§E5.2Cauchy–Riemann 方程式

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複素平面上の関数を実二変数写像として微分すると、Jacobi 行列は二つの実変数に対する局所的な変化を記録する。しかし、複素微分係数はすべての複素方向から近づく差商が同じ複素数へ収束することを要求するため、実全微分の存在だけでは複素微分可能性を決定することができない。この差を記述する Cauchy–Riemann 方程式が重要なのは、実二変数写像としての微分を複素微分可能性へ接続し、正則関数の局所構造を支配する条件を与えるからである。例えば、z2z^2は複素微分可能である一方、複素共役を与える関数z↦z‾z\mapsto\overline zは実全微分可能であっても複素微分可能ではない。本記事では、複素微分可能性と実微分可能性の関係を整理し、Cauchy–Riemann 方程式を中心に複素関数の性質を解説する。

1 複素微分可能性と正則性

定義 1.1.U⊆CU\subseteq\mathbb Cを開集合、f:U→Cf:U\to\mathbb Cを複素関数、z∈Uz\in Uとする。極限

f′(z)=lim⁡h→0f(z+h)−f(z)hf'(z)=\lim_{h\to0}\frac{f(z+h)-f(z)}{h}

が存在するとき、ffは zzで複素微分可能 (complex differentiable atzz) であるといい、f′(z)f'(z)を zzにおける複素微分係数 (complex derivative atzz) という。極限はh≠0h\ne0かつz+h∈Uz+h\in Uを満たす複素数hhについて取る。開集合UUはzzを中心とする開円板を含むので、十分小さい零でないhhに対して差商が定義される。

ffがUUのすべての点で複素微分可能であるとき、ffは UUの上で正則 (holomorphic onUU) であるという。

命題 1.2.U⊆CU\subseteq\mathbb Cを開集合、f,g:U→Cf,g:U\to\mathbb Cをz∈Uz\in Uで複素微分可能な関数とする。このとき次が成り立つ。

  1. f+gf+gはzzで複素微分可能であり、(f+g)′(z)=f′(z)+g′(z)(f+g)'(z)=f'(z)+g'(z)である。
  2. fgfgはzzで複素微分可能であり、(fg)′(z)=f′(z)g(z)+f(z)g′(z)(fg)'(z)=f'(z)g(z)+f(z)g'(z)である。
  3. g(z)≠0g(z)\ne0ならば、ggが零を取らないzzのある近傍でf/gf/gが定義され、zzで複素微分可能であり、 (fg)′(z)=f′(z)g(z)−f(z)g′(z)g(z)2\left(\frac fg\right)'(z) =\frac{f'(z)g(z)-f(z)g'(z)}{g(z)^2} である。
  4. V⊆CV\subseteq\mathbb Cを開集合、φ:V→C\varphi:V\to\mathbb Cをf(z)∈Vf(z)\in Vで複素微分可能な関数とする。このときffが値をVVに取るzzのある近傍でφ∘f\varphi\circ fが定義され、zzで複素微分可能であり、 (φ∘f)′(z)=φ′(f(z))f′(z)(\varphi\circ f)'(z)=\varphi'(f(z))f'(z) である。

さらに、複素微分可能な関数は、その点で連続である。

証明.h≠0h\ne0かつz+h∈Uz+h\in Uを満たすhhに対して

qf(h)=f(z+h)−f(z)h,qg(h)=g(z+h)−g(z)hq_f(h)=\frac{f(z+h)-f(z)}h, \qquad q_g(h)=\frac{g(z+h)-g(z)}h

とおく。仮定によりqf(h)→f′(z)q_f(h)\to f'(z)、qg(h)→g′(z)q_g(h)\to g'(z)である。

まずffの連続性を示す。h≠0h\ne0のとき

f(z+h)−f(z)=hqf(h)f(z+h)-f(z)=h q_f(h)

であるから、§E5.1 命題 3.6の積の規則により右辺は00へ収束する。したがってf(z+h)→f(z)f(z+h)\to f(z)であり、ffはzzで連続である。同じ議論によりggもzzで連続である。

