1 べき乗法
定義 1.1.n∈N≥1とする。h,w∈Cnに対してh∗をhの共役転置とし、h∗w=∑i=1nhiwi、∥h∥2:=(h∗h)1/2と置く。A∈Cn×nとし、y0∈Cnを∥y0∥2=1を満たすベクトルとする。k≥0についてykが定まりAyk=0であるとき
yk+1:=∥Ayk∥2Aykと置く。こうして定まる列(yk)を、Aに対するy0からの べき乗法 (power iteration) という。Aが正則ならば、すべてのk≥0についてykが定まる。∥y∥2=1を満たすy∈Cnに対して、複素数y∗AyをAのyにおける Rayleigh 商 (Rayleigh quotient) といい、べき乗法についてμk:=yk∗Aykと置く。部分空間E⊂Cnとy∈Cnに対して、dist(y,E):=infe∈E∥y−e∥2と置き、これをyのEからの 距離 (distance from a subspace) という。
補題 1.2.n∈N≥1、A∈Cn×nとし、∥A∥2をCnの∥⋅∥2に関するAの作用素ノルム(§E20.5 定義 4.2)とする。λ∈Cとu^∈CnがAu^=λu^、∥u^∥2=1を満たすとする。∥z∥2=1を満たす任意のz∈Cnと∣θ∣=1を満たす任意のθ∈Cに対して
(θz)∗A(θz)=z∗Az,∣z∗Az−λ∣≤2∥A∥2∥θz−u^∥2が成り立つ。
証明. 任意のh∈Cnに対して、Cauchy–Schwarz の不等式により∥Ah∥22=∑i∣∑jaijhj∣2≤(∑i,j∣aij∣2)∥h∥22であるから、∥A∥2<∞であり、∥Ah∥2≤∥A∥2∥h∥2が成り立つ。w:=θzと置く。θθ=1であるからw∗Aw=θθz∗Az=z∗Azであり、∥w∥2=1である。u^∗Au^=λu^∗u^=λであるから
z∗Az−λ=w∗Aw−u^∗Au^=(w−u^)∗Aw+u^∗A(w−u^)である。Cauchy–Schwarz の不等式により∣(w−u^)∗Aw∣≤∥w−u^∥2∥A∥2、∣u^∗A(w−u^)∣≤∥A∥2∥w−u^∥2であり、二つを加えて主張の不等式を得る。▨
補題 1.3.n∈N≥1とし、a,b∈Cnをa=0、b=0を満たすベクトルとする。このとき
∥a∥2a−∥b∥2b2≤∥b∥22∥a−b∥2が成り立つ。
定理 1.4.n∈N≥1とし、A∈Cn×nがCnの基底v1,…,vnと複素数λ1,…,λnについてAvi=λivi(1≤i≤n)を満たすとする。整数1≤d≤nと複素数λ=0について、i≤dならばλi=λ、i>dならば∣λi∣<∣λ∣であるとする。d<nならばq:=maxi>d∣λi∣/∣λ∣、d=nならばq:=0と置き、q0:=1とする。y0∈Cnを∥y0∥2=1を満たすベクトルとし、y0=∑i=1nciviと表して、u:=∑i≤dcivi=0を仮定する。(yk)をAに対するy0からのべき乗法、μk:=yk∗Aykとする。
- すべてのk≥0についてAyk=0であり、Aky0=0、yk=Aky0/∥Aky0∥2である。
- u^:=u/∥u∥2、θk:=∣λ∣k/λkと置く。kによらない実数C≥0が存在して、すべてのk≥0について∥θkyk−u^∥2≤Cqkが成り立つ。
- (2)のCについて、すべてのk≥0で∣μk−λ∣≤2C∥A∥2qkが成り立つ。
証明.(1)を示す。k≥0についてwk:=∑i>dci(λi/λ)kviと置く(d=nならばwk:=0)。Akvi=λikviであるから
Aky0=i=1∑nciλikvi=λk(u+wk)である。u=0であるからi≤dのあるiについてci=0であり、v1,…,vnは一次独立であるからu+wk=0、したがってAky0=0である。yk=Aky0/∥Aky0∥2が成り立つとすると、Ayk=Ak+1y0/∥Aky0∥2=0であり、yk+1=Ak+1y0/∥Ak+1y0∥2である。k=0では∥y0∥2=1から等式が成り立つので、kに関する帰納法により(1)が従う。
