1 点における導分
定義 1.1.MをC∞多様体、p∈Mとする。写像v:C∞(M)→Rが pにおける導分 (derivation atp) であるとは、次の二つが成り立つことをいう。
- vはR線形である。すなわち、すべてのf,g∈C∞(M)とa,b∈Rに対してv(af+bg)=av(f)+bv(g)である。
- すべてのf,g∈C∞(M)に対して Leibniz 則
v(fg)=v(f)g(p)+f(p)v(g)
が成り立つ。
pにおける導分をpにおける接ベクトル (tangent vector) という。pにおける導分の全体は、点ごとの和とスカラー倍によってR上の線形空間になる。この線形空間をMのpにおける接空間 (tangent space) といい、TpMと書く。
補題 1.2.v∈TpMとし、c∈Rに対してc∈C∞(M)を値が定数cの関数とする。このときv(c)=0である。
証明.1を値が1の定数関数とすると1=1⋅1であるから、Leibniz 則により
v(1)=v(1)⋅1+1⋅v(1)=2v(1)でありv(1)=0である。c=c1であるから線形性によりv(c)=cv(1)=0である。▨
定義 1.1はM全体で定義された関数への作用として接ベクトルを定めている。一方、座標関数xiはチャートの定義域の上でしか定義されていないので、そのままではv(xi)を書くことができない。この隔たりを埋めるのが次の局所性である。
補題 1.3.MをC∞多様体、p∈M、v∈TpMとする。
- f∈C∞(M)がpを含むある開集合の上で恒等的に0であるならばv(f)=0である。
- f,g∈C∞(M)がpを含むある開集合の上で一致するならばv(f)=v(g)である。
証明.(1)を示す。fが恒等的に0になるpの開近傍をW0とする。§E17.2 命題 1.5をV=W0として適用し、C∞関数χ:M→[0,1]で、pを含むある開集合の上でχ≡1であり、suppχ⊆W0を満たすものを取る。
積χfはM上で恒等的に0である。実際、q∈W0ならばf(q)=0であり、q∈/W0ならばq∈/suppχであるからχ(q)=0である。したがってv(χf)=v(0)=0である(補題 1.2)。一方、Leibniz 則により
v(χf)=v(χ)f(p)+χ(p)v(f)=v(χ)⋅0+1⋅v(f)=v(f)である。ここでp∈W0よりf(p)=0であり、χ(p)=1である。よってv(f)=0である。
(2)は、f−gがpの近傍で恒等的に0であることに(1)を適用し、線形性を用いれば従う。▨
命題 1.4.MをC∞多様体、U⊆Mを開集合、p∈Uとし、Uを開部分多様体と見る(§E17.1 命題 7.1)。v∈TpMとf∈C∞(U)に対し、pを含むある開集合の上で1に等しくsuppχ⊆UがコンパクトであるC∞関数χ:M→[0,1]を取り、χfをM∖suppχの上で0として延長した関数をEχ(f)∈C∞(M)と書く。
(ΛU(v))(f)=v(Eχ(f))と定めると、右辺はχのとり方に依らず、ΛU:TpM→TpUは線形同型である。その逆写像はw↦(g↦w(g∣U))で与えられる。
証明. 最初にEχ(f)がM上のC∞関数であることを確かめる。suppχはコンパクトでありMは Hausdorff であるから閉集合であり、suppχ⊆UであるからU∪(M∖suppχ)=Mである。Uの上ではχ∣UfがC∞、M∖suppχの上では0がC∞であり、重なりの上ではどちらも0に等しい。よって§E17.1 命題 4.2によりEχ(f)∈C∞(M)である。
χのとり方に依らないことを示す。χ、χ′を条件を満たす二つの関数とし、χ≡1となる開集合とχ′≡1となる開集合の交わりをWとすると、Wはpを含む開集合であり、Wの上でEχ(f)=f=Eχ′(f)である。補題 1.3 (2)によりv(Eχ(f))=v(Eχ′(f))である。
