1 定義と一意性
定義 1.1.nを正の整数、Aをn次実正方行列とする。n次実正方行列Bであって
AB=BA=Inを満たすものが存在するとき、Aは 正則 (invertible) であるといい、この二つの等式を満たすBをAの 逆行列 (inverse matrix) という。
命題 1.2.nを正の整数、Aをn次実正方行列とする。AB=BA=Inを満たすn次実正方行列Bは高々一つである。Aが正則であるとき、この行列をA−1と書く。
証明.BとCをともにn次実正方行列とし、AB=BA=InとAC=CA=Inが成り立つとする。§D3.1 命題 3.7によりB=BInであり、In=ACであるからB=B(AC)である。§D3.1 定理 4.1によりB(AC)=(BA)Cであり、BA=Inであるから(BA)C=InCである。ふたたび§D3.1 命題 3.7によりInC=Cであるから、B=Cである。▨
例 1.4. 実2×1行列と実1×2行列
A=(10),B=(10)をとる。このとき
BA=(1)=I1,AB=(1000)=I2である。したがって、長方形行列では片側の積が単位行列であっても、反対側の積が単位行列であるとは限らない。
命題 1.5.nを正の整数、AとBをn次の正則な実正方行列とする。このとき次が成り立つ。
- ABは正則であり、(AB)−1=B−1A−1である。
- A−1は正則であり、(A−1)−1=Aである。
- A⊤は正則であり、(A⊤)−1=(A−1)⊤である。
証明.(1)を示す。§D3.1 定理 4.1と§D3.1 命題 3.7により
(AB)(B−1A−1)=A(B(B−1A−1))=A((BB−1)A−1)=A(InA−1)=AA−1=Inであり、同じ二つの結果により
(B−1A−1)(AB)=B−1(A−1(AB))=B−1((A−1A)B)=B−1(InB)=B−1B=Inである。よってABは正則であり、命題 1.2により(AB)−1=B−1A−1である。
(2)を示す。A−1A=AA−1=Inが成り立つから、A−1は正則であってAはその逆行列である。命題 1.2により(A−1)−1=Aである。
(3)を示す。§D3.1 定義 3.6によりInの(i,j)成分はδijであり、δij=δjiであるから、§D3.1 定義 7.1と§D3.1 定義 1.1によりIn⊤=Inである。§D3.1 命題 7.2 (3)により
A⊤(A−1)⊤=(A−1A)⊤=In⊤=In,(A−1)⊤A⊤=(AA−1)⊤=In⊤=Inである。よってA⊤は正則であり、命題 1.2により(A⊤)−1=(A−1)⊤である。▨
2 正則であることの同値な条件
補題 2.1.nとpを正の整数、A,A′をn次実正方行列、C,C′を実n×p行列とする。有限回の行基本変形の列が[A∣C]を[A′∣C′]へ移すならば、同じ変形の列はAをA′へ移す。さらにA′=InならばAC′=Cである。
証明. 有限回の行基本変形の列を一つ固定する。§D3.2 定義 2.1の三種類の操作はいずれも、行の番号と実数の係数だけで定まる仕方で各成分に作用し、どの列についても同じ形をとる。したがって、行列からいくつかの列を選んで取り出し並べた行列へ固定した変形の列を施した結果は、変形後の行列から同じ列を取り出して並べた行列に等しい。とくに、第1列から第n列までを取り出すと、同じ変形の列はAをA′へ移す。
A′=Inとする。1≤k≤pを満たすkをとる。第1列から第n列までと第n+k列を取り出すと、同じ変形の列は[A∣C(k)]を[In∣C(k)′]へ移す。§D3.2 命題 2.3によりAx=C(k)の解集合とInx=C(k)′の解集合は一致し、§D3.1 命題 3.7によりC(k)′は後者の解であるから、AC(k)′=C(k)である。§D3.1 命題 3.5 (1)により(AC′)(k)=AC(k)′=C(k)であり、kは任意であったから、§D3.1 定義 1.1によりAC′=Cである。▨