(2)を示す。θkλk=∣λ∣kであるから、(1)により
θkyk=∣λ∣k∥u+wk∥2∣λ∣k(u+wk)=∥u+wk∥2u+wkである。M:=∑i>d∣ci∣∥vi∥2と置くと、i>dについて∣λi/λ∣k≤qkであるから∥wk∥2≤Mqkである。補題 1.3をa=u+wk、b=uに適用すると
∥θkyk−u^∥2≤∥u∥22∥wk∥2≤∥u∥22Mqkであり、C:=2M/∥u∥2と置けばよい。
(3)を示す。uはAの固有値λの固有ベクトルの一次結合であるからAu^=λu^であり、∣θk∣=1、∥yk∥2=1である。補題 1.2をz=yk、θ=θkに適用し、(2)を用いて∣μk−λ∣≤2∥A∥2∥θkyk−u^∥2≤2C∥A∥2qkを得る。▨
2 正規直交な固有基底をもつ行列
補題 2.1.n∈N≥1、A∈Cn×nとし、Cnの基底v1,…,vnでvi∗vj=δijを満たすものと実数λ1,…,λnがAvi=λivi(1≤i≤n)を満たすとする。y∈Cnに対してci:=vi∗yと置く。
- y=∑icivi、∥y∥22=∑i∣ci∣2、y∗Ay=∑iλi∣ci∣2であり、任意のμ∈Cに対して∥Ay−μy∥22=∑i∣λi−μ∣2∣ci∣2である。
- J⊂{1,…,n}とし、EJ:=span{vi∣i∈J}と置く。dist(y,EJ)2=∑i∈/J∣ci∣2であり、dist(y,EJ)=∥y−e∥2を満たすe∈EJは∑i∈Jciviだけである。
- A∈Rn×nがAT=Aを満たすならば、Rnの正規直交基底q1,…,qnと実数λ1≤⋯≤λnでAqi=λiqiを満たすものが存在する。q1,…,qnはCnの基底としてqi∗qj=δijを満たし、det(tI−A)=∏i(t−λi)である。
証明.(1)を示す。y=∑iaiviと表すとvj∗y=∑iaivj∗vi=ajであるからaj=cjである。w=∑ibiviに対してw∗w=∑i,jbibjvi∗vj=∑i∣bi∣2である。Ay=∑iλiciviであるからy∗Ay=∑i,jciλjcjvi∗vj=∑iλi∣ci∣2であり、Ay−μy=∑i(λi−μ)civiにw∗wの式を適用して最後の等式を得る。
(2)を示す。e∈EJをe=∑i∈Jbiviと表すと、y−e=∑i∈J(ci−bi)vi+∑i∈/Jciviであるから、(1)の式により∥y−e∥22=∑i∈J∣ci−bi∣2+∑i∈/J∣ci∣2である。右辺はbi=ci(i∈J)のときだけ最小値∑i∈/J∣ci∣2をとる。
(3)を示す。§D3.15 定理 3.1により、直交行列Pと対角行列DがPTAP=Dを満たす。Pの列をDの対角成分が非減少になる順に並べ替えても直交行列であり、並べ替えた列をq1,…,qn、対角成分をλ1≤⋯≤λnとするとAqi=λiqiである。qiは実ベクトルであるからqi∗qj=qiTqj=δijであり、det(tI−A)=det(tI−D)=∏i(t−λi)である。▨
証明.(1)を示す。ci:=vi∗yと置く。補題 2.1 (1)により∑i∣ci∣2=1であり、i≤dでλi=λであるから
y∗Ay−λ=i∑(λi−λ)∣ci∣2=i>d∑(λi−λ)∣ci∣2である。したがって∣y∗Ay−λ∣≤δ∑i>d∣ci∣2であり、補題 2.1 (2)をJ={1,…,d}に適用すると右辺はδdist(y,E)2である。後半について、θu^∈Eであり∥y−θu^∥2=∥θy−u^∥2であるから、dist(y,E)≤∥θy−u^∥2である。
(2)を示す。定理 1.4 (2)のu^=u/∥u∥2はEの単位ベクトルである。(1)と定理 1.4 (2)により∣μk−λ∣≤δdist(yk,E)2≤δ∥θkyk−u^∥22≤δC2q2kである。