和についてはqf+g(h)=qf(h)+qg(h)q_{f+g}(h)=q_f(h)+q_g(h)であるから、§E5.1 命題 3.6の和の規則を適用する。積については

f(z+h)g(z+h)−f(z)g(z)h=qf(h)g(z+h)+f(z)qg(h)\frac{f(z+h)g(z+h)-f(z)g(z)}h =q_f(h)g(z+h)+f(z)q_g(h)

である。g(z+h)→g(z)g(z+h)\to g(z)と極限の和・積の規則により、右辺はf′(z)g(z)+f(z)g′(z)f'(z)g(z)+f(z)g'(z)へ収束する。

g(z)≠0g(z)\ne0とする。ggはzzで連続であるから、zzの十分小さい近傍でggは零を取らない。その近傍で

1h(1g(z+h)−1g(z))=−qg(h)g(z+h)g(z)\frac1h\left(\frac1{g(z+h)}-\frac1{g(z)}\right) =-\frac{q_g(h)}{g(z+h)g(z)}

である。§E5.1 命題 3.6の商と積の規則により右辺は−g′(z)/g(z)2-g'(z)/g(z)^2へ収束するので、(1/g)′(z)=−g′(z)/g(z)2(1/g)'(z)=-g'(z)/g(z)^2である。積の規則をffと1/g1/gへ適用すると、商の公式を得る。

合成を示す。w0=f(z)w_0=f(z)とおき、w∈Vw\in Vに対して

η(w)={φ(w)−φ(w0)w−w0−φ′(w0)(w≠w0),0(w=w0)\eta(w)= \begin{cases} \dfrac{\varphi(w)-\varphi(w_0)}{w-w_0}-\varphi'(w_0)&(w\ne w_0),\\[2mm] 0&(w=w_0) \end{cases}

と定める。φ\varphiのw0w_0における複素微分可能性により、η\etaはw0w_0で連続である。また

φ(w)−φ(w0)=(φ′(w0)+η(w))(w−w0)\varphi(w)-\varphi(w_0) =\bigl(\varphi'(w_0)+\eta(w)\bigr)(w-w_0)

がすべてのw∈Vw\in Vで成り立つ。ffの連続性とVVの開性により、十分小さいhhに対してf(z+h)∈Vf(z+h)\in Vである。そのような零でないhhについて

φ(f(z+h))−φ(f(z))h=(φ′(w0)+η(f(z+h)))qf(h)\frac{\varphi(f(z+h))-\varphi(f(z))}{h} =\bigl(\varphi'(w_0)+\eta(f(z+h))\bigr)q_f(h)

である。f(z+h)→w0f(z+h)\to w_0とη(w)→0\eta(w)\to0を用いると、右辺はφ′(w0)f′(z)\varphi'(w_0)f'(z)へ収束する。▨

系 1.3.m∈Zm\in\mathbb Zとする。m=0m=0ならばz↦zm=1z\mapsto z^m=1はC\mathbb Cの上で正則であり、その導関数は零である。m≥1m\ge1ならばz↦zmz\mapsto z^mはC\mathbb Cの上で正則であり、

(zm)′=mzm−1(z^m)'=m z^{m-1}

が成り立つ。m<0m<0ならばz↦zmz\mapsto z^mはC∖{0}\mathbb C\setminus\{0\}の上で正則であり、同じ式が成り立つ。したがって、多項式はC\mathbb Cの上で正則であり、有理関数は分母が零にならない開集合の上で正則である。

証明. 定数関数の差商は零であるから、m=0m=0の主張が成り立つ。恒等写像の差商は一であるから、m=1m=1では導関数の公式が成り立つ。m≥1m\ge1について(zm)′=mzm−1(z^m)'=m z^{m-1}を仮定すると、命題 1.2の積の規則により

(zm+1)′=zm+z mzm−1=(m+1)zm(z^{m+1})'=z^m+z\,m z^{m-1}=(m+1)z^m

である。帰納法により、すべてのm≥1m\ge1について導関数の公式が成り立つ。

m<0m<0とし、k=−m>0k=-m>0とおく。z≠0z\ne0ならばzk≠0z^k\ne0であるから、商の規則により

(zm)′=(1zk)′=−kzk−1z2k=mzm−1(z^m)'=\left(\frac1{z^k}\right)' =-\frac{kz^{k-1}}{z^{2k}} =m z^{m-1}