ΛU(v)がTpUの元であることを示す。線形性はEχが線形であることから従う。Leibniz 則については、f,g∈C∞(U)に対して一つのχを固定すると、Eχ(fg)とEχ(f)Eχ(g)はともにχ≡1となる開集合の上でfgに等しい。補題 1.3により
ΛU(v)(fg)=v(Eχ(f)Eχ(g))=v(Eχ(f))Eχ(g)(p)+Eχ(f)(p)v(Eχ(g))であり、Eχ(f)(p)=f(p)、Eχ(g)(p)=g(p)であるから右辺はΛU(v)(f)g(p)+f(p)ΛU(v)(g)に等しい。ΛUが線形であることは定義から明らかである。
P:TpU→TpMをP(w)(g)=w(g∣U)で定める。g↦g∣Uは環の準同型であるからP(w)はTpMの元であり、Pは線形である。
P∘ΛU=idを示す。v∈TpM、g∈C∞(M)とすると
P(ΛU(v))(g)=ΛU(v)(g∣U)=v(Eχ(g∣U))である。Eχ(g∣U)はM上の関数χgに等しく、χ≡1となる開集合の上でgと一致する。補題 1.3によりv(χg)=v(g)である。
ΛU∘P=idを示す。w∈TpU、f∈C∞(U)とすると
ΛU(P(w))(f)=P(w)(Eχ(f))=w(Eχ(f)∣U)=w(χ∣Uf)である。χ∣Ufはχ≡1となる開集合の上でfと一致する。UもまたC∞多様体であるから補題 1.3をUに適用してw(χ∣Uf)=w(f)を得る。▨
2 Hadamard の補題
座標基底が接空間を張ることを示すために、C∞関数を一次の項と残りに分解する補題を用意する。分解に現れる係数関数がC∞であることが要点であり、そのためにパラメータを含む積分の滑らかさを先に示す。
補題 2.1.Ω⊆Rnを開集合、Φ:Ω×[0,1]→Rとする。すべての多重指数γに対して、第一変数に関する反復偏導関数∂xγΦがΩ×[0,1]上で存在して連続であるとする。このとき
G(x)=∫01Φ(x,t)dtはΩ上のC∞関数であり、すべてのγに対して∂γG(x)=∫01∂xγΦ(x,t)dtが成り立つ。
証明. 最初に次の主張を示す。Ψ:Ω×[0,1]→Rを連続関数、x0∈Ω、ε>0とすると、δ>0が存在して、∥x−x0∥<δかつx∈Ωを満たすすべてのxとすべてのt∈[0,1]に対して∣Ψ(x,t)−Ψ(x0,t)∣<εが成り立つ。実際、各t∈[0,1]に対してΨの(x0,t)における連続性により、δt>0とηt>0が存在して、∥y−x0∥<δtかつ∣s−t∣<ηtならば∣Ψ(y,s)−Ψ(x0,t)∣<ε/2となる。区間{(t−ηt,t+ηt)}t∈[0,1]は[0,1]の開被覆であるから、§E2.19 定義 2.1により有限個のt1,…,tqで覆うことができる。δ=min(δt1,…,δtq)と置く。∥x−x0∥<δとt∈[0,1]を取り、t∈(tl−ηtl,tl+ηtl)を満たすlを選ぶと
∣Ψ(x,t)−Ψ(x0,t)∣≤∣Ψ(x,t)−Ψ(x0,tl)∣+∣Ψ(x0,tl)−Ψ(x0,t)∣<2ε+2ε=εである。
この主張から、連続関数Ψに対してx↦∫01Ψ(x,t)dtは連続である。差の絶対値がε以下になるからである。
次に、1≤i≤nに対して∂iG(x)=∫01∂xiΦ(x,t)dtを示す。x∈Ωを取り、Br(x)⊆Ωを満たすr>0を取る。0<∣s∣<rに対して
sG(x+sei)−G(x)−∫01∂xiΦ(x,t)dt=∫01[sΦ(x+sei,t)−Φ(x,t)−∂xiΦ(x,t)]dtである。tを固定し、一変数関数τ↦Φ(x+τei,t)に平均値の定理を適用すると、0とsの間のτs,tが存在して
