。したがって条件はt∘ιj=ιj′となり、そのようなtはただ一つである。また、Copにおける逆射はCにおける逆射にほかならないので、tはCの同型射である。▨
4 前順序集合における極限と余極限
前順序集合を圏とみなすと、錐と余錐が下界と上界に一致し、極限と余極限が下限と上限に一致する。この例では、極限をもたない図式を作ることもできる。上界、下界、上限、下限は、§E1.8 定義 2.1が前順序集合について定めたものを用いる。上界の条件は、§E1.8 定義 2.4が半順序集合について定めたものと同じ形であり、反対称律を用いないので前順序集合についてもそのまま読むことができる。
例 4.1 (前順序集合の極限は下限である).(P,≤)を前順序集合(§E1.8 定義 1.1)とし、§E21.1 命題 3.1によって定まる圏をPとする。Pの対象はPの元であり、x≤yのときHomP(x,y)はただ一つの元からなり、そうでないとき空集合である。
Jを小さい圏、D:J→Pを図式とする。頂点をxとする錐の等式D(u)∘ψi=ψj(u:i→j)を見る。両辺はともにxからD(j)への射であり、HomP(x,D(j))は高々一つの元しかもたないので、この等式は自動的に成り立つ。ゆえにD上の錐は、Pの元xであって、すべてのj∈Ob(J)についてx≤D(j)を満たすもの、すなわち集合{D(j)∣j∈Ob(J)}の下界と同じものである。
極限の条件は、下界ℓであって、任意の下界xについて射x→ℓが存在すること、すなわちx≤ℓが成り立つことである。射の一意性は、hom 集合が高々一つの元しかもたないことから自動的に成り立つ。したがってDの極限は{D(j)∣j∈Ob(J)}の下限にほかならない。双対に、D上の余錐は同じ集合の上界であり、余極限は上限である。
前順序では反対称律を仮定していないので、下限は一つに定まるとは限らない。ℓとℓ′がともに下限であればℓ≤ℓ′かつℓ′≤ℓが成り立つだけである。この二本の射が互いに逆であることが、定理 3.1の与える同型にあたる。半順序集合では反対称律によりℓ=ℓ′となるので、下限は一つに定まる(§E1.8 命題 2.3)。次の記事「極限・余極限の特殊な場合」が同じ計算を半順序集合に限って扱うのは、束との対応を等式として述べるためである。
極限をもたない図式が存在する。P={a,b}とし、順序をa≤aとb≤bだけで定める。Jを、対象が1と2、射が恒等射だけからなる圏とし、D(1)=a、D(2)=bとする。D上の錐はx≤aかつx≤bを満たすx∈Pであるが、a≤bもb≤aも成り立たないので、そのようなxは存在しない。D上の錐が一つも存在しないので、Dの極限も存在しない。
5 演習
問題 5.1.
- 定義 1.1の錐の条件を、Jの恒等射に対して書き下し、関手の条件と圏の単位律だけからそれが自動的に成り立つことを示せ。
- 命題 2.2の証明のうち、余錐の等式φj∘D(u)=φiがCopにおける錐の等式へ移る箇所を、合成の順序の反転を各段階で明示して再現せよ。
- 定理 3.1の証明でs∘t=idLを導いた箇所について、そこで用いた射の一意性がどの錐とどの極限の組に対する一意性であるかを明示して、証明を書き直せ。
- Jが対象∗を一つだけもち、射がid∗だけからなる圏である場合を考える。図式D:J→Cの極限と余極限がともに存在し、いずれも頂点がD(∗)であることを証明せよ。
- 例 4.1の末尾で用いた前順序集合P={a,b}(順序はa≤aとb≤bだけ)において、余極限をもたない図式を一つ作り、その図式上の余錐が存在しないことを確かめよ。
- 注意 3.3の主張にしたがって、limDという記号が特定の対象を指すものではないことを、定理 3.1のどの部分がその根拠になるかを示して説明せよ。
6 扱った範囲と次の記事
本記事では、小さい圏からの関手として図式を定め、その上の錐と余錐、および極限と余極限を定義した。余極限が反対圏における極限であることを証明し、双対性の原理として書き換えの手続きを整理した。極限が錐の同型を除いて一意であることを一般の図式について証明し、余極限の一意性をその双対として導いた。
次の記事「極限・余極限の特殊な場合」は、添字圏を空圏、離散圏、平行な二射の圏および終域を共有する二射の圏へ取り替えることで、始対象と終対象、直積と余積、equalizer と coequalizer、pullback と pushout を導く。各構成の一意性は本記事の定理 3.1と系 3.2の系として述べ、同じ形の証明を繰り返さない。同記事はさらに、直積と equalizer をもつ圏が小さい図式の極限をすべてもつことを証明する。
集合、群、ベクトル空間、位相空間および順序集合の圏で極限と余極限を横断的に計算する作業は「極限・余極限の計算」が扱う。関手が極限を保つ条件、とくに右随伴が存在する極限を保つことは「右随伴と極限」が証明する。集合でない大きさの添字圏の扱い、および極限の存在に関する定理のうち随伴関手定理を要するものは「圏論 II」が扱う。