概要
本単元は、初等整数論の名高い定理を一つずつ取り上げ、その主張、初等的な証明、具体例を組にして扱います。ピタゴラス数の一般解、ゼッケンドルフの定理、偶数の完全数から始め、ウィルソンの定理、二平方和定理、循環小数の周期へ進み、ピックの定理、ベルトランの仮説、ディリクレの近似定理、分割数と母関数に至ります。
本単元は積み上げの単元ではありません。ここに並ぶ定理は互いの前提にならないので、読者はどの記事からでも読み始めることができます。証明に用いる道具そのものは「初等整数論」で扱い、本単元は、その道具が実際に何を証明するのかを示します。
この単元のねらい
本単元は、読者が次に掲げる能力を習得することを目標とします。
- 各定理の主張を、仮定と結論に分けて正確に述べることができます。
- 小さい場合を手で計算して規則を予想し、その予想を証明すべき主張として書き下すことができます。
- 互除法、素因数分解の一意性、合同式、無限降下法、位数、平方剰余、連分数のうちから、その定理の証明に必要な道具を選ぶことができます。
- 表示が存在することと、表示がただ一通りであることを区別し、それぞれを別に証明することができます。
- 仮定を一つ外すと結論が成り立たなくなることを、具体例によって示すことができます。
- 具体例による確認と、すべての場合についての証明とを区別することができます。
- 証明された定理と、未解決のまま残っている問いとを区別して述べることができます。
前提知識
本単元のすべての記事は、「初等整数論」で扱う整除と余り、ユークリッドの互除法、素因数分解の一意性を用います。この三つを習得している読者は、本単元のどの記事からでも読み始めることができます。
記事によっては、さらに次の道具を用います。合同式、フェルマーの小定理、無限降下法、位数、平方剰余、連分数は、同じ「初等整数論」で扱います。鳩の巣原理と母関数は「場合の数と確率統計」で扱います。背理法と数学的帰納法は「集合と論理」で扱います。各記事は、その記事が用いる道具の参照先を記事の中で示します。
この単元を貫く4つの方針
本単元の各記事は、次の4点を共通の方針とします。
- 一つの定理を一つの記事で完結させます。 主張、初等的な主証明、具体例を一組にして示します。他の記事を前提とせず、必要な道具はその記事の中で参照先を示します。
- 計算から予想へ、予想から証明へ進みます。 まず小さい場合を手で計算し、そこに現れる規則を予想します。その予想を証明すべき主張として書き下してから、証明に入ります。計算による確認は証明の代わりになりません。
- 存在と一意性を分けて示します。 表示に関する定理では、そのような表示が存在することと、表示がただ一通りであることは別の主張です。各記事は、どちらを示しているかを毎回明示します。
- 仮定がどこで必要になるかを示します。 仮定を一つ外すと結論が成り立たない例を挙げ、証明のどの段階でその仮定を用いたかと対応させます。
難易度区分
本単元の記事は、すべて「発展」の一つの区分に属します。証明に必要な道具の量は記事ごとに異なり、互除法と素因数分解の一意性だけで証明まで届くものから、合同式、無限降下法、位数、連分数、母関数を要するものまであります。定理の主張の分かりやすさと、証明に必要な道具の量とは対応しません。主張が単純であっても、証明に多くの道具を必要とする定理があります。
本単元には必修の記事がありません。定理どうしは互いの前提にならないので、読者は関心に応じて選んで読むことができます。以下の並びは、おおむね証明に必要な道具の量が増える順です。読者は、この並びを、どの記事がどれだけの準備を必要とするかの目安として用いることができます。
発展
各記事が扱う内容は、次のとおりです。
- ピタゴラス数の一般解 —を満たす互いに素な正の整数の組が、二つの整数から作られる形に限ることを示します。偶奇によってとのどちらが偶数になるかを絞り込み、互いに素な二数の積が平方数であればそれぞれが平方数であることを、素因数分解の一意性から導いて用います。
- ゼッケンドルフの定理 — 任意の正の整数が隣り合わないフィボナッチ数の和として表せることと、その表し方がただ一通りであることを、別々に示します。存在は、大きいフィボナッチ数から順に取る手続きが有限回で終わることによって示し、一意性は、二通りの表し方の最大の項が一致することによって示します。
- 偶数の完全数とメルセンヌ素数 — 約数の総和が自身の倍に等しい数を完全数と定め、偶数の完全数がメルセンヌ素数と一対一に対応することを、約数の総和の計算と素因数分解によって示します。奇数の完全数があるかどうかが未解決であることにも触れます。
- フロベニウスの硬貨問題 — 互いに素で、どちらもより大きい二つの正の整数とについて、以上の整数を係数とする和では表すことができない最大の数がであることを示します。一次不定方程式の解の構造から導き、表すことができない数の個数も求めます。
- ウィルソンの定理 —より大きい整数が素数であることと、からまでのすべての積が法でと合同になることが同値であることを示します。法において自分自身が逆元になる元を特定し、残りを逆元どうしで対にして打ち消す議論を用います。
- 二平方和定理 —で割った余りがである素数が二つの平方数の和として表せることを示し、余りがである素数は表せないことを確かめます。が法の平方剰余であることを準備してから、表示を得る段階で無限降下法を用います。