である。多項式と有理関数についての結論は、有限回の和・積・商の規則から従う。なお、z≠0z\ne0ならばD(z,∣z∣/2)D(z,|z|/2)は00を含まないので、C∖{0}\mathbb C\setminus\{0\}は開集合である。多項式qqとq(z)≠0q(z)\ne0を満たす点zzに対しては、qqの連続性から、あるr>0r>0についてw∈D(z,r)w\in D(z,r)ならば∣q(w)−q(z)∣<∣q(z)∣/2|q(w)-q(z)|<|q(z)|/2となる。§E5.1 命題 1.2の逆三角不等式によりq(w)≠0q(w)\ne0なので、有理関数の分母が零にならない集合も開集合である。▨

2 実全微分としての特徴づけ

定義 2.1.Ω⊆R2\Omega\subseteq\mathbb R^2を開集合、F=(u,v):Ω→R2F=(u,v):\Omega\to\mathbb R^2、p=(x,y)∈Ωp=(x,y)\in\Omegaとする。実線形写像T:R2→R2T:\mathbb R^2\to\mathbb R^2と剰余項rrが存在して

F(p+q)−F(p)=Tq+r(q),∥r(q)∥∥q∥⟶0(q→0, q≠0)F(p+q)-F(p)=Tq+r(q), \qquad \frac{\lVert r(q)\rVert}{\lVert q\rVert}\longrightarrow0\quad(q\to0,\ q\ne0)

が成り立つとき、FFは ppで実の意味で全微分可能 (totally differentiable over the reals atpp) であるという。この定義は§E4.2 定義 1.2のn=m=2n=m=2の場合である。線形写像T=DF(p)T=DF(p)は一意であり、その標準基底に関する行列は§E4.2 定義 1.6の Jacobi 行列

JF(p)=(ux(p)uy(p)vx(p)vy(p))J_F(p)= \begin{pmatrix} u_x(p)&u_y(p)\\ v_x(p)&v_y(p) \end{pmatrix}

である。

補題 2.2. 実線形写像T:R2→R2T:\mathbb R^2\to\mathbb R^2について、次の二条件は同値である。

  1. あるc∈Cc\in\mathbb Cが存在し、(h,k)↔h+ik(h,k)\leftrightarrow h+ikのもとでT(h,k)T(h,k)がc(h+ik)c(h+ik)に対応する。
  2. あるa,b∈Ra,b\in\mathbb Rが存在し、TTの行列が (a−bba)\begin{pmatrix}a&-b\\b&a\end{pmatrix} である。

このときc=a+ibc=a+ibである。

証明.c=a+ibc=a+ibとすると

c(h+ik)=(ah−bk)+i(bh+ak)c(h+ik)=(ah-bk)+i(bh+ak)

である。したがって、(1)の写像の行列は(2)の行列である。逆に(2)の行列が与えられたとき、c=a+ibc=a+ibとおけば同じ計算によりT(h,k)T(h,k)はc(h+ik)c(h+ik)に対応する。▨

定理 2.3.U⊆CU\subseteq\mathbb Cを開集合、f=u+iv:U→Cf=u+iv:U\to\mathbb C、z=x+iy∈Uz=x+iy\in Uとする。ffがzzで複素微分可能であることと、F=(u,v)F=(u,v)が(x,y)(x,y)で実の意味で全微分可能であり、その全微分が複素数倍を表す実線形写像であることは同値である。後者の条件は、Jacobi 行列が

(a−bba)\begin{pmatrix}a&-b\\b&a\end{pmatrix}

の形であることと同値である。このときf′(z)=a+ibf'(z)=a+ibである。

証明.ffがzzで複素微分可能であるとし、c=f′(z)c=f'(z)とおく。h≠0h\ne0に対して

ρ(h)=f(z+h)−f(z)−ch\rho(h)=f(z+h)-f(z)-ch

と定めると、複素微分係数の定義から∣ρ(h)∣/∣h∣→0|\rho(h)|/|h|\to0である。h=h1+ih2h=h_1+ih_2と書き、T(h1,h2)T(h_1,h_2)をchchに対応する実線形写像とする。複素平面と実平面の同一視のもとで

