概要
本単元は、数の体系を定めたうえで、多項式、方程式と不等式、複素数を対象として、式を変形し値を求めるための計算を扱います。文字式の展開と因数分解、方程式と不等式の解法、整式の除法、複素数の四則を順に練習し、最後に、式のもつ対称性を用いて計算の手数を減らす方法へ進みます。
本単元は、どの記事でも、変形が許される条件と、数や文字が動く範囲を、そのつど確かめながら進めます。読者がここで習得する計算の正確さと条件の管理は、図形、関数、確率と統計、数列、微積分など、後続する多くの単元が前提とします。
この単元のねらい
本単元は、読者が次に掲げる能力を習得することを目標とします。
- 四則演算、平方根、文字式、多項式、分数式の標準的な計算を、適切な手順で正確に実行することができます。
- 展開、因数分解、平方完成、整式の除法と剰余を、目的に応じて使い分けることができます。
- 2次関数のグラフをかき、2次方程式の解を複素数の範囲で求めることができます。
- 数の範囲、係数の範囲、定義域、除外する値を明示し、計算の過程を通じて保つことができます。
- 方程式では同値性を保ち、不等式では符号と場合分けを管理して解くことができます。
- 平方完成、相加平均と相乗平均の関係、コーシー・シュワルツの不等式を用いて、不等式を証明することができます。
- 解と係数の関係、因数定理、式の対称性を用いて、計算の手数を減らす手順を選ぶことができます。
- 代入、逆算、展開によって、計算の結果を検算することができます。
前提知識
本単元は、全体に共通する前提単元を設けません。正負の数の四則演算、文字を用いた簡単な式、等号の意味を理解している読者は、最初の記事から学習を始めることができます。関数とグラフについての知識は前提としません。本単元は、どの記事についても、他の単元の記事を先に読むことを求めません。
この単元を貫く4つの方針
本単元の各記事は、次の4点を共通の方針とします。
- 数の範囲、係数、定義域を保ちます。 係数として認める数の範囲や、文字が動く範囲によって、許される変形は異なります。平方根や分数式を扱う場合は、その操作に必要な条件を計算の前に確かめます。
- 正確に計算し、結果を検算します。 展開して元の式に戻す、値を代入する、次数と符号を確かめるなど、計算の内容に適した検算の方法を用います。
- 許される操作を区別します。 恒等的な変形、同値変形、一方向の含意しか保たない変形を区別します。また、形式的な式を変形する場合と、特定の値について方程式を解く場合とを分けます。
- 式の構造を用いて計算の手数を減らします。 対称性、巡回性、因数定理を用い、不要な展開を避けて計算の方針を定めます。
難易度区分
本単元は、20記事を「基礎」16記事、「発展」1記事、「応用」3記事に分けます。
基礎は、計算に用いる数の範囲を数直線の上で定めるところから始め、多項式の展開と因数分解、方程式、 2次関数、不等式へ進みます。そのうえで、恒等式、整式の除法、分数式、二項定理、複素数を扱い、最後に対称式と、対称性を用いる因数分解を置きます。対称性を最後に置くのは、式を正確に変形する手順が固まるまで、式の構造を先に調べて手数を減らす方針を選ぶことができないためです。
発展と応用は、基礎で固めた計算を、それぞれ別の方向へ進めます。発展は、整式が係数の並びによって定まる形式的な対象であることを取り出し、基礎で行った変形が何を根拠として正しいのかを確かめます。応用は、高次方程式と、変数の個数が増えた場合の不等式へ対象を広げます。
基礎の16記事は、本単元で必ず読む内容であり、順に読むことを想定しています。発展の1記事と応用の3記事は必修ではなく、読者は関心に応じて選んで読むことができます。
基礎
読者が標準的な代数計算を正確に実行し、数や文字が動く範囲を保ち、結果を検算することができるようにする段階です。後続する多くの単元は、ここで習得する代数計算を前提とします。各記事が扱う内容は、次のとおりです。
- 数の体系と数直線 — 自然数、整数、有理数、実数がこの順に含まれることを確かめ、これらの数を数直線の上へ表します。あわせて複素数への拡張を示し、以後の計算でどの範囲の数を用いているのかを明示します。
