常微分方程式は、一つの独立変数に対する未知関数と導関数の関係を記述する。本単元は、微分積分・線形代数・測度と積分を学んだ読者を対象とする。一次元の Lebesgue 微分定理と絶対連続関数の積分表示を基礎として、具体的な求積法を扱い、初期値問題の解が存在して一意に定まる条件、解を延長することができる条件、初期値と方程式の摂動に対する解の変化を証明する。さらに、線形系の行列表示、平衡点の局所安定性、級数解、二点境界値問題、正則 Sturm–Liouville 問題を扱い、Legendre 多項式と Bessel 関数を微分方程式から構成する。
前提知識
-
測度と積分 — Lebesgue 測度と積分、可積分関数の近似、Radon–Nikodym の定理を用いる。微分方程式を積分方程式として扱うため、まず可積分関数の不定積分と絶対連続性の関係を証明する。Laplace 変換では、Tonelli の定理と Fubini の定理、優収束定理を用いる。
-
ε-論法と基礎解析 — 一変数関数の微分積分、関数列の一様収束、べき級数を用いる。解の構成と極限操作では、各定理の仮定を確認する。
-
線形代数 I — ベクトル空間、線形写像、行列、固有値、内積を用いる。線形方程式の解空間、連立系、相平面、固有値問題は、これらの概念を前提とする。
-
位相空間論 I — Picard–Lindelöf の定理の証明で、Banach の不動点定理を用いる。
-
線形代数 II — 行列指数関数の計算で、Jordan 標準形を用いる。
-
実解析 II — 完全微分形では連鎖律と陰関数定理を用い、相平面では平均値不等式からベクトル場の局所 Lipschitz 性を導く。Bessel 関数の級数係数で Gamma 関数を用いる。Laplace 変換の古典的な定義では広義積分を用い、絶対収束する場合に Lebesgue 積分との一致を確認する。
学習の方針
時間係数や外力が不連続でも可積分であれば、積分方程式によって解を構成することができる。このため、測度と積分を先に学び、絶対連続関数の積分表示を解法と存在定理に共通する基礎とする。絶対連続解は方程式をほとんど至る所で満たすが、初期値は連続な関数自身の値である。係数や右辺が連続な場合には古典解を回収する。
非線形の存在・一意性では、時間についての可測性に加え、状態変数についての連続性と Lipschitz 条件、および大きさと Lipschitz 係数を支配する局所可積分関数を仮定する。可積分性だけから任意の非線形方程式の一意解が得られるとは主張しない。線形理論では実数値・複素数値の局所可積分係数と外力を扱う。
解法の公式と、その公式が適用される条件を分離しない。計算によって得た関数は、元の微分方程式と初期条件または境界条件へ代入して検算する。途中で未知関数や係数を割る場合には、割る量が零になる解を別に確認する。各解について、微分方程式を満たす区間を明記する。
理論部分では、局所存在、最大延長、連続依存性を異なる主張として証明する。線形方程式については、初期値問題の存在と一意性から解空間の次元を導き、その後に定数係数方程式、非同次方程式、行列指数関数の計算法を位置づける。境界値問題については、正則 Sturm–Liouville 問題と、端点が特異になる Legendre 方程式および Bessel 方程式を区別する。
必修記事の学習順序
1. 積分表示と初期値問題
-
一次元の Lebesgue 微分定理区間の被覆から極大関数の評価を導き、連続関数による近似を用いて、不定積分の導関数がほとんど至る所でもとの局所可積分関数に一致することを証明する。有限次元ベクトル値と複素数値の場合も扱う。
-
絶対連続関数絶対連続性と可積分関数による積分表示の同値を証明する。局所絶対連続性、積、連続微分可能な写像との合成、部分積分を扱い、以後の積分方程式と解法に用いる。
-
