概要
本単元は、特定の分野の積み上げには収まらず、どの分野の問題にも共通して現れる論じ方を扱います。鳩の巣原理の応用、不変量と単調量、極端原理、彩色論法を一つずつ取り上げ、組合せの問題を頂点と辺からなる構造として表す方法、競技数学で出題される関数方程式、凸性を用いる不等式へ進み、最後に未知の問題への取りかかり方を整理します。
本単元は、新しい定理を積み上げる単元ではありません。すでに学んだ定理のうちどれを用いるのかを、問題の形から自分で決めることが課題になります。ここで取り上げる原理は、いずれも主張が短く、証明も長くありません。時間を要するのは、目の前の問題に対して何を鳩に当たる対象とし何を巣に当たる分類とするのか、どの量を不変量として取るのかを決める段階であり、各記事は原理そのものの説明よりも、この判断に多くを割きます。
本単元の記事は互いの前提になりません。読者は、関心のある記事だけを選んで、どの記事からでも読み始めることができます。
この単元のねらい
本単元は、読者が次に掲げる能力を習得することを目標とします。
- 鳩の巣原理を用いることができる場面を見分け、何を対象とし何を分類とするのかを自分で決めることができます。
- 許された操作を行っても変わらない量を見つけ、目標の状態へ到達することができないことを示すことができます。
- 操作のたびに一定量以上減り、下に有界である量を見つけ、操作が有限回で終わることを示すことができます。
- 最大または最小の対象を取り出し、それが極端であることから従う制約や矛盾を導くことができます。
- 対象を有限個の色に分け、色ごとの個数や色の変わり方から、求められている配置を作ることができないことを示すことができます。
- 組合せの問題を頂点と辺からなる構造として表し、次数の総和や連結性によって論じることができます。
- 関数方程式について、何を代入するのかを目的から選び、正則性の仮定を使い切って解を決定することができます。
- 凸性を用いて不等式を証明し、等号が成り立つ条件を述べることができます。
- 未知の問題に対して、小さい場合、対称な場合、極端な場合を計算し、そこから方針を立てることができます。
前提知識
本単元は、「集合と論理」で扱う背理法、対偶、場合分け、「すべて」「ある」を含む命題の扱いを用います。本単元の記事の多くが、条件を満たす配置が存在しないことを示す形の主張を扱うためです。
また、「場合の数と確率統計」で扱う数え上げを用います。鳩の巣原理そのものと、同じ集合を二通りに数えて等式を導く方法、および競技数学で用いる組合せの技法は同単元が扱い、本単元はそれらを習得していることを前提とします。
分野をまたぐため、必要な前提は記事によって異なります。「競技数学:関数方程式」は関数の定義域と値域の扱いを、「競技数学:凸性による不等式」は平均と不等式の基本的な扱いを用います。凸関数の定義と、そこから導く不等式には二階導関数を用いないので、微分をまだ学んでいない読者も読み始めることができます。各記事は、その記事が用いる内容の参照先を記事の中で示します。
この単元を貫く4つの方針
本単元の各記事は、次の4点を共通の方針とします。
- 原理そのものよりも、それを問題へ当てはめる判断を扱います。 原理の主張は短く、証明も容易です。記事が多くを割くのは、目の前の問題に対して何をその原理の対象とするのかを決める段階です。
- なぜその議論が成り立つのかを述べます。 何が変わらないのか、何が減るのか、何が有限であるのかを、問題ごとに明示します。原理の名前を挙げることは、証明になりません。
- 不可能性と可能性を分けて扱います。 ある配置を作ることができないという証明と、実際に作ることができるという構成は、別の作業です。最大値や最小値を問う問題では、構成による下からの評価と、不可能性による上からの評価の両方が必要になります。
- 小さい場合から始めます。 一般の場合に取りかかる前に、小さい場合を手で計算します。そこで見つかる規則が、どの方法を選び、何をその対象とするのかを決める手がかりになります。
難易度区分
本単元の記事は、すべて「発展」の一つの区分に属します。いずれの記事も、高等学校の標準的な学習範囲には含まれません。必要な準備の量は記事ごとに異なり、高等学校の前半までの内容で読み始めることができるものから、関数の扱いや不等式の基本的な手法を前提とするものまであります。主張の分かりやすさと、使いこなすために要する練習の量とは対応しません。