定理 2.2.nを正の整数、Aをn次実正方行列とする。§D3.2 定理 3.2により、Aに有限回の行基本変形を続けて得られる簡約階段形が存在するので、その一つを取りRと書く。このとき次の六条件は同値である。
- Aは正則である。
- Ax=0の解は0のみである。
- R=Inである。
- 有限回の行基本変形を続けてAをInへ変形することができる。
- どのb∈Rnについても、Ax=bの解はただ一つである。
- BA=Inを満たすn次実正方行列Bが存在する。
証明.n次実正方行列Mと1≤k≤nを満たすkに対し、Mの第k列をRnの元とみなしたものをM(k)と書く。
(1)⇒(2)を示す。Aを正則とし、x∈RnをAx=0の解とする。両辺に左からA−1を掛けるとA−1(Ax)=A−10である。§D3.1 定理 4.1により左辺は(A−1A)x=Inxに等しく、§D3.1 命題 3.7によりこれはxである。右辺は、§D3.1 定義 3.1により各成分が0であるから0である。よってx=0である。0はAx=0の解であるから、解は0のみである。
(2)⇒(3)を示す。RはAに有限回の行基本変形を続けて得られる簡約階段形であるから、§D3.2 系 4.2 (1)⇒(3)をAとRへ適用するとR=Inを得る。
(3)⇒(4)を示す。Rの取り方により、有限回の行基本変形を続けてAをRへ変形することができる。R=Inであるから、有限回の行基本変形を続けてAをInへ変形することができる。
(4)⇒(1)を示す。有限回の行基本変形を続けてAをInへ変形することができるとし、その行基本変形の列を一つ固定する。
はじめに(2)を導く。固定した変形の列を[A∣0]に施して得られる行列を[A′∣c]と書く。補題 2.1により同じ変形の列はAをA′へ移すので、A′=Inである。また、すべての成分が0である列は各行基本変形によって同じ列へ移るから、c=0である。したがって[A∣0]は[In∣0]へ移り、§D3.2 命題 2.3によりAx=0の解集合とInx=0の解集合は一致する。§D3.1 命題 3.7により後者は0のみであるから、前者も0のみである。
次に、固定した変形の列を[A∣In]に施して得られる行列を[A′∣B]と書く。補題 2.1により同じ変形の列はAをA′へ移すのでA′=Inであり、同じ補題によりAB=Inである。
最後にBA=Inを示す。§D3.1 定理 4.1と§D3.1 命題 3.7によりA(BA)=(AB)A=InA=Aである。1≤k≤nを満たすkを取り、u:=(BA)(k)、v:=(In)(k)とおくと、§D3.1 命題 3.5 (1)により
Au=(A(BA))(k)=A(k)=(AIn)(k)=Avである。w:=u+(−1)vとおくと、§D3.1 定理 4.2 (1)と§D3.1 定理 4.2 (3)によりAw=Au+(−1)(Av)であり、Au=Avであるから、§D3.1 定義 2.1によりその各成分は0であってAw=0である。すでに導いた(2)によりw=0である。§D3.1 定義 2.1によりwの第i成分はuの第i成分とvの第i成分の−1倍との和であるから、uとvのすべての成分が一致し、§D3.1 定義 1.1によりu=vである。kは1からnの任意であったから、ふたたび§D3.1 定義 1.1によりBA=Inである。AB=BA=Inが成り立つので、Aは正則である。
(1)⇒(6)を示す。Aが正則であるときB:=A−1とおけばBA=Inである。
(6)⇒(1)を示す。BA=Inを満たすn次実正方行列Bを取り、x∈RnをAx=0の解とする。§D3.1 命題 3.7と§D3.1 定理 4.1によりx=Inx=(BA)x=B(Ax)=B0であり、§D3.1 定義 3.1によりB0の各成分は0であるからx=0である。よって(2)が成り立ち、すでに示した三つの含意により(3)、(4)、(1)が順に従う。