(3)を示す。F:=span{vd+1,…,vn}と置くとAF⊂Fであり、補題 2.1 (1)によりw∈CnがFに属することとvi∗w=0(i≤d)であることは同値である。y0∈Fであり、yk∈FかつAyk=0ならばyk+1=Ayk/∥Ayk∥2∈Fであるから、ykが定まる限りyk∈Fである。補題 2.1 (2)によりdist(yk,E)2=∑i>d∣vi∗yk∣2=∥yk∥22=1である。▨
例 2.3.A:=(2112)とする。v1:=(1,1)T/2、v2:=(1,−1)T/2はvi∗vj=δijとAv1=3v1、Av2=v2を満たし、命題 2.2はd=1、λ=3、E=span{v1}、δ=2で適用することができる。
- y0:=(1,0)T=(v1+v2)/2とする。Aky0=(3kv1+v2)/2=21(3k+1,3k−1)Tであり、∥Aky0∥22=(9k+1)/2であるから、定理 1.4 (1)によりyk=(3kv1+v2)/9k+1である。ykのv2成分とv1成分の比は3−kであり、y1=(2,1)T/5、μ1=14/5である。補題 2.1 (1)と補題 2.1 (2)により
dist(yk,E)2=9k+11,μk=9k+13⋅9k+1,3−μk=9k+12
であり、命題 2.2 (1)の不等式∣μk−3∣≤2dist(yk,E)2は等号で成り立つ。k=1,2,5では3−μk=1/5, 1/41, 1/29525である。
- y0:=v2ならば、命題 2.2 (3)により厳密算術ではyk=v2、μk=1、dist(yk,E)=1がすべてのkで成り立つ。
- binary64 の最近接丸めでs:=fl(1/fl(2))=0x1.6a09e667f3bccp-1を計算し、y0:=(s,−s)Tから、Ayk、∥Ayk∥2、その商、μkを binary64 の四則演算と平方根で計算した。1≤k≤60で、計算したykの成分は±0.7071067811865476であり、二つの成分の和は0、すなわちv1成分は0であった。計算したμ0は1−2−52、μk(1≤k≤60)は1+2−52であった。この入力では、yk=(a,−a)TからAykを計算する演算2a−a、a−2aの厳密な結果±aが binary64 の元であり、最近接丸めは符号について対称であるから、計算したyk+1も(a′,−a′)Tの形をもつ。
3 逆反復
定義 3.1.n∈N≥1、A∈Cn×nとし、σ∈Cはdet(A−σI)=0を満たすとする。y0∈Cnを∥y0∥2=1を満たすベクトルとする。k≥0について、zk∈Cnを一次方程式(A−σI)zk=ykのただ一つの解とし、yk+1:=zk/∥zk∥2と置く。こうして定まる列(yk)を、Aに対する シフト (shift)σ、初期ベクトルy0の 逆反復 (inverse iteration) という。yk=0であるからzk=0であり、すべてのk≥0についてykが定まる。ykは(A−σI)−1に対するy0からのべき乗法の第k項に等しい。
系 3.3.n∈N≥1とし、A∈Cn×nがCnの基底v1,…,vnと複素数λ1,…,λnについてAvi=λiviを満たすとする。σ∈Cはσ=λi(1≤i≤n)を満たすとする。整数1≤d≤nとλ∈Cについて、i≤dならばλi=λ、i>dならば∣λi−σ∣>∣λ−σ∣であるとする。d<nならばq:=maxi>d∣λ−σ∣/∣λi−σ∣、d=nならばq:=0と置き、q0:=1とする。y0∈Cnを∥y0∥2=1を満たすベクトルとし、y0=∑icivi、u:=∑i≤dcivi=0、u^:=u/∥u∥2とする。(yk)をシフトσ、初期ベクトルy0の逆反復とし、θk:=((λ−σ)/∣λ−σ∣)kと置く。このときkによらない実数C≥0が存在して、すべてのk≥0について
∥θkyk−u^∥2≤Cqk,∣yk∗Ayk−λ∣≤2C∥A∥2qkが成り立つ。