F(x+h1,y+h2)−F(x,y)=T(h1,h2)+r(h1,h2),F(x+h_1,y+h_2)-F(x,y)=T(h_1,h_2)+r(h_1,h_2),

ここでrrはρ\rhoに対応する。∥r∥=∣ρ∣\lVert r\rVert=|\rho|、h12+h22=∣h∣\sqrt{h_1^2+h_2^2}=|h|であるから、FFは(x,y)(x,y)で全微分可能である。補題 2.2によりTTの行列は所定の形である。

逆に、FFが(x,y)(x,y)で全微分可能であり、その全微分TTが所定の形であるとする。補題 2.2により、あるc=a+ibc=a+ibに対してT(h1,h2)T(h_1,h_2)はc(h1+ih2)c(h_1+ih_2)に対応する。全微分の剰余項に対応する複素数をρ(h)\rho(h)と書くと

f(z+h)−f(z)=ch+ρ(h),∣ρ(h)∣∣h∣⟶0.f(z+h)-f(z)=ch+\rho(h), \qquad \frac{|\rho(h)|}{|h|}\longrightarrow0.

h≠0h\ne0について両辺をhhで割れば

∣f(z+h)−f(z)h−c∣=∣ρ(h)∣∣h∣⟶0\left|\frac{f(z+h)-f(z)}h-c\right| =\frac{|\rho(h)|}{|h|}\longrightarrow0

である。したがってffはzzで複素微分可能であり、f′(z)=c=a+ibf'(z)=c=a+ibである。▨

例 2.4 (複素共役はどの点でも複素微分可能でない).f(z)=zˉf(z)=\bar zとする。F(x,y)=(x,−y)F(x,y)=(x,-y)は実線形写像であり、その Jacobi 行列はすべての点で

(100−1)\begin{pmatrix}1&0\\0&-1\end{pmatrix}

である。二つの対角成分が等しくないので、この行列は補題 2.2の形ではない。したがって定理 2.3により、ffはどの点でも複素微分可能でない。

例 2.5 (絶対値の平方は原点だけで複素微分可能).f(z)=∣z∣2f(z)=|z|^2とする。F(x,y)=(x2+y2,0)F(x,y)=(x^2+y^2,0)の四つの一階偏導関数は連続であるから、§E4.2 定理 2.1によりFFはすべての点で全微分可能であり、その Jacobi 行列は

(2x2y00)\begin{pmatrix}2x&2y\\0&0\end{pmatrix}

である。この行列が補題 2.2の形になるためには2x=02x=0かつ2y=02y=0が必要十分である。したがってffは原点だけで複素微分可能であり、f′(0)=0f'(0)=0である。原点を含むどの開集合の上でもffは正則ではない。

3 Cauchy–Riemann 方程式

定理 3.1 (Cauchy–Riemann 方程式).U⊆CU\subseteq\mathbb Cを開集合、f=u+iv:U→Cf=u+iv:U\to\mathbb Cがz=x+iy∈Uz=x+iy\in Uで複素微分可能であるとする。このときu,vu,vの四つの一階偏導関数は(x,y)(x,y)で存在し、

ux=vy,uy=−vxu_x=v_y, \qquad u_y=-v_x

が成り立つ。さらに

f′(z)=ux+ivx=vy−iuyf'(z)=u_x+i v_x=v_y-i u_y

である。すべての偏導関数は(x,y)(x,y)で評価している。

証明.c=f′(z)c=f'(z)とおく。UUは開集合であるから、D(z,r)⊆UD(z,r)\subseteq Uを満たすr>0r>0が存在する。0<∣t∣<r0<|t|<rを満たす実数ttについて、差商を実軸方向へ制限すると

f(z+t)−f(z)t=u(x+t,y)−u(x,y)t+iv(x+t,y)−v(x,y)t\frac{f(z+t)-f(z)}t =\frac{u(x+t,y)-u(x,y)}t +i\frac{v(x+t,y)-v(x,y)}t

である。複素差商はccへ収束するので、§E5.1 命題 3.4と§E5.1 命題 3.5により右辺の実部と虚部はそれぞれRe⁡c\operatorname{Re}cとIm⁡c\operatorname{Im}cへ収束する。したがって

ux=Re⁡c,vx=Im⁡c.u_x=\operatorname{Re}c, \qquad v_x=\operatorname{Im}c.

