1 級数による定義と収束
以下では、行列ノルム∥⋅∥は劣乗法性
∥AB∥≤∥A∥∥B∥
を満たすものとする。有限次元では、例えば任意のベクトルノルムから誘導される作用素ノルムを用いることができる。
定義 1.1.A∈Cn×nに対して、その行列指数関数 (matrix exponential) を
eA=exp(A)=k=0∑∞k!Ak,A0=Iと定める。実行列Aに対しては、この級数の各項が実行列であるためeAも実行列である。
命題 1.2. 任意の正方行列Aに対して、行列指数級数は絶対収束し、
∥eA∥≤∥I∥+e∥A∥−1を満たす。また、tが有界な実区間を動くとき、etAの級数と、その各項を微分した級数は一様収束する。
証明.k≥1に対して、劣乗法性から∥Ak∥≤∥A∥kである。零次項はA0=Iであるから、
k=0∑∞k!Ak≤∥I∥+k=1∑∞k!∥A∥k=∥I∥+e∥A∥−1<∞であり、有限次元行列空間の完備性により級数は収束する。同じ評価はノルムの上界も与える。
T>0とし、∣t∣≤Tとする。元の級数の零次項は一定値Iであり、k≥1では
k!tkAk≤k!Tk∥A∥k,となる。零次項の導関数は零であり、k≥1に対して
dtdk!tkAk≤(k−1)!Tk−1∥A∥k.正次数項に対する第一の右辺の和はeT∥A∥−1、第二の右辺の和は∥A∥eT∥A∥である。したがって、Weierstrass の判定法により元の級数と導関数級数は[−T,T]上で一様収束する。
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2 指数の積と微分公式
命題 2.1.A,B∈Cn×nがAB=BAを満たすならば
eA+B=eAeB=eBeAである。
証明.AとBが可換であるとする。k=0では(A+B)0=Iである。あるk≥0について
(A+B)k=p=0∑k(pk)ApBk−pが成り立つと仮定する。AとBの可換性および Pascal の関係式により、
(A+B)k+1=p=0∑k(pk)(Ap+1Bk−p+ApBk−p+1)=p=0∑k+1(pk+1)ApBk+1−p.したがって、帰納法により二項定理はすべてのk≥0について成り立つ。
命題 1.2によりAとBの指数級数は絶対収束する。劣乗法性から
p,q≥0∑p!q!ApBq≤(p=0∑∞p!∥Ap∥)(q=0∑∞q!∥Bq∥)<∞であるため、Cauchy 積を次数k=p+qごとにまとめることができる。二項定理から
eAeB=k=0∑∞p=0∑kp!(k−p)!ApBk−p=k=0∑∞k!1p=0∑k(pk)ApBk−p=k=0∑∞k!(A+B)k=eA+Bを得る。さらにApBq=BqApがすべてのp,q≥0について成り立つため、二つの絶対収束級数の
Cauchy 積で因子の順序を交換するとeAeB=eBeAとなる。
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定理 2.2.A∈Cn×nとs,t∈Rに対して、次の式が成り立つ。
e0A=I,dtdetA=AetA=etAA,e(s+t)A=esAetA,(etA)−1=e−tA.
証明.e0A=Iは定義から従う。T>0を任意に固定し、指数級数の部分和を
FN(t)=k=0∑Nk!tkAkと置く。FN(0)=Iであり、命題 1.2により導関数の級数は[−T,T]上で一様収束する。したがって、項ごとの微分の定理§D1.22 定理 4.2を行列の各複素成分の実部と虚部へ適用すると、(−T,T)上で
dtdetA=k=1∑∞k!ktk−1Ak=Aj=0∑∞j!tjAj=AetAを得る。Tは任意であるため、この式はすべてのt∈Rで成り立つ。Aは各Ajと可換であるから、右辺はetAAにも等しい。
sAとtAは可換である。したがって命題 2.1により
e(s+t)A=esA+tA=esAetAである。s=−tと置けばetAe−tA=Iとなり、逆行列の式が従う。
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例 2.3 (和の指数法則が成り立たない非可換行列).