証明.σはAの固有値でないからB:=(A−σI)−1が存在し、Bvi=(λi−σ)−1viである。β:=(λ−σ)−1=0と置くと、i≤dならばBのviに対する固有値はβである。各i>dについて∣(λi−σ)−1∣/∣β∣=∣λ−σ∣/∣λi−σ∣<1であるから、B、βは定理 1.4の仮定を満たし、同定理のqは、d<nならばmaxi>d∣λ−σ∣/∣λi−σ∣、d=nならば0であって、本系のqに一致する。また∣β∣k/βk=θkである。定義 3.1により(yk)はBに対するy0からのべき乗法であるから、定理 1.4 (2)をBに適用して第一の不等式を得る。Au^=λu^であるから、補題 1.2をA、z=yk、θ=θkに適用して第二の不等式を得る。▨
例 3.4. 固有値が1、0.99、0.5である対角化可能な3次の行列Aを考える。べき乗法について定理 1.4のqは0.99であり、評価の因子qkが10−8以下になる最小のkは1833である。シフトσ:=1.001の逆反復について系 3.3のqは0.001/min{0.011,0.501}=1/11であり、qk≤10−8となる最小のkは8である。
4 実対称行列の固有値の最小最大表示
補題 4.1.n∈N≥1とし、A∈Rn×nはAT=Aを満たすとする。S⊂RnをS={0}を満たす部分空間とすると、集合{xTAx∣x∈S, ∥x∥2=1}は最大値と最小値をもつ。
証明.k:=dimSとし、Sの正規直交基底w1,…,wkを Gram–Schmidt の直交化でとり、W:=(w1 ⋯ wk)∈Rn×kと置く。WTW=Ikであるから、z∈Rkについて∥Wz∥2=∥z∥2であり、{x∈S∣∥x∥2=1}={Wz∣z∈Rk, ∥z∥2=1}である。B:=WTAWはBT=Bを満たし、(Wz)TA(Wz)=zTBzである。補題 2.1 (3)をBに適用して正規直交基底b1,…,bkと実数β1≤⋯≤βkをとると、補題 2.1 (1)により∥z∥2=1のときzTBz=∑jβj(bjTz)2∈[β1,βk]であり、z=b1、z=bkでそれぞれβ1、βkに等しい。▨
定理 4.2 (Courant–Fischer の定理).n∈N≥1とし、A∈Rn×nはAT=Aを満たすとする。λ1≤⋯≤λnをdet(tI−A)=∏i(t−λi)を満たす実数とする(補題 2.1 (3)により存在する)。任意の整数1≤k≤nに対して
λk=S⊂RndimS=kmin x∈S∥x∥2=1maxxTAx=S⊂RndimS=n−k+1max x∈S∥x∥2=1minxTAxが成り立つ。ここでSは部分空間を動き、内側の最大値・最小値は補題 4.1により存在し、外側の最小値・最大値の存在も主張に含む。
証明.補題 2.1 (3)により、Rnの正規直交基底q1,…,qnでAqi=λiqiを満たすものがとれる。det(tI−A)の根を重複度を込めて非減少に並べた列は一つに定まるので、ここでのλiは主張のλiに一致する。x∈RnについてxTAx=∑iλi(qiTx)2である(補題 2.1 (1))。
SをdimS=kを満たす部分空間とし、T:=span{qk,…,qn}と置く。dim(S∩T)=dimS+dimT−dim(S+T)≥k+(n−k+1)−n=1であるから、∥x∥2=1を満たすx∈S∩Tがある。i<kについてqiTx=0であるからxTAx=∑i≥kλi(qiTx)2≥λk∑i≥k(qiTx)2=λkであり、S上の最大値はλk以上である。S0:=span{q1,…,qk}の単位ベクトルxについてはxTAx=∑i≤kλi(qiTx)2≤λkであり、x=qkで等号が成り立つので、S0上の最大値はλkである。したがって最小最大表示の外側の最小値は存在してλkに等しい。
−Aは対称であり、det(tI+A)=∏i(t+λi)であるから、−Aについて非減少に並べた列の第j項は−λn+1−jである。最小最大表示を−Aとj:=n−k+1に適用すると
−λk=dimS=n−k+1min x∈S, ∥x∥2=1max(−xTAx)=−dimS=n−k+1max x∈S, ∥x∥2=1minxTAxであり、最大最小表示を得る。▨
5 残差と固有値間隔
