有理数を分数で表す方法は一つではありません。たとえばであり、の有理数乗を分数表示から定めるときには、どちらの表示からも同じ値が得られる必要があります。このように、定義に含まれる選択を変えても結果が変わらない性質を well-defined 性といいます。代表元や近似列を用いる定義でも、同じ確認が必要です。本記事では、有理数乗の値が分数表示に依存しないことを証明し、実数乗を有理数の近似列から定めるときの選択非依存性へ接続します。
1 いつ確認が必要か
定義に代表元や表示の選択が入るとき、well-defined 性を確認する必要があります。商群の演算、有理数の分数表示を用いる操作、商空間・商環・誘導写像は、いずれも選んだ代表や表示を変えても結果が変わらないことを必要とします。
2 確認の型
定義 2.1 (well-defined).を集合上の同値関係、を商集合とする。写像を用いてと定める。この対応が well-defined (well-defined) であるとは、代表の取り方によらないこと、すなわち
がすべてのについて成り立つことをいう。
定理 2.2 (商の普遍性).が、すべてのについてを満たすとする。このとき、を満たす写像がただ一つ存在する。
証明. 類の代表を一つ取り、と定める。別の代表を取るとであるから、仮定によりである。したがって、は代表によらず定まり、は写像になる。
もを満たすとする。任意の類はあるによってと表されるので、である。したがってである。▨
well-defined 性の確認では、同じ対象を表す二つの代表を取り、二つの代表から得られる値が一致することを示します。この確認は、§D1.2 定義 1.1 (一意存在)の一意性の証明と同じ形の含意を扱います。
例 2.3 (合同類の加法).上の加法をで定める。およびならば、あるによっておよびと表される。したがって
であり、、すなわちである。このため、加法の値は二つの代表の選び方によらない。
例 2.4 (well-defined にならない“定義”).からへの対応をと定めようとしても、対応は well-defined ではない。実際、である一方、であるから、同じ元の二つの代表が異なる行き先を与える。
一般に、対応が well-defined であるための必要十分条件はである。実際、がの倍数であるときにの倍数でもあるという条件は、と同値である。
3 有理数乗の分数表示
有理数乗を分数表示から定める場合には、同じ有理数を表す二つの分数から同じ値が得られることを確認する必要があります。
命題 3.1.とする。整数と正の整数が
を満たすならば、
である。
証明.およびと置く。であるからおよびである。§B3.1 定理 1.2により
である。仮定の両辺に正の整数を掛けるとであるから、である。は正の整数であり、正の実数上の乗は§B3.1 定理 2.1により単射である。したがってである。▨
4 実数乗を定めるときの選択
実数乗を有理数の近似列から定める場合には、近似列に沿う極限の存在に加えて、その極限が近似列の選び方によらないことが必要です。この選択非依存性は、指数関数を構成する既存の結果へ委ねます。
注意 4.1.、とし、とをに収束する有理数の列とする。の場合、§B3.3 定理 3.1はとが収束すること、および二つの極限が等しいことを述べる。したがって、極限の存在と近似列の選択非依存性が同時に得られる。
の場合、§B3.3 定理 4.2は、に収束する任意の有理数列についてがに収束することを述べる。これをとに適用すると、二つの極限はいずれもに等しい。したがって、この場合にも極限は近似列の選び方によらない。