A=(0010),B=(0100)と置く。A2=B2=0であるから
eAeB=(I+A)(I+B)=(2111).一方、(A+B)2=Iであるから
eA+B=cosh(1)I+sinh(1)(A+B)=(cosh(1)sinh(1)sinh(1)cosh(1)).二つの行列は一致しない。この例ではAB=BAであり、非可換な二行列について和の指数法則は一般には成り立たない。
3 定係数線形系
定理 3.1.A∈Rn×n、t0∈R、η∈Rnとする。初期値問題
x′=Ax,x(t0)=ηの全実数上の一意解は
x(t)=e(t−t0)Aηである。また、Φ(t)=etAは基本行列である。
証明.定理 2.2により
x′(t)=Ae(t−t0)Aη=Ax(t),x(t0)=Iη=ηである。線形系の一意性§E10.7 系 1.2により、これは唯一の解である。
Φ′=AΦであり、Φ(t)−1=e−tAであるから、Φはすべてのtで可逆である。したがって§E10.9 定義 3.1の意味で基本行列である。
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定理 3.2.K∈{R,C}、d∈N≥1、I⊆Rを内部が空でない区間とする。一定行列A∈Kd×d、局所可積分関数b∈Lloc1(I;Kd)、t0∈I、η∈Kdに対して、初期値問題
x′=Ax+bほとんど至る所,x(t0)=ηはI全体で一意な局所絶対連続解をもち、その解はすべてのt∈Iで
x(t)=e(t−t0)Aη+∫t0te(t−s)Ab(s)ds(1)と表される。t<t0では積分を−∫tt0とする。さらに、A、η、bが実数値ならば解も実数値であり、bが連続ならば解はC1級であって微分方程式をすべての点で満たす。区間に端点が含まれる場合、その端点では片側微分を用いる。
証明.定理 2.2により、Φ(t)=etAはC1級であり、
Φ′=AΦ,Φ(t)−1=e−tAを満たす。したがってΦは局所絶対連続であり、すべてのt∈Iで可逆な基本行列である。§E10.9 定理 2.1をこのΦに適用すると、全点で
etA[e−t0Aη+∫t0te−sAb(s)ds]を得る。半群則により
etAe−t0A=e(t−t0)A,etAe−sA=e(t−s)Aであるから、式 (1) が従う。任意の有限閉区間J⊆Iと固定したt∈Iに対してs↦e(t−s)AはJ上で連続かつ有界であるため、式 (1) の被積分関数はJ上で可積分である。逆向き積分を含む全点の表示と一意性は§E10.9 定理 2.1から従う。
Aが実行列ならば定義 1.1によりerAはすべてのr∈Rで実行列である。ηが実ベクトルでbが実数値ならば、式 (1) の各項が実数値であるため解は実数値である。bが連続ならばAx+bは連続である。絶対連続解の全点積分表示を微積分の基本定理で微分すると、xはC1級であり、微分方程式を全点で満たす。
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系 3.3.A∈Rn×nとし、I⊆Rを内部が空でない区間とする。連続関数b:I→Rn、t0∈I、η∈Rnに対して、初期値問題
x′=Ax+b(t),x(t0)=ηの一意なC1級の解は式 (1) で与えられる。区間に端点が含まれる場合、その端点では片側微分を用いる。
4 相似変換と対角化
命題 4.1.Pを可逆行列とする。このとき
ePAP−1=PeAP−1である。
証明. 帰納法により(PAP−1)k=PAkP−1である。行列指数級数へ代入すると
ePAP−1=k=0∑∞k!PAkP−1=P(k=0∑∞k!Ak)P−1=PeAP−1.▨
定理 4.2.A∈Cn×nがA=PDP−1と対角化され、
D=diag(λ1,…,λn)であるとする。このとき
etA=Pdiag(eλ1t,…,eλnt)P−1.とくに、Pの列を固有ベクトルv1,…,vnとすれば、斉次系の複素一般解は
x(t)=j=1∑ncjeλjtvjである。
証明.命題 4.1によりetA=PetDP−1である。対角行列の冪は対角成分ごとに計算されるため、
etD=diag(eλ1t,…,eλnt)となる。
各jに対してAvj=λjvjであるから、表示された関数はx′=Axを満たす。逆に、xを任意の複素解とすると、定理 2.2により
dtd(e−tAx(t))=−Ae−tAx(t)+e−tAAx(t)=0.したがってe−tAx(t)は定ベクトルである。この定ベクトルを∑j=1ncjvjと一意に表すと、
x(t)=etAj=1∑ncjvj=j=1∑ncjeλjtvjを得る。
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例 4.3 (対角化による行列指数関数の計算).