sΦ(x+sei,t)−Φ(x,t)=∂xiΦ(x+τs,tei,t)が成り立つ。∂xiΦは連続であるから、上の主張をΨ=∂xiΦに適用すると、ε>0に対してδ∈(0,r)が存在して、∥y−x∥<δとすべてのtに対して∣∂xiΦ(y,t)−∂xiΦ(x,t)∣<εとなる。0<∣s∣<δならば∣τs,t∣<δであるから、被積分関数の絶対値はεより小さい。したがって差の絶対値はε以下であり、s→0の極限が存在して主張の等式が成り立つ。
∂xγΦもまた仮定を満たすので、この操作を繰り返すことができ、すべての多重指数γに対して∂γG(x)=∫01∂xγΦ(x,t)dtが成り立ち、右辺は最初の主張により連続である。§E17.2 補題 6.1によりGはC∞級である。▨
補題 2.2 (Hadamard の補題).Ω⊆Rnを、原点について星型な開集合とする。すなわち0∈Ωであり、x∈Ωとt∈[0,1]に対してtx∈Ωが成り立つとする。F∈C∞(Ω)とすると、G1,…,Gn∈C∞(Ω)が存在して
F(x)=F(0)+i=1∑nxiGi(x)(x∈Ω),Gi(0)=∂iF(0)が成り立つ。
証明.Gi(x)=∫01∂iF(tx)dtと定める。星型性によりtx∈Ωであるから右辺は定まる。
Giの滑らかさを示す。Φi(x,t)=∂iF(tx)と置くと、ΦiはΩ×[0,1]上で定まり、連鎖律により多重指数γに対して∂xγΦi(x,t)=t∣γ∣(∂γ∂iF)(tx)である。∂γ∂iFは連続であり(x,t)↦txも連続であるから、∂xγΦiは連続である。補題 2.1によりGi∈C∞(Ω)である。
分解の等式を示す。x∈Ωを固定する。線分{tx∣0≤t≤1}はコンパクトでありΩに含まれるから、その各点を中心とするΩに含まれる開球を取り、コンパクト性により有限個を選んでその合併を取れば、線分の近傍がΩに含まれる。したがって§E4.5 定理 1.1をr=0、a=0、h=xとして適用することができ、
F(x)=F(0)+∫01DF(tx)[x]dt=F(0)+i=1∑nxi∫01∂iF(tx)dtを得る。ここで二番目の等号はDF(y)[x]=∑i=1nxi∂iF(y)と、有限和と積分の交換による。よって求める等式が成り立つ。
最後にGi(0)=∫01∂iF(0)dt=∂iF(0)である。▨
3 座標基底と接空間の次元
定義 3.1.Mをn次元C∞多様体、(U,φ)をMの可微分構造に属するチャート、p∈Uとする。φの成分をx1,…,xnと書く。すなわちxi=pri∘φ∈C∞(U)である。1≤i≤nに対して
∂xi∂p(f)=∂i(f∘φ−1)(φ(p))(f∈C∞(U))と定める。この対応を、チャート(U,φ)がpにおいて定める座標ベクトル (coordinate vector) という。
補題 3.2.Mをn次元C∞多様体、(U,φ)をチャート、p∈Uとする。定義 3.1の∂/∂xi∣pはTpUの元である。
証明.R線形性は、f↦f∘φ−1がR線形であることと、偏微分がR線形であることから従う。Leibniz 則を示す。f,g∈C∞(U)に対して(fg)∘φ−1=(f∘φ−1)(g∘φ−1)であるから、積の偏微分法により
∂i((fg)∘φ−1)=∂i(f∘φ−1)(g∘φ−1)+(f∘φ−1)∂i(g∘φ−1)が成り立つ。両辺をφ(p)で評価し、(g∘φ−1)(φ(p))=g(p)と(f∘φ−1)(φ(p))=f(p)を用いると
∂xi∂p(fg)=∂xi∂p(f)g(p)+f(p)∂xi∂p(g)を得る。よって∂/∂xi∣pはpにおける導分である。▨
注意 1.5により、以後は座標ベクトルをTpMの元と見る。
定理 3.3.Mをn次元C∞多様体、(U,φ)をMの可微分構造に属するチャート、p∈Uとし、φの成分をx1,…,xnと書く。このとき
{∂x1∂p,…,∂xn∂p}はTpMの基底であり、dimTpM=nである。さらに、すべてのv∈TpMに対して
