フランスの課程はかつを満たす関数から指数関数を定め、日本の課程は極限を用いてを定めます。同じを扱う場合でも、何を定義として採り、指数をどこまで構成し、どちらの導関数を先に導くかによって、課程の組み立ては異なります。
各国の課程を比べることは、同じ数学的対象に複数の自然な導入順序があることを示します。本記事では七つの公開課程を比べ、本単元の立場を位置づけるとともに、フランスが定義に採る特徴づけが本単元では定理として従うことを示します。
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フランスの課程はかつを満たす関数から指数関数を定め、日本の課程は極限を用いてを定めます。同じを扱う場合でも、何を定義として採り、指数をどこまで構成し、どちらの導関数を先に導くかによって、課程の組み立ては異なります。
各国の課程を比べることは、同じ数学的対象に複数の自然な導入順序があることを示します。本記事では七つの公開課程を比べ、本単元の立場を位置づけるとともに、フランスが定義に採る特徴づけが本単元では定理として従うことを示します。
本記事は、次の三つを国ごとに調べます。
注意 1.1 (読むときの注意). 本記事が引く文書は、各国の政府または試験機関が公開している課程の文書である。したがって本記事が述べるのは、その文書が要求していることであって、教室で実際に行われていることではない。ある事項について課程の文書に記述が無いことは、その事項が教えられていないことを意味しない。教科書が課程を超えた説明を置くことがあるからである。
課程の文書は改訂される。本記事が読んだ版は国ごとに本文へ記し、書誌情報を参考文献に挙げる。本文の記述は 2026年7月28日に各文書を参照して書いた。日本語以外の文書からの引用は、本記事が訳したものである。原文は参考文献に挙げた文書にある。
同じ用語が国によって異なる学年と深さに置かれていることにも注意が必要である。たとえば「指数関数」という語は、日本では有理数乗までを扱う段階を指し、フランスではを満たす関数を指す。
| 国 | の定め方 | 指数を実数へ広げることの扱い | 先に導く導関数 |
|---|---|---|---|
| 日本 | 極限の値。収束は直観的に理解させる | 触れる場合には直観的に理解できる程度とする | 対数関数 |
| 中国 | 課程標準は定めていない | 必修課程で実数指数まで扱い、拡張の過程を経験させる | 課程標準は定めていない |
| 韓国 | 課程の文書は定めていない | 実数の場合は直観的に扱う | 課程の文書は定めていない |
| フランス | かつを満たす微分可能な関数。存在と一意性は認める | 課程に記述が無い | 指数関数 |
| イギリス | 課程の文書は定めていない | 課程に記述が無い(有理数の指数までを扱う) | 指数関数 |
| ドイツ | 国の水準の文書は定めていない。本記事が読んだ州の課程はを自然指数関数の特徴として述べる | 課程に記述が無い | 指数関数 |
| 米国 | およそである定数として与える | 課程に記述が無い | 同じ項目に置き、順序を定めていない |
| 本単元 | となる底 | 有理数乗の極限として構成する | 指数関数 |
以下、国ごとに根拠となる記述を示します。
日本の課程は、学習指導要領とその解説が定めます。本記事が読んだのは平成30年告示の版です。
指数を実数へ広げることについて、解説は「数学II」の指数関数・対数関数の項で次のように述べています。本文は、指数を正の整数から有理数まで拡張することを扱うと定めたうえで、続けて「なお,指数関数を取り扱うには,指数を実数まで拡張することが必要であるが,そのことに触れる場合には直観的に理解できる程度とする」と書いています。すなわち、「数学II」で定義されるのは有理数乗までであり、実数乗は定義されません。
は「数学III」に置かれています。「数学III」の「微分法」の[用語・記号]に「自然対数,,変曲点」が挙げられており、は極限を扱う項目ではなく微分法の項目に置かれています。定め方は極限です。解説は「なお,自然対数の底は,『数学III』ではじめて取り扱う。その際,極限及びが収束することを,コンピュータなどの情報機器を用いるなどして直観的に理解させるようにする」と述べ、「この極限値がである」と結んでいます。収束することの証明は求められていません。