命題 5.1.n∈N≥1、A∈Cn×nとし、v1,…,vnと実数λ1,…,λnは補題 2.1の仮定を満たすとする。y∈Cnを∥y∥2=1を満たすベクトル、μ∈Cとし、r:=Ay−μyと置く。
- mini∣λi−μ∣≤∥r∥2が成り立つ。
- λ∈{λ1,…,λn}とし、E:=span{vi∣λi=λ}と置く。λi=λを満たすiが存在し、γ:=min{∣λi−μ∣∣λi=λ}がγ>0を満たすならば、dist(y,E)≤∥r∥2/γが成り立つ。
- (2)の仮定に加えてμ=y∗Ayであるとし、δ:=maxi∣λi−λ∣と置くと、∣μ−λ∣≤δ∥r∥22/γ2が成り立つ。
証明.ci:=vi∗yと置く。補題 2.1 (1)により∑i∣ci∣2=1、∥r∥22=∑i∣λi−μ∣2∣ci∣2である。
(1)を示す。m:=mini∣λi−μ∣と置くと∥r∥22≥m2∑i∣ci∣2=m2である。
(2)を示す。∥r∥22≥∑λi=λ∣λi−μ∣2∣ci∣2≥γ2∑λi=λ∣ci∣2であり、補題 2.1 (2)をJ={i∣λi=λ}に適用すると右辺はγ2dist(y,E)2である。
(3)を示す。番号を付け替えて命題 2.2 (1)を適用すると∣μ−λ∣≤δdist(y,E)2であり、(2)によりdist(y,E)2≤∥r∥22/γ2である。▨
例 5.3.M>0とし、
A:=0000100M2,y:=M2+2(1,M,−1)T,μ:=0と置く。Aの固有値は0,1,2であり、固有空間はそれぞれspan{e1}、span{e2}、span{(0,M,1)T}である。Aは対角化可能であるが、各固有空間は一次元でありe2∗(0,M,1)T=M=0であるから、固有ベクトルからなる正規直交基底は存在せず、命題 5.1の仮定を満たさない。A(1,M,−1)T=(0,0,−2)Tであるからr=Ay−μyは∥r∥2=2/M2+2を満たす。λ:=0、E:=span{e1}について、μと他の固有値との間隔はγ=min{1,2}=1であり、
dist(y,E)=M2+2M2+1,γ∥r∥2=M2+22である。M>3ならばM2+1>2であるからdist(y,E)>∥r∥2/γである。M=100では∥r∥2=0.019998…、dist(y,E)=0.99995…である。固有値1の固有空間についてはdist(y,span{e2})=2/M2+2であり、M=100では0.014140…である。
6 Rayleigh 商反復
定義 6.1.n∈N≥1とし、A∈Rn×nはAT=Aを満たすとする。y0∈Rnを∥y0∥2=1を満たすベクトルとする。k≥0についてykが定まっているとき、μk:=ykTAyk、rk:=Ayk−μkykと置く。det(A−μkI)=0ならば、zk∈Rnを(A−μkI)zk=ykのただ一つの解とし、yk+1:=zk/∥zk∥2と置く。det(A−μkI)=0ならばyk+1を定めず、反復は第k段で 停止 (termination) するという。こうして定まる(yk)と(μk)を、y0からの Rayleigh 商反復 (Rayleigh quotient iteration) という。
定理 6.3.n≥2とし、A∈Rn×nはAT=Aを満たすとする。λをdet(tI−A)の単根であるAの固有値、v∈RnをAv=λv、∥v∥2=1を満たすベクトルとする。ΛをAの固有値の集合とし、g:=min{∣λ′−λ∣∣λ′∈Λ, λ′=λ}、δ:=max{∣λ′−λ∣∣λ′∈Λ}と置く。∥y∥2=1かつvTy=0を満たすy∈Rnに対して
t(y):=∣vTy∣dist(y,span{v})と置く。y0∈Rnは∥y0∥2=1、vTy0=0、δt(y0)2≤g/2を満たすとし、(yk)、(μk)をy0からの Rayleigh 商反復とする。ykが定まる任意のk≥0について次が成り立つ。
- vTyk=0、δt(yk)2≤g/2であり、∣μk−λ∣≤δdist(yk,span{v})2である。
- 反復が第k段で停止するならば、μk=λである。