一階微分方程式古典解と絶対連続解による初期値問題を定義する。時間について局所可積分な係数を扱い、連続係数の場合には古典解を得る。変数分離形、一次線形方程式、直接構成することができる完全微分形、Bernoulli 方程式を解き、解の定義区間と特異解を確認する。
-
局所解の存在と一意性ベクトル値の初期値問題を積分方程式へ変換する。時間について可測なベクトル場の大きさと状態変数の Lipschitz 係数に局所可積分な支配を仮定し、絶対連続な局所解の存在と一意性を Banach の不動点定理から証明する。連続なベクトル場に対する Picard–Lindelöf の定理を導く。局所 Lipschitz 条件が失われると一意性が失われる例も構成する。
-
最大解と延長局所可積分な支配条件の下で絶対連続な局所一意解を貼り合わせ、最大存在区間を定義する。解のグラフがベクトル場の定義域内のコンパクト集合に留まる場合の延長定理を証明し、全空間上の方程式における有限時間爆発を延長不能性から導く。
-
Grönwall の不等式と連続依存性 Grönwall の不等式を証明する。共通のコンパクトな時間区間と状態空間のノルムを明示し、可積分な Lipschitz 係数の下で初期値と右辺の摂動を積分量で評価する。共通存在区間と一様収束を導き、共通の Lipschitz 定数と一様誤差を用いる古典的な評価も得る。
2. 線形方程式
-
線形方程式の基本解系局所可積分係数をもつ線形系と、必要な導関数が絶対連続である高階方程式を扱う。高階方程式を一階連立系へ帰着する。線形成長評価によって解を係数の定義区間全体へ延長した後、初期値写像、解空間の次元、基本解系、Wronskian、Abel の公式、既知の解を用いる次数低下を扱う。
-
定数係数線形方程式二階方程式を特性根によって分類する。相異なる実根、重根、複素共役根に対応する実一般解を構成し、高階方程式では特性根の重複度に応じた基本解を導く。
-
非同次線形方程式解集合が一つの特解と同次解空間の和になることを証明する。局所可積分係数と外力に対して絶対連続な基本行列から定数変化法を導き、定数係数方程式では未定係数法と共鳴時の補正を正当化する。
-
行列指数関数行列指数関数を収束するべき級数として定義し、微分公式と半群則を証明する。定係数線形系の基本行列と局所可積分外力に対する定数変化公式を導き、対角化と Jordan 標準形によって行列指数関数を計算する。
3. 自律系、級数解、境界値問題
-
相平面と安定性一階自律方程式の相線、二次元自律系の相平面、平衡点、Lyapunov 安定性を定義する。定係数線形系の相図を固有値によって分類し、非線形系では Lyapunov の間接法による双曲型平衡点の局所安定性判定までを証明する。
-
級数解法解析的な係数をもつ二階線形方程式について、常点でのべき級数解を係数漸化式から構成し、係数の解析可能領域が保証する収束範囲を示す。確定特異点では Frobenius 法と決定方程式を導き、指数根の差が整数である場合に対数項が生じ得ることを説明する。
-
境界値問題初期値問題と二点境界値問題を区別する。同次境界条件の下で非自明解が存在する条件を固有値問題として定式化し、有限閉区間上の可積分な実係数と可積分な複素数値外力をもつ二階線形問題について、境界核が自明な場合の Green 関数を基本解系と定数変化法から構成する。解が連続微分可能で、その導関数が絶対連続であることを証明する。
-
Sturm–Liouville 問題有限閉区間上で最高階係数が正で連続微分可能、他の係数と正の重みが連続である正則問題を定義する。関数と流束が絶対連続である場合の積分 Lagrange 恒等式を証明し、実係数の斉次分離型境界条件から微分作用素の対称性、固有値の実性、異なる固有値に属する固有関数の重み付き直交性を証明する。固有値列の存在と固有関数系の完備性は仮定しない。
-