- 四平方和定理 — すべての正の整数が四つの平方数の和として表せることを示します。四つの平方数の和どうしの積がまた四つの平方数の和になる恒等式によって素数の場合へ帰着させ、その素数の場合を無限降下法で示します。平方剰余を用いずに帰着させる点が、二平方和定理と異なります。
- 循環小数の周期と位数 —でもでもない素数について、をで割った小数の循環節の長さが、法におけるの位数に等しいことを示します。フェルマーの小定理から循環節の長さがを割り切ることを導き、具体的な素数で循環節を計算して確かめます。
- ピックの定理 — 頂点がすべて格子点であり、辺が互いに交わらず、穴を持たない多角形について、その面積が内部の格子点の個数と境界上の格子点の個数だけで定まることを示します。多角形を、格子点を頂点とする三角形へ分割し、分割してできる三角形の個数についての帰納法によって、一般の多角形へ広げます。
- ベルトランの仮説 — どの正の整数に対しても、より大きく以下の範囲に素数があることを示します。中央の二項係数に現れる素因数の指数を上から評価し、その範囲に素数が無いと仮定すると二項係数が小さすぎることになるという、初等的な証明を扱います。
- ディリクレの近似定理 — どの無理数に対しても、分母の大きさに比べて誤差が十分小さい有理数による近似を、いくらでも取ることができることを示します。小数部分を区間へ振り分ける鳩の巣原理によって証明し、得られる近似が連分数の近似分数と一致することにも触れます。
- 分割数と母関数 — 正の整数を正の整数の和として表す方法の個数を、母関数の係数として求めます。相異なる数への分割の個数と、奇数への分割の個数が等しいことを、母関数を変形して示します。母関数を形式的なべき級数として導入するのは「場合の数と確率統計」の「母関数入門」であり、本記事は分割数という対象に絞ります。
学習到達点の確認方法
本単元は、記事ごとに次の三点を確かめます。
- 読者が定理の主張を、仮定と結論に分けて正確に述べることができるかを確かめます。
- 読者が主証明を自分で再構成し、用いた道具と各段階の根拠を示すことができるかを確かめます。
- 読者が具体例による確認と、すべての場合についての証明とを区別することができるかを確かめます。
本単元は、演習に、具体的な数についての計算と、証明の各段階を再構成する問題を用います。証明を伴う解答については、仮定、結論、用いた道具、各段階の根拠を評価の対象とします。読者が小さい場合を計算して確かめた内容は、予想を立てるための手段であり、すべての場合についての証明とは区別して扱います。
確認は記事ごとに完結します。読者は、関心のある記事だけを選んで読むことができ、どの記事から読み始めるかも自分で決めることができます。
前後の単元との関係
- 初等整数論 — 同単元は、本単元の各記事が用いる道具を扱います。整除と互除法、素因数分解の一意性、合同式、無限降下法、位数、平方剰余、連分数がこれにあたり、本単元は、それらが実際に何を証明するのかを示します。
- 場合の数と確率統計 — 同単元は、鳩の巣原理と母関数を扱います。本単元は、前者をディリクレの近似定理で、後者を分割数と母関数の記事で用います。
- 集合と論理 — 同単元は、背理法と数学的帰納法、および存在と一意性を分けて示す進め方を扱います。本単元は、これらを整数についての具体的な主張へ適用します。
- 雑多な話題 — 同単元は、鳩の巣原理の応用、極端原理、不変量のように、分野をまたいで用いられる論法を扱います。本単元の無限降下法と鳩の巣原理による議論は、その論法が整数論の定理に現れた例にあたります。
- 幾何の定理ギャラリー — 同単元は、初等幾何の定理を一つずつ取り上げ、主張、初等的な証明、動かすことができる図を組にして扱います。本単元のピックの定理は、多角形の面積を格子点の個数によって求めるものであり、整数論と幾何の双方に関わります。
- 体論入門 — 同単元は有限体を扱います。読者は、ウィルソンの定理を、有限体の乗法群の構造から従う主張として読み直すことができます。
- 代数的整数論 — 同単元は、代数体の整数環におけるイデアルの分解を扱います。で割った余りがの素数が二つの平方数の和として表せることは、ガウス整数の環でその素数が二つの素元の積に分解することに対応します。
- 解析的整数論 — 同単元は、以下の素数の個数がを大きくしたときにどのように増えるかを扱います。ベルトランの仮説が述べる範囲の素数の存在は、十分大きい正の整数についてはそこから従います。
- 組合せ論・グラフ理論 — 同単元は、母関数を漸近的な評価と組み合わせて用います。本単元は、分割数を母関数の係数として求めるところまでを扱います。
教育課程上の位置づけと参考年次
本単元に収録する定理は、いずれの国においても、通常の高等学校の必修課程には含まれません。
ピタゴラス数については、日本の高等学校学習指導要領(平成30年告示)の「数学A 数学と人間の活動」で扱う不定方程式の内容から到達することができます。その他の定理は、各国の課程では扱われず、数学オリンピックの準備教材、発展的な課外教材、または大学の初等整数論に関する講義で扱われる場合が多くあります。
読者は、「初等整数論」で必要な道具を習得した時点で、本単元のうち関心のある記事へ進むことができます。