導関数を導く順序も明記されています。解説は「指数関数及び対数関数については,を用いて,対数関数の導関数を定義に従って導く。さらに,指数関数が対数関数の逆関数であることを用いると,指数関数の導関数を導くことができる」と述べています。日本の課程は、対数関数の導関数を先に導きます。
中国の課程は、普通高中数学課程標準が定めます。本記事が読んだのは2017年版の2020年修訂版です。課程は必修課程と選択性必修課程などに分かれており、大学入試を受ける生徒は必修課程と選択性必修課程の両方を学びます。
指数を実数へ広げることは、必修課程に入っています。指数函数の内容要求は「有理数の指数をもつ累乗(かつ、とは整数で)と、実数の指数をもつ累乗(かつ、は実数)の意味を認識することを通して、指数の拡張の過程を理解し、指数法則を身につける」と述べており、実数を指数とする累乗が明示されています。教学提示はさらに「整数指数幂から有理数指数幂へ、さらに実数指数幂へという拡張の過程を経験させる」ことを求めています。七つの課程のうち、有理数の指数と実数の指数の両方を必修の内容として書き並べ、拡張の過程を経験させることまで求めているのは、中国の課程です。日本と韓国の課程も実数への拡張に触れますが、どちらも直観的な理解にとどめると定めています。ただし、中国の課程標準も、その過程をどこまで厳密に行うかは書いていません。
の定め方は課程標準に書かれていません。が必修課程に現れるのは対数函数の内容要求であり、「換底公式を用いて一般の対数を自然対数または常用対数へ変換することができることを知る」と述べられています。ここで自然対数が現れますが、その底をどう定めるかは課程標準の記述の外にあります。
導関数についても、課程標準は導く順序を定めていません。選択性必修課程の「導数運算」は、定義に従って導関数を求めることを、、、、、の六つに限って求めています。指数函数と対数函数はこの六つに入っていません。これらについては「与えられた基本初等函数の導数公式と導数の四則運算法則を用いて、簡単な函数の導数を求めることができる」「導数公式表を使うことができる」と述べられています。指数函数と対数函数の導関数は、導くものではなく与えられる公式として扱われます。
韓国の課程は教育部が告示します。本記事が読んだのは2015年改訂の課程(教育部告示 第2015-74号)です。 2022年改訂の課程(教育部告示 第2022-33号)が告示されており、高等学校では2025年3月1日に第1学年から施行され、科目の編成も「数学I」から「代数」へと変わっています。以下は2015年改訂の課程についての記述です。
指数を実数へ広げることは「数学I」にあります。到達目標[12数学I01-02]は「指数が有理数、実数まで拡張されうることを理解する」と述べています。扱う水準は教授・学習上の留意事項に書かれており、「指数が有理数および実数である場合は、底が正の数であるという条件が必要であることを理解させる」と「指数が実数である場合は直観的に扱う」の二つが挙げられています。実数乗を構成することは求められていません。この点は日本の課程と一致します。
は「微積分」にあります。学習要素に「自然対数」と記号、、が挙げられていますが、の定め方は課程の文書に書かれていません。
導関数について、到達目標は[12微積02-01]「指数関数と対数関数の極限を求めることができる」、[12微積02-02]「指数関数と対数関数を微分することができる」の二つです。どちらを先に導くかは書かれていません。留意事項は「指数関数と対数関数の極限は、指数関数と対数関数の導関数を求めるのに必要な程度に簡単に扱う」と述べており、極限を扱う目的が導関数を求めることにあることは示されています。
フランスの課程は国民教育省が官報で定めます。数学の専門科目は第1学年(première)と最終学年(terminale)に分かれており、指数関数は第1学年、対数関数は最終学年にあります。
指数関数の定義は第1学年の課程にあります。内容の欄は「上で微分可能であってかつを満たすただ一つの関数としての、指数関数の定義。存在と一意性は認める。記号」と述べています。続けて「すべての実数、についてであり、である。数。記号」と書かれています。は、先に定めた関数の別の書き方として導入されます。