v=i=1∑nv(xi)∂xi∂pが成り立つ。
証明の要は生成性である。導分はC∞(M)の上で定義されているので、そのままでは座標関数xiへ適用することができない。補題 1.3と命題 1.4によってチャートの定義域へ落とし、さらに Hadamard の補題を適用するために、チャートの像が原点について星型になるように座標球へ取り直す。
証明. 一次独立性を示す。a1,…,an∈Rが∑i=1nai∂/∂xi∣p=0を満たすとする。xj∈C∞(U)に対して
∂xi∂p(xj)=∂i(prj)(φ(p))=δijであるから、両辺をxjに適用するとaj=0を得る。したがって座標ベクトルは一次独立である。
生成性を示す。φ(U)はφ(p)を含む開集合であるから、Br(φ(p))⊆φ(U)を満たすr>0が存在する。
U0=φ−1(Br(φ(p))),φ0=φ∣U0−φ(p)と置く。U0はpを含む開集合であり、平行移動はRnのC∞微分同相であるから(U0,φ0)はMの可微分構造に属するチャートであり、φ0(U0)=Br(0)である。Br(0)は原点について星型である。
φ0−1(u)=φ−1(u+φ(p))であるから、f∈C∞(U)に対して
∂i(f∣U0∘φ0−1)(0)=∂i(f∘φ−1)(φ(p))が成り立つ。すなわち、(U0,φ0)が定める座標ベクトルは、注意 1.5の同一視のもとで(U,φ)が定める座標ベクトルに一致する。φ0の成分をx01,…,x0nと書くとx0i=xi−xi(p)であり、補題 1.2によりv(x0i)=v(xi)である。
v∈TpMを取り、同一視によってv∈TpU0と見る。f∈C∞(U0)に対してF=f∘φ0−1∈C∞(Br(0))と置く。補題 2.2によりG1,…,Gn∈C∞(Br(0))が存在して
F(u)=F(0)+i=1∑nuiGi(u),Gi(0)=∂iF(0)が成り立つ。gi=Gi∘φ0∈C∞(U0)と置き、両辺をφ0で引き戻すと、U0の上で
f=f(p)+i=1∑nx0igiが成り立つ。ここでgi(p)=Gi(0)=∂iF(0)=∂xi∂p(f)である。
この等式にvを適用する。定数関数への作用は0であり(補題 1.2)、Leibniz 則とx0i(p)=0により
v(f)=i=1∑n(v(x0i)gi(p)+x0i(p)v(gi))=i=1∑nv(xi)∂xi∂p(f)を得る。f∈C∞(U0)は任意であり、同一視によってTpMの元はC∞(U0)上の作用で決まるから、v=∑i=1nv(xi)∂/∂xi∣pである。
以上より座標ベクトルはTpMの基底であり、dimTpM=nである。▨
例 3.4 (ユークリッド空間の接空間).Rnに§E17.1 例 2.4の可微分構造を与え、恒等写像をチャートとする。その成分をz1,…,znと書くと、定理 3.3により{∂/∂zi∣q}i=1nはTqRnの基底である。線形同型
Rn⟶TqRn,a=(a1,…,an)⟼i=1∑nai∂zi∂qによってTqRnをRnと同一視する。この同一視のもとで、aに対応する導分のfにおける値は方向微分∑i=1nai∂if(q)である。
4 曲線の同値類による定義
定義 4.1.MをC∞多様体、p∈Mとする。pを通る滑らかな曲線 (smooth curve throughp) とは、あるε>0に対する滑らかな写像γ:(−ε,ε)→Mであってγ(0)=pを満たすものをいう。ここで(−ε,ε)にはRの開部分多様体としての可微分構造を与える。
pを通る二つの滑らかな曲線γ1、γ2が、pを含むチャート(U,φ)に関して 同値 (equivalent curves at a point) であるとは