A=(1221)の固有値は3,−1であり、対応する固有ベクトルとして(1,1)Tと(1,−1)Tを取ることができる。したがって
P=(111−1),P−1=21(111−1)により
etA=21(e3t+e−te3t−e−te3t−e−te3t+e−t).t=0ではIとなり、各成分を微分すると(etA)′=AetAを確認することができる。
5 Jordan 標準形による計算
対角化することができない行列には Jordan 標準形を用いる。Jordan 標準形の存在と構成は「Jordan 標準形」を前提とする。
定理 5.1. Jordan ブロックを
J=λI+N,Nm=0と書く。このとき
etJ=eλtk=0∑m−1k!tkNk.A=PJP−1が Jordan 標準形による相似表示ならば
etA=PetJP−1であり、etJは各 Jordan ブロックについて上の有限和を並べたブロック対角行列である。
証明.λIとNは可換であるから
etJ=eλtIetN=eλtetN.Nm=0であるため、etNの級数はm−1次で打ち切られる。相似変換の式は命題 4.1から従う。
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例 5.2 (二次 Jordan ブロック).
A=(λ01λ)=λI+(0010)ではN2=0であるから
etA=eλt(I+tN)=eλt(10t1).したがって一般解には、固有値λの指数関数だけでなくteλtを含む成分が現れる。これは定数係数高階方程式において、重根へ変数の冪を掛けたことと同じ代数構造である。
例 5.3 (回転と単振動). 角速度ω∈Rに対して
A=(0ω−ω0)と置く。A2=−ω2Iであるため、行列指数級数の偶数次項と奇数次項を分けると
etA=(cos(ωt)sin(ωt)−sin(ωt)cos(ωt)).したがってω=0ならば、x′=Axの非零解は原点を中心として回転し、∥x(t)∥2=∥x(0)∥2を満たす。ω=0ならばA=0かつetA=Iであり、すべての解は定数関数である。この場合には平面上の各点が平衡点であり、中心型には分類しない。次の記事では、ω=0の場合を相平面の中心型として扱う。
行列指数関数は、定係数線形系の時間発展を一つの可逆行列として表す。次の記事では、二次元線形系の固有値とetAの形を用いて相平面を分類し、非線形系の平衡点を線形化によって判定する。
6 演習
問題 6.1 (非実固有値から実基本解系を作る).A∈R2×2が非実固有値λ=α+iβ(β=0)と固有ベクトルv=p+iq∈C2をもつとする。ただしp,q∈R2である。p,qが実数体上で一次独立であることを示し、x′=Axの実基本解系を一つ求めよ。
解答.
Av=λvの実部と虚部を比較すると
Ap=αp−βq,Aq=βp+αqを得る。p=0ならば第一式からβq=0となり、β=0であるためq=0となる。これはvが固有ベクトルであることに反する。したがってp=0である。
p,qが実数体上で一次従属であると仮定すると、あるc∈Rに対してq=cpと書くことができる。上の二式から
c(α−βc)p=Aq=(β+αc)pである。p=0とβ=0によりc2=−1となるが、これはc∈Rに反する。ゆえにp,qは実数体上で一次独立である。
y(t)=e(α+iβ)t(p+iq)と置くと、
y′(t)=(α+iβ)e(α+iβ)t(p+iq)=Ay(t)である。yの実部と虚部は、それぞれ
x1(t)=eαt(pcos(βt)−qsin(βt)),x2(t)=eαt(psin(βt)+qcos(βt))である。Aは実行列であるため、複素解の実部と虚部はいずれも実解である。また、x1(0)=pとx2(0)=qは一次独立である。したがってx1,x2は実基本解系である。▨
問題 6.2 (非同次 Jordan 系の計算と検算). 行列と非同次項を
A=(2012),b(t)=e2t(01)とする。初期値問題
x′=Ax+b(t),x(0)=0を、Jordan ブロックの指数関数と定数変化公式によって解け。得られた関数を微分方程式と初期条件へ代入して検算し、計算で用いた半群則の適用条件を述べよ。
解答.
A=2I+N、
N=(0010),N2=0であるから、
etA=e2t(10t1).初期値が零であるため、定数変化公式から
x(t)=∫0te(t−s)Ab(s)ds=e2t∫0t(10t−s1)(01)ds=e2t(t2/2t).したがって
x′(t)=e2t(t2+t2t+1).一方、
Ax(t)+b(t)=e2t(t2+t2t+1)であり、微分方程式を満たす。また、x(0)=0である。積e(t−s)A=etAe−sAには同じ行列Aの指数に対する半群則を用いた。異なる二行列が可換ならば、それらの指数の積を和の指数へまとめることができる。非可換な場合には同じ等式が一般には成り立たず、本計算では異なる二行列に対する指数法則を用いていない。▨