第1学年と最終学年のどちらの課程にも、指数を実数へ広げることについての記述はありません。が微分方程式によって直接定められるので、有理数乗から出発して指数を広げる手順を踏まなくてもが定まるためです。は現れますが、それは定義としてではなく、アルゴリズムの例として現れます。課程は「オイラーの方法による指数関数の構成。数列を用いたの近似値の決定」を挙げています。
対数関数は最終学年にあり、課程は「自然対数関数は、第1学年で学んだ指数関数の逆関数として導入される」と述べています。内容の欄には「自然対数関数の導関数、変化」があり、証明として求められているのは「自然対数関数の導関数の計算。微分可能であることは認める」です。指数関数の導関数は定義そのものですから、フランスの課程は指数関数を先に置き、対数関数の導関数を後から逆関数の関係によって導きます。
イギリス(イングランド)では、教育省が A level の内容を定め、試験機関がそれに従って要目を作ります。本記事が読んだのは2016年4月の教育省の文書です。この文書は、AS で扱う内容を角括弧で示し、A level で初めて加わる内容を角括弧の外に置いています。
指数と対数は AS の内容です。項目 F1 は「正の数に対する関数とそのグラフを知り、用いる。関数とそのグラフを知り、用いる」と述べ、項目 F3 は「をの逆関数として知り、用いる」と述べています。の定め方は書かれていません。ただし、項目 F2 が「の傾きがに等しいことを知り、それによって指数関数のモデルが多くの応用に適する理由を理解する」と述べており、課程がについて求めている知識は、導関数についてのものです。この項目は、微分の節より前の AS の内容として置かれています。
指数を実数へ広げることについての記述はありません。指数法則を扱う項目 A2 は「すべての有理数の指数について指数法則を理解し、用いる」と述べており、有理数の指数までが対象です。とは、定義を与えられることなく「知り、用いる」対象として置かれています。
微分の節では、との微分およびの導関数がどちらも A level の内容として現れます。の傾きは AS の段階ですでに与えられているので、指数関数についての内容が先に置かれています。
ドイツでは、課程は州が定めます。国の水準にあるのは、各州に共通する卒業資格の要求を示した常設文部大臣会議(Kultusministerkonferenz)の教育スタンダードです。本記事が読んだのは、大学入学資格(Allgemeine Hochschulreife)についての2012年10月18日決議の版です。
この教育スタンダードは、生徒が何をすることができるかを記述する形をとっており、の定め方を書いていません。が現れるのは、上位の要求水準の項目「関数をの原始関数として、また関数の逆関数として用いる」だけです。
州の課程の例として、ノルトライン・ヴェストファーレン州の2023年の課程を挙げます。基礎課程と重点課程のどちらにも、同じ文の項目が置かれています。「の形の指数関数の性質を記述し、自然指数関数の特別な点()を説明する」。自然指数関数を他の指数関数から区別する性質として挙げられているのは、導関数が自分自身に等しいことです。
指数を実数へ広げることについての記述は、この州の課程にはありません。導関数については、基礎課程で「補助具を用いずに、整関数、自然指数関数、正弦関数、余弦関数、および有理数の指数をもつべき関数の導関数を作る」ことが求められています。自然対数関数の導関数は基礎課程には現れず、重点課程で加わります。ここでも、指数関数についての内容が先に置かれています。
米国では、課程は州が定めます。全米の高等学校で共通に用いられる枠組みとしては、大学の単位認定に用いられる College Board の AP の科目記述があります。本記事は AP Precalculus と AP Calculus の科目記述を読みました。
AP Precalculus はを定義せず、値をもつ定数として与えます。単元2の項目 2.5.A.6 は「自然な底は、およそであり、現実の場面をモデル化する指数関数の底としてしばしば用いられる」と述べています。自然対数については、項目 2.12.A.4 が「関数は自然な底をもつ対数関数であり、すなわちである」と述べています。
指数を実数へ広げることについての記述はありません。項目 2.3.A.2 は「指数関数の定義域は実数全体である」と述べていますが、実数を指数とする累乗をどう定めるかは扱われません。指数の規則そのものは、この科目を学ぶ前に身につけているべき事項として前提に挙げられています。