- 絶対値と根号の計算 — 絶対値を数直線上の2点の距離として定義し直したうえで、平方根の簡約、平方根の積と商の計算、分母の有理化を計算します。乗してになる正の数としての乗根を定め、積と商の計算を平方根と同じ形で扱います。根号の中が負にならない条件を各手順で確かめます。乗根が存在することは認めて用い、その証明は「指数関数と対数関数」が与えます。
- 多項式の加減乗除と展開公式 — 同類項を整理し、分配法則によって展開する手順を示したうえで、多項式の加法、減法、乗法、除法を計算します。あわせて主要な展開公式を導きます。
- 因数分解 — 共通因数のくくり出し、展開公式の逆用、たすきがけ、3次式の因数分解を順に練習します。因数の係数として認める数の範囲を毎回明示し、展開して結果を検算します。
- 一次・二次方程式と解の公式 — 一次方程式と二次方程式を、因数分解、平方完成、解の公式のそれぞれによって解きます。各変形が同値性を保つかどうかを確かめ、解を求める数の範囲を明示します。
- 2次関数 — 平方完成によって頂点と軸を求め、グラフの形と最大値・最小値を定めます。グラフと軸の共有点の個数、 2次方程式の実数解の個数、判別式の符号が互いに対応することを確かめます。
- 不等式の基本操作 — 一次不等式と、絶対値を含む不等式を解きます。両辺に掛ける数の符号によって不等号の向きが変わること、解が端点を含むかどうか、絶対値を外すときの場合分けを、そのつど確かめます。
- 2次不等式 — 2次関数のグラフが軸のどちら側にあるかと、式の符号が対応することを示し、この対応から 2次不等式の解の集合を求めます。判別式が0以下である場合は別に扱います。
- 恒等式と係数比較 — 恒等式が成り立つ範囲を定め、係数が一致することの意味を述べたうえで、係数比較によって未知の係数を決めます。すべての値で等しいことから係数が等しいことを導く手順は、この記事の中で完結させます。除外する値が有限個であってもよいことと、係数比較と数値代入の使い分けも述べます。
- 整式の除法・剰余の定理・因数定理 — 整式の除法を実行する手順を示し、剰余の定理と因数定理を導きます。割った余りが0であることと、因数であることと、方程式の解であることが同値であることを確かめます。
- 分数式の計算と定義域 — 分数式を通分し約分したうえで、加法、減法、乗法、除法を計算します。計算の途中では、分母を0にする値を除いた範囲を保ちます。
- 二項定理 —を非負整数として、の展開、二項係数、一般項、指定された項の係数を求めます。二項係数が組合せの数と一致することの説明は「場合の数と確率統計」の「順列・組合せ」で扱うので、この記事は展開の計算に絞ります。
- 複素数の四則と解と係数の関係 — 複素数の加法、減法、乗法、除法を計算し、共役複素数の性質を導きます。2次方程式の解を複素数の範囲で求め、解と係数の関係を確かめます。
- 不等式の証明 — 平方完成、相加平均と相乗平均の関係、コーシー・シュワルツの不等式を用いて不等式を証明します。いずれについても、適用することができる条件、変形が保つ含意の向き、等号が成り立つ条件を明示します。相加平均と相乗平均の関係とコーシー・シュワルツの不等式は、2つの数の場合をこの記事で証明します。
- 対称式・交代式と基本対称式による表示 — 文字を入れ替えたときの式の変化によって対称式と交代式を区別し、対称式を基本対称式で表します。得られた表示は展開して検算します。
- 対称性・巡回性を使った因数分解 — 式を最後まで展開せずに、文字の入れ替えに対する対称性、巡回性、交代性を先に調べます。のような特別な場合に式全体が0になることから因数を一つ取り出し、因数定理と文字の巡回によって残りの因数を求めます。最後に、得られた因数の積がもとの式と一致することを確かめます。
発展
整式を、値を代入する対象としてではなく、係数の並びによって定まる形式的な対象として扱う段階です。この扱いによって、基礎で行った係数比較と整式の除法が何を根拠として正しいのかが定まります。発展に置く記事が扱う内容は、次のとおりです。