(φ∘γ1)′(0)=(φ∘γ2)′(0)が成り立つことをいう。補題 4.2により、この関係は同値関係であり、しかもチャートのとり方に依らない。そこで単に同値といい、同値類の全体をCpMと書く。
補題 4.2.Mをn次元C∞多様体、p∈Mとし、(U,φ)をpを含むチャートとする。
- 定義 4.1の関係は、pを通る滑らかな曲線の全体の上の同値関係である。
- pを含む別のチャート(V,ψ)を取ると、(U,φ)に関して同値であることと(V,ψ)に関して同値であることは一致する。
証明.(1)を示す。γがpを通る滑らかな曲線であるとき、γは連続であるから∣t∣が十分小さければγ(t)∈Uであり、φ∘γは0の近傍で定義されたRn値の滑らかな写像である。したがって(φ∘γ)′(0)∈Rnが定まる。関係はRnにおける等号の引き戻しであるから、反射律、対称律、推移律をいずれも満たす。
(2)を示す。∣t∣が十分小さければγk(t)∈U∩Vであり、その範囲でψ∘γk=(ψ∘φ−1)∘(φ∘γk)が成り立つ。§E4.3 定理 1.1により
(ψ∘γk)′(0)=D(ψ∘φ−1)(φ(p))(φ∘γk)′(0)である。A=D(ψ∘φ−1)(φ(p))と置くと、§E4.3 定理 1.1を(φ∘ψ−1)∘(ψ∘φ−1)=idへ適用することによりAは可逆である。したがって
(φ∘γ1)′(0)=(φ∘γ2)′(0)⟺A(φ∘γ1)′(0)=A(φ∘γ2)′(0)⟺(ψ∘γ1)′(0)=(ψ∘γ2)′(0)が成り立つ。▨
命題 4.3.Mをn次元C∞多様体、p∈Mとする。pを通る滑らかな曲線γに対して
vγ(f)=(f∘γ)′(0)(f∈C∞(M))と定めると、vγ∈TpMであり、対応[γ]↦vγはCpMからTpMへの全単射を与える。
証明.f∈C∞(M)に対してf∘γは滑らかな写像の合成であるからC∞である(§E17.1 系 4.3)。線形性は明らかであり、(fg)∘γ=(f∘γ)(g∘γ)に一変数の積の微分法を適用すると
vγ(fg)=(f∘γ)′(0)g(γ(0))+f(γ(0))(g∘γ)′(0)=vγ(f)g(p)+f(p)vγ(g)であるからvγ∈TpMである。
pを含むチャート(U,φ)を取り、a=(φ∘γ)′(0)∈Rnと置く。γは連続であるから、∣t∣が十分小さければγ(t)∈Uである。その範囲でf∘γ=(f∘φ−1)∘(φ∘γ)であり、§E4.3 定理 1.1により
vγ(f)=i=1∑nai∂i(f∘φ−1)(φ(p))=i=1∑nai∂xi∂p(f)である。すなわちvγ=∑i=1nai∂/∂xi∣pであり、vγはaだけで決まる。したがって同値な曲線は同じ導分を与え、対応[γ]↦vγは定まる。
単射性を示す。vγ1=vγ2とすると、定理 3.3の一次独立性により、対応するaが一致する。すなわち(φ∘γ1)′(0)=(φ∘γ2)′(0)であり[γ1]=[γ2]である。
全射性を示す。v∈TpMを取り、定理 3.3によりv=∑i=1nai∂/∂xi∣pと書く。φ(U)は開集合であるから、ε>0を十分小さく取ると∣t∣<εに対してφ(p)+ta∈φ(U)となる。
γ(t)=φ−1(φ(p)+ta)と定める。§E17.1 系 7.2によりφ−1:φ(U)→Uは滑らかであり、包含写像U→Mも滑らかであるから(§E17.1 命題 7.1)、γは滑らかである。γ(0)=pであり(φ∘γ)(t)=φ(p)+taであるから(φ∘γ)′(0)=aであり、vγ=vである。▨
5 微分写像と連鎖律
定義 5.1.M、NをC∞多様体、F:M→Nを滑らかな写像、p∈Mとする。v∈TpMに対して
(dFp(v))(g)=v(g∘F)(g∈C∞(N))と定める。補題 5.2によりdFp(v)∈TF(p)Nであり、dFp:TpM→TF(p)Nは線形写像である。これをFのpにおける微分 (differential) または押し出し (pushforward) という。
