§D3.22次元が有限でない空間の内積と正射影

最終更新

必修の記事「内積とグラム・シュミットの直交化」は、正規直交系が張る部分空間について、正射影が最良近似を与えることを証明しました(§D3.14 命題 3.2)。この結論は、部分空間が有限個のベクトルで張られていることに依存しています。

この記事では、その仮定を外したときに何が壊れるかを確かめます。直交化の手続きそのものは、各段で有限回の演算しか行いませんので、次元が有限でない空間でも働きます。壊れるのは正射影の側です。実際、VVと等しくないのに直交補空間が零ベクトルだけになる部分空間WWを作ることができ、そのWWへ最良近似をもたないベクトルが存在します。

収束と完備性を伴う理論は「関数解析」が扱いますので、本記事は、収束を使わずに述べることができる範囲までを示し、収束が必要になる箇所を指し示すところで止めます。任意の線形空間に基底が存在することは「線形代数 II」が扱います。

以下、R[x]\mathbb{R}[x]で、実数を係数とする多項式の全体を表します。多項式は、実数の組(a0,a1,a2,… )(a_0, a_1, a_2, \dots)で、有限個の添字を除いてan=0a_n = 0となるものとして扱い、二つの多項式が等しいとは、対応する係数がすべて等しいことをいうものとします。xnx^nは、第nn成分だけが11で他が00である組を表します。またC[0,1]C[0,1]で、閉区間[0,1][0,1]の上で定義された実数値の連続関数の全体を表します。いずれも、成分ごと、あるいは値ごとの和と実数倍について§D3.6 定義 1.1の条件を満たします。

1 有限個のベクトルでは生成されない空間

はじめに、扱う条件を定めます。

定義 1.1 (有限生成であること). 実数を係数とするベクトル空間VVが有限生成であるとは、有限個のベクトルv⃗1,…,v⃗m∈V\vec v_1, \dots, \vec v_m \in Vでspan⁡{v⃗1,…,v⃗m}=V\operatorname{span}\{\vec v_1, \dots, \vec v_m\} = Vを満たすものが存在することをいう。有限生成でないとき、VVは有限生成でないという。

命題 1.2 (有限生成でない空間の例).R[x]\mathbb{R}[x]とC[0,1]C[0,1]は、いずれも有限生成でない。

証明.R[x]\mathbb{R}[x]について示す。f1,…,fm∈R[x]f_1, \dots, f_m \in \mathbb{R}[x]を有限個の多項式とする。fif_iが0⃗\vec 0でないとき、an≠0a_n \ne 0を満たす最大のnnをfif_iの次数といい、deg⁡fi\deg f_iと書く。NNを、0⃗\vec 0でないfif_iの次数の最大値とする(すべてが0⃗\vec 0ならばN=0N = 0とする)。一次結合∑icifi\sum_i c_i f_iの第nn成分は∑ici(fi)n\sum_i c_i (f_i)_nであり、n>Nn > Nのとき(fi)n=0(f_i)_n = 0であるから00である。したがってspan⁡{f1,…,fm}\operatorname{span}\{f_1, \dots, f_m\}に属する多項式は、第N+1N+1成分以降がすべて00である。ところがxN+1x^{N+1}は第N+1N+1成分が11であるから、この張る空間に属さない。よってspan⁡{f1,…,fm}≠R[x]\operatorname{span}\{f_1,\dots,f_m\} \ne \mathbb{R}[x]であり、R[x]\mathbb{R}[x]は有限生成でない。

C[0,1]C[0,1]について示す。mmを任意の正の整数とし、k=1,…,m+1k = 1, \dots, m+1に対しak=1k+1a_k = \dfrac{1}{k+1}、bk=1kb_k = \dfrac1k、pk=ak+bk2p_k = \dfrac{a_k + b_k}{2}とおき、関数gk∈C[0,1]g_k \in C[0,1]を

gk(t)=max⁡(0, 1−∣t−pk∣(bk−ak)/2)g_k(t) = \max\left(0,\ 1 - \frac{|t - p_k|}{(b_k - a_k)/2}\right)