- 反復が第k段で停止しないならば、vTyk+1=0であり
t(yk+1)≤g−δt(yk)2δt(yk)3≤g2δt(yk)3
が成り立つ。
- 反復が第k段で停止しないならば、dist(yk+1,span{v})≤(42δ/g)dist(yk,span{v})3が成り立つ。
- ek:=(2δ/g)t(yk)2と置くとek≤e03kである。とくにδt(y0)2<g/2であり、反復がどの段でも停止しないならば、t(yk)→0、μk→λである。
証明.補題 2.1 (3)によりRnの正規直交基底q1,…,qnと実数λ1,…,λnでAqi=λiqi、det(tI−A)=∏i(t−λi)を満たすものをとる。λは単根であるからλi=λを満たすiはただ一つであり、番号を付け替えてそれをi=1とする。補題 2.1 (1)によりker(A−λI)=span{q1}であるからq1=±vであり、q1をvに置き換える。i≥2についてλi=λであり、g≤∣λi−λ∣≤δである。∥y∥2=1を満たすy∈Rnについてci(y):=qiTyと置く。補題 2.1 (2)をJ={1}に適用するとs(y):=dist(y,span{v})はs(y)2=∑i≥2ci(y)2=1−c1(y)2を満たし、c1(y)=0ならばt(y)2=∑i≥2ci(y)2/c1(y)2、s(y)≤t(y)である。z∈Rnがq1Tz=0を満たすならば、t(z/∥z∥2)2=∑i≥2(qiTz)2/(q1Tz)2である。
ykが定まりvTyk=0かつδt(yk)2≤g/2であるという条件を(Hk)と書く。(H0)は仮定である。(Hk)を仮定し、ci:=ci(yk)、sk:=s(yk)、tk:=t(yk)と置く。
命題 2.2 (1)をd=1、E=span{v}に適用すると∣μk−λ∣≤δsk2≤δtk2≤g/2であり、(1)が成り立つ。i≥2について
∣λi−μk∣≥∣λi−λ∣−∣λ−μk∣≥g−δtk2≥g/2>0である。反復が第k段で停止するならばμkはλ1,…,λnのいずれかに等しく、上の不等式によりi≥2のλiには等しくないので、μk=λ1=λであり、(2)が成り立つ。
反復が第k段で停止しないとする。μk=λi(1≤i≤n)であり、(A−μkI)−1qi=(λi−μk)−1qiであるからzk=∑ici(λi−μk)−1qiである。q1Tzk=c1/(λ−μk)=0であるからvTyk+1=0であり、
tk+12=c12(λ−μk)−2∑i≥2ci2(λi−μk)−2≤(g−δtk2)2(λ−μk)2⋅c12∑i≥2ci2=(g−δtk2)2(λ−μk)2tk2である。∣λ−μk∣≤δtk2とg−δtk2≥g/2により(3)が成り立つ。(2δ/g)tk2≤1であるからtk+1≤tkであり、δtk+12≤g/2であるから(Hk+1)が成り立つ。δ≥gであるからtk2≤g/(2δ)≤1/2であり、sk2=tk2/(1+tk2)からtk2=sk2/(1−sk2)≤2sk2である。sk+1≤tk+1≤(2δ/g)tk3≤(2δ/g)22sk3であり、(4)が成り立つ。kに関する帰納法により、ykが定まる任意のkについて(Hk)と(1)から(4)が成り立つ。
(5)を示す。(3)によりek+1=(2δ/g)tk+12≤(2δ/g)3tk6=ek3であり、kに関する帰納法でek≤e03kである。δt02<g/2ならば0≤e0<1であるからek→0、tk→0であり、(1)とsk≤tkにより∣μk−λ∣≤δtk2→0である。▨
7 正の確率行列への適用
例 7.1.n∈N≥1とし、Q=(qij)∈Rn×nを確率行列(成分が非負で、各列の成分の和が1である行列)、0<ε≤1、1:=(1,…,1)T∈Rnとし、P:=(1−ε)Q+(ε/n)11Tと置く。Δ:={x∈Rn∣x≥0, ∑ixi=1}とする。Pの各成分は(1−ε)qij+ε/n≥ε/n>0であり、第j列の和は(1−ε)+ε=1であるから、Pは成分がすべて正の確率行列である。§D3.19 定理 3.2によりPの定常分布π∈Δがただ一つ存在する。δP:=mini,j(P)ij≥ε/nであるから1−nδP≤1−εであり、§D3.19 定理 4.2により、任意のp∈Δとk≥0について