(1)⇔(5)は演習とする(問題 5.2)。▨
条件(3)は取った簡約階段形Rについて述べていますが、(1)はRの取り方によらないので、Aの簡約階段形がInに等しいかどうかもRの取り方によりません。
3 掃き出し法による構成
定理 3.1.nを正の整数、Aをn次実正方行列とし、Aの右に第n+1列から第2n列としてInの第1列から第n列までを並べて得られるn×2n行列を[A∣In]と書く。[A∣In]に有限回の行基本変形を続けて得られる簡約階段形を一つ取り、その第1列から第n列までを並べた行列をR、第n+1列から第2n列までを並べた行列をSとする。このとき、Aが正則であることとR=Inであることは同値であり、Aが正則であるときS=A−1である。
証明.[A∣In]を[R∣S]へ移す行基本変形の列を一つ固定する。補題 2.1により、同じ変形の列はAをRへ移す。
Rが簡約階段形であることを示す。[R∣S]は簡約階段形であるから、§D3.2 定義 3.1 条件 (a)により零行は下に集まり、§D3.2 定義 3.1 条件 (b)により主成分の列番号は行の番号について増加する。よって[R∣S]の行は、主成分の列番号がn以下である行、主成分の列番号がn+1以上である行、零行の順に並ぶ。第一の種類の行から第1列から第n列までを取り出した部分は、[R∣S]における主成分と同じ位置に同じ値をもち、それより左の成分は0であるから、零行でなく主成分の列番号も変わらない。第二と第三の種類の行から同じ部分を取り出すと零行である。したがってRは§D3.2 定義 3.1 条件 (a)と§D3.2 定義 3.1 条件 (b)を満たす。Rの零行でない行の主成分は[R∣S]の対応する行の主成分であるから§D3.2 定義 3.1 条件 (c)により1であり、その列番号をjとすると、[R∣S]の第j列は主成分以外の成分がすべて0である(§D3.2 定義 3.1 条件 (d))から、Rの第j列についても同じことが成り立つ。よってRは簡約階段形である。
RはAに有限回の行基本変形を続けて得られる簡約階段形であるから、定理 2.2 (1)⇔(3)をAとRへ適用すると、Aが正則であることとR=Inであることは同値である。
Aが正則であるとする。いま示したことからR=Inである。補題 2.1によりAS=Inである。よって§D3.1 定理 4.1と§D3.1 命題 3.7により
S=InS=(A−1A)S=A−1(AS)=A−1In=A−1である。▨
例 3.2.
A=105216340とする。[A∣I3]に、第3行に第1行の−5倍を加える操作、第3行に第2行の4倍を加える操作、第1行に第3行の−3倍を加える操作、第2行に第3行の−4倍を加える操作、第1行に第2行の−2倍を加える操作を順に施すと
105216340100010001→10021−434−1510−5010001→10021034110−5014001→100210041160−5−1214−301→1002100011620−5−12−154−3−41→100010001−2420−518−1545−41となる。最後の行列は簡約階段形であり、その第1列から第3列までを並べた行列はI3であるから、定理 3.1によりAは正則であり
A−1=−2420−518−1545−41である。実際に積を計算すると、AA−1の(1,1)成分は1⋅(−24)+2⋅20+3⋅(−5)=1、(1,2)成分は1⋅18+2⋅(−15)+3⋅4=0、(3,1)成分は5⋅(−24)+6⋅20+0⋅(−5)=0であり、残りの成分も同じように計算するとAA−1=I3が得られる。A−1Aについても、(1,1)成分は(−24)⋅1+18⋅0+5⋅5=1、(1,3)成分は(−24)⋅3+18⋅4+5⋅0=0であり、同じ計算でA−1A=I3が得られる。
例 3.3.