Legendre 多項式 Legendre 方程式の級数解が非負整数次数で多項式になることを示す。Rodrigues の公式、三項間漸化式、区間上の直交性と平方ノルムを証明する。最高階係数が端点で零になるため、正則 Sturm–Liouville 問題の定理を直接適用しない。
-
Bessel 関数 Bessel 方程式へ Frobenius 法を適用し、正の変数に対する実数次数の第一種 Bessel 関数を Gamma 関数を用いる級数として構成する。第二種 Bessel 関数は、非整数次数と整数次数で構成を分ける。第一種 Bessel 関数の正の零点に基づく重み付き直交性は、次数が -1 より大きい場合に証明する。
展望
- Laplace 変換による解法本記事は必修ではない。区分的に連続な関数の広義積分による定義に加え、指数重み付き可積分関数の Laplace 変換を定義し、指数型増大の場合を含めて収束半平面を示す。局所絶対連続関数の微分公式と二階公式は、重み付き可積分性による境界項の消失から証明する。畳み込み公式では Tonelli の定理で絶対可積分性を評価し、Fubini の定理で有限三角領域の積分順序を交換する。有界領域の増大列と優収束定理によって半直線上の公式を得る。既知の変換対を用いて、区分的な外力をもつ線形初期値問題を解く。一般の反転公式と超関数は扱わない。
修了時に行うことができる操作
必修記事を終えた読者は、次の操作を行うことができる。
-
Lebesgue 微分定理と絶対連続関数の積分表示を証明し、ほとんど至る所の方程式と全点での初期値を区別する。
-
一階方程式の型を判定し、解の定義区間と失われる可能性がある特異解を確認して解く。
-
可積分な支配条件の下で局所存在・一意性、最大延長、連続依存性を証明し、Picard–Lindelöf の定理などの古典的な結論を導く。
-
線形方程式の解空間と基本解系を用いて、定数係数方程式、非同次方程式、定係数線形系を解く。
-
二次元線形系の相図を分類し、双曲型平衡点について Lyapunov の間接法を適用する。
-
常点と確定特異点を区別し、べき級数法または Frobenius 法によって係数漸化式を導く。
-
二点境界値問題と正則 Sturm–Liouville 問題を定式化し、Lagrange の恒等式から固有値の実性と直交性を導く。
-
Legendre 多項式と Bessel 関数を微分方程式から構成し、各直交性の境界項と適用条件を確認する。
後続単元との関係
- 数値解析 I と 数値解析 II は、常微分方程式の離散化、誤差、安定性、刻み幅制御を扱う。本単元で証明する存在、一意性、延長、連続依存性は、厳密解と数値解を比較する前提になる。
- 力学系と制御 は、流れ、不変集合、Hartman–Grobman の定理、安定多様体、Lyapunov 関数、分岐、カオス、Hamilton 系、制御理論を扱う。本単元は、平衡点と局所線形化までを供給する。
- 偏微分方程式 は、特性曲線、変数分離、熱方程式、波動方程式、Laplace 方程式、弱解を扱う。本単元の境界値問題と固有値問題は、その学習に必要な一変数の基礎を供給する。非有界自己共役作用素のスペクトル表現および作用素半群は、同単元の今後の記事で扱う予定である。
- 関数解析入門 は、Hilbert 空間上のコンパクト自己共役作用素のスペクトル定理を扱う。本単元は、正則 Sturm–Liouville 問題の Green 表示、対称性と直交性までを供給する。同単元の応用:正則 Sturm–Liouville 問題は、Green 作用素の構成から、完全系と二乗平均収束による固有関数展開、および境界値問題の可解条件を導く。本単元の Green 表示と直交性の証明は、これらの展開定理を前提としない。
- 作用素環論 I は、Hilbert 空間上の有界正規作用素に対する射影値測度によるスペクトル表現と、有界 Borel 汎関数計算を今後の記事で扱う予定である。関数解析入門 が扱うコンパクト自己共役作用素のスペクトル定理から、より一般の有界正規作用素へ進む。