補題 5.2.M、NをC∞多様体、F:M→Nを滑らかな写像、p∈Mとする。定義 5.1の対応について、すべてのv∈TpMに対してdFp(v)∈TF(p)Nであり、dFp:TpM→TF(p)NはR線形である。
証明.g∈C∞(N)に対してg∘F∈C∞(M)である(§E17.1 系 4.3)から、dFp(v)(g)=v(g∘F)は定まる。g↦g∘FはR線形であり、vもR線形であるから、dFp(v)はR線形である。(gh)∘F=(g∘F)(h∘F)であるから、vの Leibniz 則により
dFp(v)(gh)=v((g∘F)(h∘F))=v(g∘F)h(F(p))+g(F(p))v(h∘F)=dFp(v)(g)h(F(p))+g(F(p))dFp(v)(h)である。ここで(g∘F)(p)=g(F(p))と(h∘F)(p)=h(F(p))を用いた。よってdFp(v)はF(p)における導分であり、dFp(v)∈TF(p)Nである。
vについての線形性は、a,b∈Rとv,w∈TpMに対して
dFp(av+bw)(g)=(av+bw)(g∘F)=av(g∘F)+bw(g∘F)=(adFp(v)+bdFp(w))(g)が成り立つことから従う。▨
定理 5.3 (連鎖律).M、N、PをC∞多様体、F:M→N、G:N→Pを滑らかな写像、p∈Mとする。このとき
d(G∘F)p=dGF(p)∘dFp,d(idM)p=idTpMが成り立つ。
証明.v∈TpMとk∈C∞(P)を取る。定義により
d(G∘F)p(v)(k)=v(k∘(G∘F))=v((k∘G)∘F)である。一方
(dGF(p)(dFp(v)))(k)=dFp(v)(k∘G)=v((k∘G)∘F)である。二つは等しく、kは任意であるからd(G∘F)p(v)=dGF(p)(dFp(v))である。
恒等写像についてはd(idM)p(v)(f)=v(f∘idM)=v(f)である。▨
系 5.4.F:M→Nを微分同相とすると、各p∈MでdFp:TpM→TF(p)Nは線形同型であり、その逆写像はd(F−1)F(p)である。とくにdimM=dimNである。
証明.F−1∘F=idMとF∘F−1=idNに定理 5.3を適用すると
d(F−1)F(p)∘dFp=idTpM,dFp∘d(F−1)F(p)=idTF(p)Nを得る。よってdFpは同型である。定理 3.3によりdimTpM=dimM、dimTF(p)N=dimNであるからdimM=dimNである。▨
この系が与えるのは、微分同相な二つの多様体の次元が一致することである。同じ位相空間の上に次元の異なる二つの可微分構造が入らないことは、この系からは従わない。その主張は、局所的にRmとRnの開集合が同相ならばm=nであるという領域不変性を要し、本単元では扱わない。
命題 5.5.Mをm次元、Nをn次元C∞多様体、F:M→Nを滑らかな写像、p∈Mとする。pを含むチャート(U,φ)、F(p)を含むチャート(V,ψ)でF(U)⊆Vを満たすものを取り、φの成分をx1,…,xm、ψの成分をy1,…,ynと書く。F^=ψ∘F∘φ−1と置くと
dFp(∂xi∂p)=j=1∑n∂ui∂F^j(φ(p))∂yj∂F(p)が成り立つ。すなわち、座標基底に関するdFpの行列はF^のφ(p)における Jacobi 行列である。
証明.定理 3.3により、w∈TF(p)Nの座標基底に関する第j成分はw(yj)である。左辺をyjに適用すると
dFp(∂xi∂p)(yj)=∂xi∂p(yj∘F)=∂i(yj∘F∘φ−1)(φ(p))=∂ui∂F^j(φ(p))である。ここでyj∘F∘φ−1=F^jを用いた。右辺をyjに適用すると、∂/∂yk∣F(p)(yj)=δkjにより同じ値になる。よって両辺は一致する。▨