A=(1224)とする。[A∣I2]に、第2行に第1行の−2倍を加える操作、第2行を−21倍する操作、第1行に第2行の−1倍を加える操作を順に施すと
(12241001)→(10201−201)→(1020110−21)→(10200121−21)を得る。最後の行列は簡約階段形であり、その左半分は
(1020)=I2である。したがって、定理 3.1によりAは正則でない。
4 2 次の場合の公式
証明.ad−bc=0とし、B:=ad−bc1(d−c−ba)とおく。§D3.1 定義 3.1と§D3.1 定理 4.2 (3)により
AB=ad−bc1(acbd)(d−c−ba)=ad−bc1(ad−bc00ad−bc)=I2であり、同じ二つの結果により
BA=ad−bc1(d−c−ba)(acbd)=ad−bc1(ad−bc00ad−bc)=I2である。よってAは正則であり、命題 1.2によりA−1=Bである。
ad−bc=0とする。Ax=0を満たすR2の元xであって0と異なるものを、場合に分けて与える。(a,b)=(0,0)のとき、第1成分が−b、第2成分がaであるxを取るとx=0であり、§D3.1 定義 3.1によりAxの第1成分はa(−b)+ba=0、第2成分はc(−b)+da=ad−bc=0である。(a,b)=(0,0)かつ(c,d)=(0,0)のとき、第1成分が−d、第2成分がcであるxを取るとx=0であり、Axの第1成分は0⋅(−d)+0⋅c=0、第2成分はc(−d)+dc=0である。(a,b)=(0,0)かつ(c,d)=(0,0)のとき、第1成分が1、第2成分が0であるxを取るとx=0であり、Aのすべての成分が0であるからAx=0である。いずれの場合もAx=0は0と異なる解をもつので、定理 2.2 (1)⇔(2)によりAは正則でない。▨
ad−bcは、一般のn次正方行列に対して成分から定まる実数である行列式の、2次の場合にあたります。行列式を定義し、正則であることと行列式が0でないことが同値であることを示すのは「行列式」です。
5 演習
問題 5.1.
A=1240−11238とする。[A∣I3]を簡約階段形へ変形してAが正則であることを確かめ、A−1を求めよ。さらにAA−1=A−1A=I3が成り立つことを成分の計算で確かめよ。
解答.
[A∣I3]に、第2行に第1行の−2倍を加える操作、第3行に第1行の−4倍を加える操作、第2行を−1倍する操作を順に施すと
1240−11238100010001→1000−112−101−2−4010001→10001121012−40−10001となる。続いて、第3行に第2行の−1倍を加える操作、第3行を−1倍する操作、第1行に第3行の−2倍を加える操作、第2行に第3行の−1倍を加える操作を順に施すと
→10001021−112−60−11001→1000102111260−1−100−1→100010001−11−4620−121−1となる。最後の行列は簡約階段形であり、その第1列から第3列までを並べた行列はI3であるから、定理 3.1によりAは正則であり
A−1=−11−4620−121−1である。AA−1の成分を§D3.1 定義 3.1に従って計算すると、第1行は
1⋅(−11)+0⋅(−4)+2⋅6=1,1⋅2+0⋅0+2⋅(−1)=0,1⋅2+0⋅1+2⋅(−1)=0であり、第2行は
2⋅(−11)+(−1)(−4)+3⋅6=0,2⋅2+(−1)⋅0+3⋅(−1)=1,2⋅2+(−1)⋅1+3⋅(−1)=0であり、第3行は
4⋅(−11)+1⋅(−4)+8⋅6=0,4⋅2+1⋅0+8⋅(−1)=0,4⋅2+1⋅1+8⋅(−1)=1であるからAA−1=I3である。A−1Aについても同じように計算すると、第1行は−11+4+8=1、0+(−2)+2=0、−22+6+16=0、第2行は−4+0+4=0、0+0+1=1、−8+0+8=0、第3行は6+(−2)+(−4)=0、0+1+(−1)=0、12+(−3)+(−8)=1であるからA−1A=I3である。▨
解答.
定理 2.2 (1)⇒(5)を示す。Aを正則とし、b∈Rnを取る。§D3.1 定理 4.1と§D3.1 命題 3.7によりA(A−1b)=(AA−1)b=Inb=bであるから、A−1bはAx=bの解である。xをAx=bの解とすると、同じ二つの結果によりx=Inx=(A−1A)x=A−1(Ax)=A−1bである。よってAx=bの解はA−1bただ一つである。
定理 2.2 (5)⇒(1)を示す。どのb∈RnについてもAx=bの解がただ一つであるとする。とくにb=0について解はただ一つであり、0はその解であるから、Ax=0の解は0のみである。すなわち定理 2.2 (2)が成り立つ。本文で示した定理 2.2 (2)⇒(3)、定理 2.2 (3)⇒(4)、定理 2.2 (4)⇒(1)を順に用いると、Aは正則である。▨