と定める。絶対値とmax⁡\maxは連続関数から連続関数を作るのでgkg_kは連続であり、gk(t)≠0g_k(t) \ne 0となるのはak<t<bka_k < t < b_kのときに限る。gk(pk)=1g_k(p_k) = 1である。区間(ak,bk)(a_k, b_k)はkkが異なれば互いに交わらない。

g1,…,gm+1g_1, \dots, g_{m+1}が一次独立であることを示す。∑kckgk=0\sum_{k} c_k g_k = 0とし、jjを任意に取る。両辺のt=pjt = p_jにおける値を見ると、k≠jk \ne jについてはpj∉(ak,bk)p_j \notin (a_k, b_k)であるからgk(pj)=0g_k(p_j) = 0であり、cjgj(pj)=cj=0c_j g_j(p_j) = c_j = 0を得る。jjは任意であるから、すべてのcjc_jが00である。

いまC[0,1]C[0,1]が有限生成であると仮定し、mm個のベクトルが生成するとする。上で作ったg1,…,gm+1g_1, \dots, g_{m+1}は一次独立なm+1m+1本のベクトルであるから、§D3.8 補題 3.1によりm+1≤mm+1 \le mとなって矛盾する。よってC[0,1]C[0,1]は有限生成でない。▨

必修の記事は、有限生成でない空間についてdim⁡\dimを定めていません。§D3.8 定義 3.3が定義したのは有限生成な空間の次元だからです。以下では、次元という値を比べる必要はありません。使うのは、有限個のベクトルでは張り尽くせないという事実だけです。

2 直交化の手続きは働く

命題 2.1 (可算個の一次独立な列に対する直交化).VVを内積空間、v⃗1,v⃗2,…\vec v_1, \vec v_2, \dotsをVVのベクトルの列で、どの有限個を取っても一次独立であるものとする。このとき、正規直交系e⃗1,e⃗2,…\vec e_1, \vec e_2, \dotsで、すべてのmmについてspan⁡{e⃗1,…,e⃗m}=span⁡{v⃗1,…,v⃗m}\operatorname{span}\{\vec e_1, \dots, \vec e_m\} = \operatorname{span}\{\vec v_1, \dots, \vec v_m\}を満たすものが定まる。

証明.§D3.14 定理 2.1の構成式は、e⃗m\vec e_mをv⃗1,…,v⃗m\vec v_1, \dots, \vec v_mだけから定めており、mmより後の項に依存しない。したがって、各mmについてv⃗1,…,v⃗m\vec v_1, \dots, \vec v_mに§D3.14 定理 2.1を適用して得られるe⃗1,…,e⃗m\vec e_1, \dots, \vec e_mは、mmを大きくしても前の項が変わらない。こうして得られる列e⃗1,e⃗2,…\vec e_1, \vec e_2, \dotsは、どの二つを取っても§D3.14 定理 2.1の結論により直交し、各項のノルムが11である。張る空間の一致も同定理の結論である。▨

手続きが働くことと、得られた正規直交系が空間全体について何かを述べることとは、別のことです。壊れるのは、正射影の側です。それを見るために、R[x]\mathbb{R}[x]に内積を一つ定めます。

3 直交補空間が零ベクトルだけになる部分空間

定義 3.1 (係数による内積).f=(a0,a1,… )f = (a_0, a_1, \dots)、g=(b0,b1,… )g = (b_0, b_1, \dots)をR[x]\mathbb{R}[x]の要素とし

⟨f,g⟩=∑n≥0anbn\langle f, g\rangle = \sum_{n \ge 0} a_n b_n

と定める。右辺は、00でない項が有限個であるから定まる。また、部分集合W⊆R[x]W \subseteq \mathbb{R}[x]に対しW⊥={v∈R[x]:⟨w,v⟩=0 (すべての w∈W)}W^{\perp} = \{v \in \mathbb{R}[x] : \langle w, v\rangle = 0 \ (\text{すべての } w \in W)\}と定め、WWの直交補空間という。

この式は§D3.14 定義 1.1の条件を満たします。対称性と第1引数についての線形性は和の性質から従い、正定値性は、⟨f,f⟩=∑nan2≥0\langle f,f\rangle = \sum_n a_n^2 \ge 0であり、これが00になるのはすべてのana_nが00であるとき、すなわちf=0⃗f = \vec 0のときに限ることによります。第nn成分だけが11であるxnx^nの全体は、この内積について正規直交系をなします。

定理 3.2 (直交補空間が零ベクトルだけになる部分空間).V=R[x]V = \mathbb{R}[x]に定義 3.1の内積を入れる。写像φ:V→R\varphi : V \to \mathbb{R}をφ(f)=∑n≥0an\varphi(f) = \sum_{n\ge0} a_nと定め、W=Ker⁡φW = \operatorname{Ker}\varphiとおく。このとき次が成り立つ。