例 5.6 (球面の接空間).S2⊆R3を§E17.1 命題 5.1の可微分構造を与えた2次元多様体とし、ι:S2→R3を包含写像とする。TqR3は例 3.4によってR3と同一視する。p∈S2に対して
dιp(TpS2)={w∈R3∣w⋅p=0}が成り立つ。ここでw⋅p=∑i=13wipiである。
これを確かめる。p=N=(0,0,1)とし、§E17.1 命題 5.1のチャート(UN,φN)を取る。u=(u1,u2)=φN(p)、D=(u1)2+(u2)2+1と置くと、§E17.1 命題 5.1の証明により
Φ(u)=ι∘φN−1(u)=(D2u1, D2u2, 1−D2)である。各成分は分母D≥1が消えない有理式であるからΦはC∞であり、§E17.1 命題 4.2によりιは滑らかである。偏導関数を計算すると
∂1Φ=D21(2D−4(u1)2, −4u1u2, 4u1),∂2Φ=D21(−4u1u2, 2D−4(u2)2, 4u2)である。命題 5.5によりdιp(TpS2)はこの二つのベクトルが張る部分空間である。
一次独立性を確かめる。a∂1Φ+b∂2Φ=0とすると、第三成分から4(au1+bu2)=0、すなわちau1+bu2=0を得る。第一成分は
a(2D−4(u1)2)+b(−4u1u2)=2aD−4u1(au1+bu2)=2aDであるから2aD=0であり、D≥1>0よりa=0である。第二成分から同様にb=0である。よって二つのベクトルは一次独立であり、張る部分空間の次元は2である。
包含関係を確かめる。Φ(u)∈S2であるから∑i=13Φi(u)2=1がuについて恒等的に成り立つ。両辺をu1とu2で偏微分すると
2Φ(u)⋅∂1Φ(u)=0,2Φ(u)⋅∂2Φ(u)=0を得る。Φ(u)=pであるから、dιp(TpS2)⊆{w∣w⋅p=0}である。p=0であるから右辺は2次元の部分空間であり、次元が一致するので両者は等しい。
p=Nの場合は、チャート(US,φS)に対して同じ計算を行えばよい。第三座標の符号を反転するR3の線形同型はS2の微分同相を誘導し、NをS=(0,0,−1)へ写すので、S=Nの場合の結論がNでも成り立つ。
6 演習
問題 6.1 (接空間と微分写像の確認). 次の各問に答えよ。
- 補題 1.3の証明を再現せよ。とくに、χfがM上で恒等的に0であることを、W0の内側と外側に分けて示し、Leibniz 則を適用したあとにf(p)=0とχ(p)=1をどこで用いたかを明示せよ。
- 定理 3.3の証明で、チャート(U,φ)をそのまま用いずに座標球(U0,φ0)へ取り直した理由を述べよ。補題 2.2の仮定のどれがφ(U)については保証されないかを指摘せよ。
- 定理 3.3の証明でv(xi)と書くことができる根拠を述べよ。xiがC∞(M)の元でないにもかかわらずこの記号が意味を持つのはなぜかを、命題 1.4を用いて説明せよ。
- 命題 1.4のΛUがχのとり方に依らないことの証明を再現せよ。さらに、局所性を用いずにこの主張を示すことができない理由を述べよ。
- 補題 2.2をn=1、Ω=R、F(x)=exの場合に具体的に書き下し、G1を初等関数で表せ。G1(0)=1を確かめよ。
- 命題 4.3の全射性の証明で構成した曲線γ(t)=φ−1(φ(p)+ta)が滑らかであることを、§E17.1 系 7.2を用いて示せ。εをどのように選ぶかも述べよ。
- 命題 5.5を用いて、F:R2→R2、F(x,y)=(x2−y2, 2xy)のp=(1,1)における微分の行列を求めよ。さらにdFpが同型であるかどうかを判定せよ。
- 例 5.6の計算を、南極からのチャート(US,φS)について実行せよ。ι∘φS−1の式を書き下し、偏導関数の一次独立性を確かめよ。
解答 (演習の解答).