本単元には必修の記事がありません。記事どうしは互いの前提にならないので、読者は関心に応じて選んで読むことができます。以下の並びは、一つの論じ方を単独で取り上げる記事から始め、複数の論じ方を組み合わせる記事、特定の分野の問題に当てる記事へ進み、最後にどの方法を試すのかを整理する記事を置いたものです。読者は、この並びを、どの記事からどの記事へ進むかの目安として用いることができます。
発展
各記事が扱う内容は、次のとおりです。
- 鳩の巣原理の応用 — 何を鳩に当たる対象とし、何を巣に当たる分類とするのかという設計に絞ります。分類の個数を評価し、同じ分類に入った二つの対象から示したい結論が実際に従うかどうかを確かめたうえで、部分列の長さや素因数の形のように、対象そのものではない量で分類する使い方と、他の技法と組み合わせる使い方へ進みます。原理そのものは「場合の数と確率統計」が扱います。
- 不変量と単調量 — 許された操作を行っても値が変わらない量を不変量、操作のたびに一定量以上減り、下に有界である量を単調量として定義し、二つが果たす役割を分けます。不変量は目標の状態へ到達することができないことを示すために、単調量は操作が有限回で終わることを示すために用います。和、法を決めた余り、置換の符号、素因数の指数を不変量の候補として調べます。
- 極端原理 — 空でない有限個の対象には最大のものと最小のものがあり、自然数の空でない集合には最小の要素があることを根拠として、そのような対象を取り出し、極端であることから従う制約や矛盾を導きます。最大値を問う問題では、構成による下からの評価と、極端な対象による上からの評価がそろって答えが定まることを確かめます。「初等整数論」の無限降下法は、同じ根拠に基づく議論です。
- 彩色論法 — 対象を有限個の色に分け、色ごとの個数や色の変わり方を不変量として用いて、求められている配置を作ることができないことを示します。市松模様による塗り分け、法を決めた余りによる塗り分け、奇数の長さの閉路と結びつく二色への塗り分けを扱い、初めの配置と目標の配置の違いが残る色数をどのように選ぶかまで進みます。
- 競技数学:グラフ・離散構造 — 組合せの問題を、頂点と辺からなる構造として表します。何を頂点とし、どの関係を辺とするのかを最初に定めたうえで、すべての頂点の次数の和が辺の本数の2倍に等しいこと、連結性、二色に塗り分けることができる条件、道と閉路、マッチング、辺の本数を最大にする構成を扱います。グラフ理論そのものを体系立てて扱うのは「離散数学とアルゴリズム」です。
- 競技数学:関数方程式 — 競技数学で出題される関数方程式に絞って、代入を設計します。何を代入するのかを目的から選び、単射性と全射性、不動点を取り出し、連続性や単調性という正則性の仮定を使い切って解を決定します。代入の基本的な進め方は「関数の性質」の「関数方程式入門」が扱います。
- 競技数学:凸性による不等式 — グラフ上のどの二点を結ぶ弦も、その二点の間ではグラフより下に来ないこととして凸関数を定義し、イェンセンの不等式、接線による評価、べき平均の不等式を証明して、それぞれの等号が成り立つ条件を明示します。「数と式の計算」の「不等式の発展的手法」が考え方への言及にとどめた凸性を、ここで詳しく扱います。二階導関数によって凹凸を判定する方法は「関数の性質」が扱います。
- 問題解決の戦略 — 未知の問題への取りかかり方を扱います。何が固定され何を選ぶことができるのかを書き直すこと、小さい場合と対称な場合と極端な場合を計算すること、整数を余りへ、配置を頂点と辺の構造へ、確率を期待値へと言い換えることを示します。計算や図から見て取れることと証明したこととを区別し、本単元の他の記事で扱った方法のうちどれを試すのかを整理します。
学習到達点の確認方法
本単元は、記事ごとに次の三点を確かめます。
- 読者が、その議論が成り立つ理由を述べることができるかを確かめます。何が変わらないのか、何が減るのか、何が有限であるのかを、問題ごとに具体的に示すことができるかを見ます。