差商を虚軸方向h=ith=itへ制限すると

f(z+it)−f(z)it=v(x,y+t)−v(x,y)t−iu(x,y+t)−u(x,y)t.\frac{f(z+it)-f(z)}{it} =\frac{v(x,y+t)-v(x,y)}t -i\frac{u(x,y+t)-u(x,y)}t.

同じ二つの結果を適用すると

vy=Re⁡c,−uy=Im⁡c.v_y=\operatorname{Re}c, \qquad -u_y=\operatorname{Im}c.

よってux=vyu_x=v_y、uy=−vxu_y=-v_xであり、c=ux+ivx=vy−iuyc=u_x+i v_x=v_y-i u_yである。▨

定理 3.2.U⊆CU\subseteq\mathbb Cを開集合、f=u+iv:U→Cf=u+iv:U\to\mathbb C、z=x+iy∈Uz=x+iy\in Uとする。F=(u,v)F=(u,v)が(x,y)(x,y)で実の意味で全微分可能であると仮定する。このとき、ffがzzで複素微分可能であることと

ux=vy,uy=−vxu_x=v_y, \qquad u_y=-v_x

が(x,y)(x,y)で成り立つことは同値である。このときf′(z)=ux+ivxf'(z)=u_x+i v_xである。

証明.FFの Jacobi 行列は

JF(x,y)=(uxuyvxvy)J_F(x,y)=\begin{pmatrix}u_x&u_y\\v_x&v_y\end{pmatrix}

である。Cauchy–Riemann 方程式が成り立つことは、この行列が

(ux−vxvxux)\begin{pmatrix}u_x&-v_x\\v_x&u_x\end{pmatrix}

の形であることと同値である。定理 2.3を適用すると、前者はffの複素微分可能性と同値であり、対応する複素数はux+ivxu_x+i v_xである。▨

例 3.3 (Cauchy–Riemann 方程式による判定).f(z)=z2f(z)=z^2ではu=x2−y2u=x^2-y^2、v=2xyv=2xyであり、

ux=2x=vy,uy=−2y=−vx.u_x=2x=v_y, \qquad u_y=-2y=-v_x.

u,vu,vの四つの一階偏導関数は多項式であるから連続であり、§E4.2 定理 2.1によりF=(u,v)F=(u,v)は全微分可能である。したがって定理 3.2によりffは正則であり、f′(z)=2x+2iy=2zf'(z)=2x+2iy=2zである。

例 3.4 (偏導関数だけでは不十分である例).

f(z)={zˉ2z(z≠0),0(z=0)f(z)= \begin{cases} \dfrac{\bar z^2}{z}&(z\ne0),\\[2mm] 0&(z=0) \end{cases}

と定める。z≠0z\ne0のとき∣f(z)∣=∣z∣|f(z)|=|z|であるから、z→0z\to0のときf(z)→0=f(0)f(z)\to0=f(0)であり、ffは原点で連続である。ここでは§E5.1 命題 1.2の積と商に関する性質を用いた。

t≠0t\ne0を実数とするとf(t)=tf(t)=t、f(it)=itf(it)=itである。したがって、原点において

ux=1=vy,uy=0=−vxu_x=1=v_y, \qquad u_y=0=-v_x

が成り立つ。一方、差商はz≠0z\ne0についてzˉ2/z2\bar z^2/z^2である。z=tz=tとすると差商は11であり、z=t(1+i)z=t(1+i)とすると

zˉ2z2=(1−i1+i)2=(−i)2=−1\frac{\bar z^2}{z^2} =\left(\frac{1-i}{1+i}\right)^2 =(-i)^2=-1

である。差商が極限LLをもつと仮定し、ε=1\varepsilon=1に対応するδ>0\delta>0を取る。0<∣t∣<δ/20<|t|<\delta/\sqrt2を満たす実数ttを取れば、∣t∣<δ|t|<\deltaかつ∣t(1+i)∣<δ|t(1+i)|<\deltaなので∣1−L∣<1|1-L|<1かつ∣−1−L∣<1|-1-L|<1となる。しかし