- 不定元と変数の区別 — 係数の並びによって定まる形式的な対象である整式と、値の対応を与える関数とを区別します。同じ文字を用いていても、等号が意味することが両者で異なることを確かめます。
応用
基礎で習得した計算を組み合わせて、高次方程式の解がもつ性質と、変数の個数が増えた場合の不等式の示し方を扱い、最後に競技数学で出題される不等式の問題へ進みます。ここでは計算の手順を覚えることではなく、式の構造から手順を選ぶことが課題になります。3記事はいずれも三角関数を前提としません。各記事が扱う内容は、次のとおりです。
- 高次方程式の性質 — 実数を係数とする多項式について、虚数の解が共役の組で現れることを示し、実数の範囲での因数分解を導きます。あわせて、3次以上の方程式における解と係数の関係を求めます。
- 不等式の発展的手法 — 並べ替え不等式、多変数の相加平均と相乗平均の関係、一般の項数に対するコーシー・シュワルツの不等式とその分数の形を、いずれも証明つきで示します。それぞれについて、仮定、適用することができる条件、含意の向き、等号が成り立つ条件を明示します。凸性を用いる方法は考え方への言及にとどめ、詳しい扱いは「雑多な話題」の「競技数学:凸性による不等式」へ委ねます。
- 競技数学:不等式 — 数学オリンピックで出題される型の不等式を、等号が成り立つ条件から逆算して解きます。平方和への分解、分数の形のコーシー・シュワルツの不等式、シュールの不等式、同次式の正規化、変数の並べ替えのうちどれを選ぶのかという判断を、問題ごとに示します。評価を二段階以上つなぐときは、各段階の等号が成り立つ条件が同時に成り立つかどうかを確かめます。
学習到達点の確認方法
同じ題材であっても、本単元が確かめる内容は区分によって異なります。
- 基礎では、読者が標準的な手順を正確に実行し、数の範囲、定義域、除外する値を保つことができるかを確かめます。また、読者が計算の結果を検算し、選んだ手順の理由を説明することができるかを確かめます。
- 発展では、読者が、同じ文字を用いた式について、係数の並びで定まる形式的な対象として扱う場合と、値を代入する対象として扱う場合とを区別し、等号が意味することを述べることができるかを確かめます。
- 応用では、読者が複数の手法から適したものを選び、場合分けと条件を管理して計算を組み立てることができるかを確かめます。証明を伴う場合には、読者が方針、用いた条件、含意の向き、等号が成り立つ条件を明示することができるかを確かめます。
本単元は、演習に、答えが一意に定まる計算問題を用います。読者は、これらの問題を解くことによって、計算の正確さ、条件の管理、検算の方法を確かめることができます。不等式の証明のように説明を必要とする問題では、読者は適用することができる条件、推論の向き、等号が成り立つ条件を含む解答を書きます。
前後の単元との関係
本単元が扱う計算は、後続する多くの単元が共通の作法として用います。各単元との関係は、次のとおりです。
- 集合と論理 — 同単元は、命題、条件、同値であることの意味を定めます。本単元が方程式と恒等式で用いる同値変形と含意の区別は、同単元が整える語彙と対応します。
- 図形と方程式 — 同単元は、本単元で扱う式変形と複素数の計算を、三角比、ベクトル、複素数平面による図形の扱いに用います。
- 関数の性質 — 同単元は、本単元で扱う2次関数と式変形を、一般の関数の定義域、値域、グラフ、微分の扱いに用います。第2次導関数による曲線の凹凸の判定も同単元が扱います。
- 場合の数と確率統計 — 同単元は順列と組合せによる数え上げを扱います。本単元の「二項定理」は展開の計算を扱い、二項係数が組合せの数と一致することの説明を同単元へ委ねます。
- 数列と極限 — 同単元は、本単元で扱う式変形と方程式の解法を、数列、漸化式、極限の計算に用います。
- 初等整数論 — 同単元は、本単元で扱う整式の除法と剰余の構造を、整数の除法、合同式、ユークリッドの互除法へ広げます。
- 雑多な話題 — 同単元は、本単元の「不等式の発展的手法」が言及にとどめる凸性を、凸関数の定義から始めて、イェンセンの不等式や接線による評価とともに扱います。