(1)q∈W0ならばf(q)=0であるから(χf)(q)=0であり、q∈/W0ならばsuppχ⊆W0よりq∈/suppχであるからχ(q)=0で(χf)(q)=0である。よってχfは恒等的に0でありv(χf)=0である。Leibniz 則によりv(χf)=v(χ)f(p)+χ(p)v(f)であり、p∈W0よりf(p)=0であるから第一項が消え、χ(p)=1であるから第二項がv(f)になる。(2)補題 2.2はΩが原点について星型であることを仮定する。一般のチャートの像φ(U)は連結であるとも星型であるとも限らないので、この仮定が保証されない。φ(p)を中心とする開球へ制限し、平行移動して中心を原点へ移すと、像がBr(0)になり星型性が成り立つ。(3)命題 1.4によりTpMとTpUは標準的に同型であり、注意 1.5でこの同型による同一視を約束した。この同一視のもとでvはC∞(U)の上の導分として作用し、xi∈C∞(U)に対する値v(xi)が定まる。具体的にはv(xi)=v(Eχ(xi))であり、山型関数を掛けてM全体の関数へ延長した値である。補題 1.3により、この値は延長のしかたに依らない。(4)二つの山型関数χ、χ′に対し、χ≡1となる開集合とχ′≡1となる開集合の交わりWはpを含む開集合であり、Wの上でEχ(f)=f=Eχ′(f)である。補題 1.3 (2)によりv(Eχ(f))=v(Eχ′(f))である。局所性が無ければ、M上で異なる二つの関数に対するvの値が等しいと結論する根拠が無い。Eχ(f)とEχ′(f)はpの近傍でのみ一致し、M全体では一致しないからである。(5)F(x)=exに対して∂1F(tx)=etxであるから
G1(x)=∫01etxdt=⎩⎨⎧xex−11(x=0)(x=0)である。実際F(x)=1+xG1(x)=1+(ex−1)=exが成り立つ。G1(0)=∫011dt=1=∂1F(0)である。(6)φ(U)はRnの開集合であるから、Bρ(φ(p))⊆φ(U)を満たすρ>0が存在する。a=0ならばεは任意でよく、a=0ならばε=ρ/∥a∥と取れば∣t∣<εに対してφ(p)+ta∈Bρ(φ(p))⊆φ(U)である。t↦φ(p)+taはRの開区間からφ(U)への滑らかな写像であり、§E17.1 系 7.2によりφ−1:φ(U)→Uは滑らかである。さらに包含写像U→Mは滑らかであるから、§E17.1 系 4.3によりγは滑らかである。(7)F^=Fであり Jacobi 行列は
(2x2y−2y2x)である。p=(1,1)では(22−22)であり、行列式は4+4=8=0である。よってdFpは同型である。(8)φS(x,y,z)=(x/(1+z), y/(1+z))であり、§E17.1 命題 5.1の証明の記号でr=∥u∥2、D=r+1と置くと
ι∘φS−1(u)=(D2u1, D2u2, −1+D2)である。これはι∘φN−1の第三成分の符号を反転したものであるから、偏導関数は
D21(2D−4(u1)2, −4u1u2, −4u1),D21(−4u1u2, 2D−4(u2)2, −4u2)である。一次独立性の議論は本文と同じであり、第三成分からau1+bu2=0、第一成分から2aD=0すなわちa=0、第二成分からb=0を得る。▨
7 仮定と後続記事の境界
補題 1.3は§E17.2 命題 1.5に依存し、§E17.2 命題 1.5は多様体が Hausdorff であることに依存する。局所性が無ければ、導分をチャートの定義域の上の関数へ制限することができず、定理 3.3の生成性の議論は成り立たない。座標関数xiはC∞(M)の元ではないので、局所性を経ずにv(xi)と書くことはできない。
補題 2.2は定義域が原点について星型であることを仮定する。この仮定は、線分に沿った積分表示を用いるために必要である。定理 3.3の証明では座標球へ取り直すことでこの仮定を満たしている。
本記事は接空間を各点ごとに構成した。それらを束ねて一つの多様体にすること、およびベクトル場を切断として定義することは「接束・余接束とテンソル場」が扱う。座標成分の変換則によって接ベクトルを記述する流儀も、貼り合わせの準備として同じ記事で扱う。
微分の階数によってはめ込みと沈め込みを定義し、定数階数定理と正則値の逆像に関する定理を証明することは「部分多様体・はめ込み・埋め込み」が扱う。本記事はdFpの定義と連鎖律、および座標表示が Jacobi 行列であることまでを扱う。