  1. φ\varphiは線形写像であり、WWはVVの部分空間でW≠VW \ne Vである。
  2. W⊥={0⃗}W^{\perp} = \{\vec 0\}である。

証明. 1について。φ(f)\varphi(f)はffの成分の有限個の和であるから、和と実数倍についてφ(f+g)=φ(f)+φ(g)\varphi(f+g) = \varphi(f)+\varphi(g)、φ(cf)=cφ(f)\varphi(cf) = c\varphi(f)が成り立ち、φ\varphiは線形である。W=Ker⁡φW = \operatorname{Ker}\varphiが部分空間であることは§D3.10 命題 1.2による。φ(x0)=1≠0\varphi(x^0) = 1 \ne 0であるからx0∉Wx^0 \notin Wであり、W≠VW \ne Vである。

2について。i≠ji \ne jとするとφ(xi−xj)=1−1=0\varphi(x^i - x^j) = 1 - 1 = 0であるからxi−xj∈Wx^i - x^j \in Wである。v=(v0,v1,… )∈W⊥v = (v_0, v_1, \dots) \in W^{\perp}を取ると、すべてのi,ji, jについて

0=⟨xi−xj, v⟩=vi−vj0 = \langle x^i - x^j,\ v\rangle = v_i - v_j

であるから、vvの成分はすべて等しい。v∈R[x]v \in \mathbb{R}[x]であるから00でない成分は有限個であり、成分がすべて等しいことと合わせると、すべての成分が00である。よってv=0⃗v = \vec 0であり、W⊥⊆{0⃗}W^{\perp} \subseteq \{\vec 0\}である。逆の包含は明らかであるからW⊥={0⃗}W^{\perp} = \{\vec 0\}である。▨

有限次元では、部分空間WWについてdim⁡W+dim⁡W⊥=dim⁡V\dim W + \dim W^{\perp} = \dim Vが成り立ちますので、W≠VW \ne VならばW⊥W^{\perp}は零ベクトルだけにはなりません。この等式が使えなくなることが、次の帰結を生みます。

4 最良近似が存在しない部分空間

系 4.1 (最良近似が存在しない部分空間がある).VV、WWを定理 3.2のとおりとし、u⃗=x0∈V\vec u = x^0 \in Vとする。このとき、∥u⃗−p⃗∥≤∥u⃗−w⃗∥\|\vec u - \vec p\| \le \|\vec u - \vec w\|がすべてのw⃗∈W\vec w \in Wについて成り立つようなp⃗∈W\vec p \in Wは存在しない。

証明. そのようなp⃗∈W\vec p \in Wが存在すると仮定し、z⃗=u⃗−p⃗\vec z = \vec u - \vec pとおく。w⃗∈W\vec w \in Wと実数ttを任意に取る。p⃗+tw⃗∈W\vec p + t\vec w \in Wであるから、仮定により

∥z⃗∥2≤∥u⃗−(p⃗+tw⃗)∥2=∥z⃗−tw⃗∥2=∥z⃗∥2−2t⟨z⃗,w⃗⟩+t2∥w⃗∥2\|\vec z\|^2 \le \|\vec u - (\vec p + t\vec w)\|^2 = \|\vec z - t\vec w\|^2 = \|\vec z\|^2 - 2t\langle \vec z, \vec w\rangle + t^2\|\vec w\|^2

である。したがって、すべての実数ttについて−2t⟨z⃗,w⃗⟩+t2∥w⃗∥2≥0-2t\langle \vec z, \vec w\rangle + t^2\|\vec w\|^2 \ge 0が成り立つ。w⃗=0⃗\vec w = \vec 0のときは⟨z⃗,w⃗⟩=0\langle \vec z,\vec w\rangle = 0であるからw⃗≠0⃗\vec w \ne \vec 0としてよい。t=⟨z⃗,w⃗⟩/∥w⃗∥2t = \langle \vec z,\vec w\rangle / \|\vec w\|^2と取ると左辺は−⟨z⃗,w⃗⟩2/∥w⃗∥2-\langle \vec z,\vec w\rangle^2/\|\vec w\|^2となり、⟨z⃗,w⃗⟩≠0\langle \vec z,\vec w\rangle \ne 0ならばこれは負である。これは矛盾であるから⟨z⃗,w⃗⟩=0\langle \vec z, \vec w\rangle = 0である。w⃗\vec wは任意であったからz⃗∈W⊥={0⃗}\vec z \in W^{\perp} = \{\vec 0\}、すなわちu⃗=p⃗∈W\vec u = \vec p \in Wである。ところが定理 3.2の1の証明で見たとおりu⃗=x0∉W\vec u = x^0 \notin Wである。矛盾により、そのようなp⃗\vec pは存在しない。▨