- 読者が、原理を当てはめる対象を自分で決めることができるかを確かめます。与えられた設計をなぞるのではなく、問題の構造から鳩と巣、不変量、色の割り当て、代入する値を決めることができるかを見ます。
- 読者が、不可能性の証明と、可能であることを示す構成とを区別することができるかを確かめます。最大値や最小値を問う問題では、両方向の評価がそろって初めて答えが定まることを説明することができるかを見ます。
本単元は、演習に、証明を構成する問題を用います。原理の名前を挙げるだけの解答は、証明として扱いません。小さい場合の計算による観察は、方針を立てるための手段として扱い、一般の場合についての証明とは区別します。
確認は記事ごとに完結します。読者は、関心のある記事だけを選んで読むことができ、どの記事から読み始めるかも自分で決めることができます。
前後の単元との関係
- 集合と論理 — 同単元は、背理法、場合分け、「すべて」「ある」を含む主張の扱いを扱います。本単元の記事の多くは、条件を満たす配置が存在しないことを示すために、これらを用います。
- 場合の数と確率統計 — 同単元は、鳩の巣原理そのもの、包除原理、期待値の線形性、同じ集合を二通りに数えて等式を導く方法、および競技数学で用いる組合せの技法を扱います。本単元の「鳩の巣原理の応用」は、そのうち鳩の巣原理について、何を対象とし何を分類とするのかを決める段階を扱います。
- 数と式の計算 — 同単元は、相加平均と相乗平均の関係やコーシー・シュワルツの不等式を証明とともに扱い、凸性については考え方への言及にとどめます。本単元の「競技数学:凸性による不等式」は、その凸性を詳しく扱います。
- 関数の性質 — 同単元は、関数方程式を代入によって解く進め方と、二階導関数によってグラフの凹凸を判定する方法を扱います。本単元は、より複雑な関数方程式を扱い、凸関数については二階導関数を用いない定義から出発します。
- 初等整数論 — 同単元の無限降下法は、本単元の極端原理と同じ根拠に基づきます。法を決めた余りによって矛盾を導く議論も、本単元の不変量と彩色論法に対応します。
- 初等幾何学 — 同単元は、補助線を偶然の着想ではなく探索の結果として扱い、目的ごとに引き方を整理します。その進め方は、本単元が扱う設計の判断と共通します。
- 初等整数論ギャラリー — 同単元は、初等整数論の定理を一つずつ取り上げます。ディリクレの近似定理は鳩の巣原理によって、二平方和定理と四平方和定理は無限降下法によって証明されるので、本単元が扱う論じ方が整数論の定理に現れた例にあたります。
- 離散数学とアルゴリズム — 同単元は、グラフ理論、数え上げ、計算量を体系的に扱います。本単元の「競技数学:グラフ・離散構造」は、そこで扱う対象のうち、組合せの問題を表すために必要な部分に絞ります。
教育課程上の位置づけと参考年次
本単元で扱う論じ方は、いずれの国においても、高等学校の課程に独立した内容として置かれていません。このため、他の単元と同様の対応表は作りません。
これらの論じ方は、数学オリンピックの準備教材、発展的な課外教材、および大学の離散数学や組合せ論に関する講義で扱われることが多くあります。例外として、グラフと離散構造については、 GCE AS and A level mathematicsに関連するFurther Mathematicsの選択内容「Decision Mathematics」で、グラフ、ネットワーク、アルゴリズムが扱われます。また、凸性については、日本の高等学校学習指導要領(平成30年告示)の「数学III 微分法」に、第二次導関数によってグラフの凹凸を調べる内容が含まれます。ただし、凸性を不等式の証明に用いる扱いは含まれません。
なお、証明の方法そのものを教育内容として位置づける記述は、各国の課程にも見られます。同じ学習指導要領における数学的な見方・考え方に関する記述や、 KMKの一般大学入学資格向け数学基準の「Mathematisch argumentieren(数学的に論証する)」、 Common Core State Standards for Mathematicsの Standards for Mathematical Practiceがこれにあたります。本単元は、そこで求められる進め方を、具体的な方法として明示的に扱います。