AP Calculus では、との導関数が同じ項目に置かれます。単元2の項目 2.7 の題は「、、、の導関数」であり、内容は「正弦、余弦、指数関数、対数関数の導関数を求めるために、特定の規則を用いることができる」と述べられています。導関数は導くものではなく用いる規則として与えられ、どちらを先に導くかは定められていません。
本単元は、指数関数の微分に現れる極限がになる底としてを定めます。導関数の定義に従ってを微分すると
となり、右辺の極限はによりません。この極限がになる底をと定めるのが§B3.7 定義 2.3です。この立場は、を導関数の性質によって特徴づける点で、イギリスの課程が項目 F2 で挙げている性質、およびドイツの州の課程が自然指数関数の特別な点として挙げていると一致します。
フランスの課程が採る「かつを満たすただ一つの関数」という定義は、本単元の立場からは定理として得られます。本単元はを§B3.8 定理 1.1で示すので、がとをともに満たすことが分かります。一意性も次のようにして得られます。
定理 10.1 (とを満たす関数).を実数全体で微分可能な関数とし、すべての実数についてであり、かつであるとする。このとき、すべての実数についてである。
証明. 実数全体で定義された関数を、任意の実数に対してと定める。§B3.8 定理 1.1と§B2.10 定理 4.1により、関数は実数全体で微分可能でありである。したがって§B2.10 定理 2.1により
を得る。二つ目の等号には仮定を用いた。
実数を任意に取り、、と置く。を開区間に制限すると、この区間のすべての点で導関数がであるから、§D1.14 系 4.1によりはで定数である。なので
となる。§B3.3 定理 6.1によりであるから、である。同じ定理の指数法則からとなるので、である。したがって、すべての実数についてが成り立つ。▨
日本の課程が採る極限による定め方とも、結果は一致します。本単元は、の極限がに等しいことを§B3.7 定理 3.1として示します。
注意 10.2 (定め方と定理の区別).について、次の三つの性質は同じ数を特徴づける。
課程が違うのは、この三つのうちどれを定義に採り、どれを定理として導くかである。本単元は 1 を定義に採り、2 を§B3.8 定理 1.1と定理 10.1として、3 を§B3.7 定理 3.1として導く。フランスの課程は 2 を定義に採る。日本の課程は 3 に近い形を定義に採る。イギリスの課程とドイツの州の課程は、定義を書かずに 2 に近い性質を要求する。中国、韓国、米国の課程は、の定め方を書いていない。
指数を実数へ広げることについて、本単元は構成する立場を採ります。に対する有理数乗を§B3.1 定義 3.1で定め、指数を少し動かしたときの変動を不等式で押さえたうえで、実数に収束する有理数の列に沿う有理数乗の極限としてを§B3.3 定義 4.1で定めます。これは、日本の学習指導要領が「直観的に理解できる程度とする」と定めている水準を上回ります。中国の課程標準が求めている「整数指数幂から有理数指数幂へ、さらに実数指数幂へという拡張の過程」に相当する作業を、証明の形で行うものです。
本単元の記事の内部で証明せず、別の記事へ委ねて用いる事実は、次の三件です。
中間値の定理と、上に有界な広義単調増加列の収束は B1 が区間縮小法から証明しているので、この三件へ重ねて数えません。自然対数の微分可能性も、逆関数の微分可能性を認めるのではなく、差の商から直接証明しています。本単元が委ねて用いた箇所は「実数乗」と「まとめ」にまとめてあります。
導関数を導く順序については、本単元は指数関数を先に置きます。を微分に現れる極限によって定めた以上、が最初に得られる結果になるからです。自然対数の導関数§B3.10 定理 2.1は、その後に対数関数の連続性を示し、差の商をへ直接書き直して導きます。証明後には逆関数の微分法でも同じ式を確かめます。この順序は、指数関数を先に置くという点でフランス、イギリス、ドイツの課程と一致し、日本の学習指導要領が示す順序とは逆です。
日本の課程が対数関数を先に置くのは、を極限で定めているからです。から出発すると、導関数の定義に従って計算したときにこの形が直接現れるのは、対数関数の導関数の計算です。本単元はの定め方を変えたので、順序も変わります。