注意 4.2 (収束の議論が必要になる箇所).§D3.14 命題 3.2は、有限個の正規直交系が張る部分空間について、正射影が最良近似を与えることを述べていた。系 4.1は、部分空間を有限個のベクトルが張るものに限らないと、最良近似が存在しない場合があることを示している。したがって、必修の記事の結論を次元が有限でない場合へ広げるには、次の三つを新たに定める必要がある。

  1. 無限個の項の和∑ncne⃗n\sum_{n} c_n \vec e_nに意味を与えること。すなわち、部分和の列が収束するということを定めること。
  2. 空間が完備であること、すなわち、収束すべき列が実際にこの空間の中で収束することを要求すること。系 4.1のR[x]\mathbb{R}[x]は、この条件を満たさない。
  3. 部分空間が閉じていること。

これらを備えた空間についての理論は「関数解析」が扱う。本記事は、収束を用いる主張を証明しない。

6 自分で確かめる

次の三つを、資料を見ずに行ってください。

  1. C[0,1]C[0,1]が有限生成でないことの証明で作ったg1,…,gm+1g_1, \dots, g_{m+1}について、区間(ak,bk)(a_k, b_k)が互いに交わらないことを確かめてください。次に、この構成がmmに依存していることを指摘し、なぜ「一次独立な組をmm本作った」ではなく「任意のmmに対してm+1m+1本作った」という形にする必要があるのかを述べてください。
  2. 定理 3.2のφ\varphiをφ(f)=a0+a1\varphi(f) = a_0 + a_1に取り替え、W=Ker⁡φW = \operatorname{Ker}\varphiの直交補空間を求めてください。今度はW⊥W^{\perp}が{0⃗}\{\vec 0\}にならないことを確かめ、定理 3.2の証明のどの段が働かなくなるかを述べてください。
  3. 系 4.1のu⃗=x0\vec u = x^0について、実数ttと正の整数NNを用いて w⃗=t x0−tN(x1+x2+⋯+xN)\vec w = t\,x^0 - \frac{t}{N}\left(x^1 + x^2 + \cdots + x^N\right) と定めます。w⃗∈W\vec w \in Wであることを確かめ、∥u⃗−w⃗∥2\|\vec u - \vec w\|^2をttとNNの式で書いてください。次にNNを大きくしttを11へ近づけることで、inf⁡w⃗∈W∥u⃗−w⃗∥\inf_{\vec w \in W}\|\vec u - \vec w\|が00であることを示してください。下限は00であり、しかも到達されません。到達されないことが系 4.1の主張であることを、u⃗∉W\vec u \notin Wと対応させて述べてください。

2では、φ\varphiを⟨f,v⟩\langle f, v\rangleの形に書くことができる場合とできない場合の違いが表に出ます。φ(f)=a0+a1\varphi(f) = a_0 + a_1はv=x0+x1v = x^0 + x^1を用いて⟨f,v⟩\langle f, v\rangleと書くことができます。一方、定理 3.2のφ(f)=∑nan\varphi(f) = \sum_n a_nを⟨f,v⟩\langle f, v\rangleと書こうとすると、vvはすべての成分が11の組になり、R[x]\mathbb{R}[x]に属しません。

参考文献

  1. Paul R. Halmos, Finite-Dimensional Vector Spaces, 2nd ed., Undergraduate Texts in Mathematics, Springer, New York, 1974, originally published 1958.各定理の証明で有限次元性が効く箇所を参考にしました。
  2. Walter Rudin, Functional Analysis, 2nd ed., International Series in Pure and Applied Mathematics, McGraw Hill, 1991.ノルム、完備性および正射影を伴う、次元が有限でない空間を参考にしました。
  3. Sheldon Axler, Linear Algebra Done Right, 4th ed., Springer, 2024.正射影が最良近似を与えるという主張と部分空間の有限次元性の関係を参考にしました。

前提記事