- 環論入門 — 同単元は、一般環上で中心的不定元をもつ一変数多項式環を構成し、その普遍性を証明します。
- 可換環論 — 同単元は、本単元で扱う整式と因数分解を、可換環上の多変数多項式環、既約性、一意分解の理論へ一般化します。
- 線形代数 II — 同単元は、抽象線形空間、基底、次元、線形写像の一般論を扱います。
- 体論入門 — 同単元は、本単元で扱う高次方程式を、体の拡大と方程式の可解性の理論のもとで扱います。
教育課程上の位置づけと参考年次
参考年次を日本の高校の学年で示すと、日本の課程に対応する記事は、高校1年から2年にかけての内容にあたります。基礎の前半8記事が扱う実数と数直線、絶対値と根号を含む式の計算、式の展開と因数分解、一次不等式、二次方程式、二次関数と二次不等式は数学Iに置かれ、高校1年が目安です。続く基礎の6記事と「高次方程式の性質」が扱う整式の除法、分数式、恒等式、二項定理、等式と不等式の証明、複素数と高次方程式は数学IIの「いろいろな式」に置かれ、高校2年が目安です。
残る5記事について、本単元は学年の目安を示しません。「対称式・交代式と基本対称式による表示」と「対称性・巡回性を使った因数分解」は、日本の課程では独立した項目として置かれず、数学Iと数学IIの複数の項目の中で現れます。「不定元と変数の区別」と、不等式を扱う応用の2記事には、対応する項目が日本の課程にありません。国によって対応する学年は異なります。
本単元の内容と各国の教育課程との主な対応は、次のとおりです。
- 日本 — 高等学校学習指導要領(平成30年告示)の「数学I 数と式」「数学I 二次関数」「数学II いろいろな式」に主として対応します。
- 韓国 — 2022改訂教育課程の「共通数学1(공통수학1)」にある「多項式(다항식)」と「方程式と不等式(방정식과 부등식)」に主として対応します。
- 中国 — 普通高中课程方案和语文等学科课程标准(2017年版2020年修订)の必修課程「预备知识」にある「相等关系与不等关系」と「从函数观点看一元二次方程和一元二次不等式」に部分的に対応します。本単元の記事がすべてこの二つの単元に対応するわけではなく、整式の除法、複素数、および不等式を扱う応用の2記事はここに含まれません。
- 米国 — 連邦教育省の説明によれば、教育基準は州が定めます。比較資料として Common Core State Standards for Mathematicsを用いると、 High Schoolの「Number and Quantity」「Algebra」「Functions」に対応します。同基準はこれらの領域で、実数と複素数、多項式と有理式、方程式と不等式、2次関数などを扱います。
- フランス — lycée général et technologiqueの数学課程では、 secondeの「Nombres et calculs」と「Fonctions」、premièreの専門数学「Équations, fonctions polynômes du second degré」に主として対応します。同課程は複素数と多項式方程式を、terminaleの選択科目「mathématiques expertes」で扱います。
- ドイツ — 各州が学校課程を定め、 KMKが全国共通の到達基準を示します。 KMKの一般大学入学資格向け数学基準では、数とアルゴリズム、方程式の解法、数学的な論証に対応します。主題別の例として、バイエルン州LehrplanPLUSは、 9年次の2次関数と2次方程式、10年次の多項式関数、12年次の選択内容としての複素数を扱います。
- イギリス(England) — EnglandのNational Curriculum: mathematics programmes of studyでは、 Key stage 3・4の「Number」「Algebra」「Working mathematically」に主として対応します。同課程は平方根、因数分解、2次方程式と不等式、2次関数、代数による論証を扱いますが、複素数を明示的な内容に含めません。