∥Pkp−π∥1≤(1−ε)k∥p−π∥1≤2(1−ε)kである。x∈ΔならばPx≥0、∑i(Px)i=∑jxj=1であるからPkp∈Δ、Pkp=0である。Pに対するy0:=p/∥p∥2からのべき乗法について、yk=Pkp/∥Pkp∥2ならばPyk=Pk+1p/∥Pkp∥2=0、yk+1=Pk+1p/∥Pk+1p∥2であるから、すべてのkについてyk=Pkp/∥Pkp∥2である。補題 1.3と∥π∥2≥∥π∥1/n=1/n、∥⋅∥2≤∥⋅∥1により
yk−∥π∥2π2≤∥π∥22∥Pkp−π∥2≤4n(1−ε)kである。Pは対角化可能とは限らず、そのとき定理 1.4の仮定は満たされない。n=3、Q:=010001001、0<ε<1、w:=e1−e2とすると、1Tw=0、1T(e2−e3)=0からPw=(1−ε)(e2−e3)=0、P2w=(1−ε)2(e3−e3)=0である。P=VDV−1(Dは対角行列)ならば、P2x=0からD2V−1x=0、DV−1x=0、Px=0が従うので、Pは対角化可能でない。
8 演習
解答.
∥a∥2a−∥b∥2b2≤∥a∥2a−∥b∥2a2+∥b∥2a−∥b∥2b2である。右辺の第一項は∥a∥2∥a∥2−1−∥b∥2−1=∥b∥2−∥a∥2/∥b∥2に等しく、三角不等式により∥b∥2−∥a∥2≤∥a−b∥2であるから∥a−b∥2/∥b∥2以下である。第二項は∥a−b∥2/∥b∥2に等しい。二つを加えて主張の不等式を得る。▨
問題 8.2.A:=diag(0,1)∈R2×2、t>0、y0:=(1,t)T/1+t2とし、(yk)、(μk)をy0からの Rayleigh 商反復(定義 6.1)とする。反復が第0段で停止せずy1=(−1,t3)T/1+t6であること、したがって第2成分と第1成分の比がtから−t3に移ることを示せ。さらにdist(y1,span{e1})≤2dist(y0,span{e1})3と∥y1−e1∥2>2>∥y0−e1∥2を示せ。
解答.
μ0=y0TAy0=t2/(1+t2)であり、A−μ0I=diag(−t2/(1+t2),1/(1+t2))の対角成分はt>0によりどちらも0でないから、det(A−μ0I)=0であり、反復は第0段で停止しない。(A−μ0I)z0=y0の解は
z0=(−t21+t2⋅1+t21, (1+t2)⋅1+t2t)T=t21+t2(−1,t3)Tであり、1+t2/t2>0であるからy1=z0/∥z0∥2=(−1,t3)T/1+t6である。y0の成分の比はt、y1の成分の比はt3/(−1)=−t3である。e1,e2はAの固有ベクトルからなる正規直交基底であるから、補題 2.1 (2)をJ={1}に適用すると、∥y∥2=1を満たすy∈R2についてdist(y,span{e1})=∣e2Ty∣である。よってdist(y0,span{e1})=t/1+t2、dist(y1,span{e1})=t3/1+t6であり、
dist(y0,span{e1})6dist(y1,span{e1})2=1+t6(1+t2)3である。x:=t2と置くと4(1+x3)−(1+x)3=3(1−x)2(1+x)≥0であるから右辺は4以下であり、dist(y1,span{e1})≤2dist(y0,span{e1})3を得る。∥y∥2=1を満たすyについて∥y−e1∥22=2−2e1Tyであるから、∥y1−e1∥22=2+2/1+t6>2、∥y0−e1∥22=2−2/1+t2<2であり、∥y1−e1∥2>2>∥y0−e1∥2である。定理 6.3の記号ではλ=0、v=e1、g=δ=1、t(y0)=tであり、仮定δt(y0)2≤g/2はt≤1/2と同値である。▨