2=∣1−(−1)∣≤∣1−L∣+∣L−(−1)∣<22=|1-(-1)|\le|1-L|+|L-(-1)|<2

であり、矛盾する。したがってffは原点で複素微分可能でない。この例により、偏導関数の存在と Cauchy–Riemann 方程式だけから複素微分可能性を導くことはできない。

命題 3.5.U⊆CU\subseteq\mathbb Cを開集合、f=u+iv:U→Cf=u+iv:U\to\mathbb C、z=x+iy∈Uz=x+iy\in Uとする。(x,y)(x,y)のある開近傍でux,uy,vx,vyu_x,u_y,v_x,v_yが存在し、これらが(x,y)(x,y)で連続であると仮定する。さらに(x,y)(x,y)で Cauchy–Riemann 方程式が成り立つとする。このときffはzzで複素微分可能であり、f′(z)=ux+ivxf'(z)=u_x+i v_xである。

証明.§E4.2 定理 2.1によりF=(u,v)F=(u,v)は(x,y)(x,y)で全微分可能であり、その Jacobi 行列は四つの偏導関数からなる。したがって定理 3.2を適用すると、 Cauchy–Riemann 方程式から結論を得る。▨

4 調和性と局所条件

定義 4.1.U⊆CU\subseteq\mathbb Cを開集合とする。UUの上の二階連続微分可能な実数値関数uuが

uxx+uyy=0u_{xx}+u_{yy}=0

をUUの各点で満たすとき、uuを UUの上の調和関数 (harmonic function onUU) という。

命題 4.2.U⊆CU\subseteq\mathbb Cを開集合、f=u+ivf=u+ivをUUの上の正則関数とし、u,vu,vはUUの上で二階連続微分可能であると仮定する。このとき

uxx+uyy=0,vxx+vyy=0u_{xx}+u_{yy}=0, \qquad v_{xx}+v_{yy}=0

がUUの各点で成り立つ。すなわちu,vu,vは調和関数である。

証明.定理 3.1によりux=vyu_x=v_y、uy=−vxu_y=-v_xである。これらを偏微分すると

uxx=vyx,uyy=−vxy.u_{xx}=v_{yx}, \qquad u_{yy}=-v_{xy}.

§E4.4 定理 2.1によりvyx=vxyv_{yx}=v_{xy}であるからuxx+uyy=0u_{xx}+u_{yy}=0である。一方、

vyy=uxy,vxx=−uyxv_{yy}=u_{xy}, \qquad v_{xx}=-u_{yx}

であり、uxy=uyxu_{xy}=u_{yx}からvxx+vyy=0v_{xx}+v_{yy}=0を得る。▨

注意 4.3 (二階連続微分可能性という仮定について). 後に Cauchy の積分公式と冪級数展開を証明すると、正則関数は何回でも複素微分可能であり、その実部と虚部は何回でも連続微分可能であることが従う。本記事はその結果を前提にしないため、命題 4.2では二階連続微分可能性を仮定として明示した。

定義 4.4.U⊆CU\subseteq\mathbb Cを空でない開集合、z0∈Uz_0\in Uとする。すべてのz∈Uz\in Uについて

[z0,z]={(1−t)z0+tz:0≤t≤1}⊆U[z_0,z]=\{(1-t)z_0+tz:0\le t\le1\}\subseteq U

が成り立つとき、UUは z0z_0に関して星形 (star-shaped with respect toz0z_0) であるという。

命題 4.5. 星形な空でない開集合は領域である。

証明.UUをz0z_0に関して星形な空でない開集合とし、z,w∈Uz,w\in Uを取る。線分[z,z0][z,z_0]と[z0,w][z_0,w]はUUに含まれ、この二本をつないだ折れ線はzzとwwを結ぶ。§E5.1 命題 1.4によりUUは連結である。したがってUUは空でない連結な開集合、すなわち領域である。▨

定義 4.6.D⊆CD\subseteq\mathbb Cを領域とする。連続写像C:[0,1]→DC:[0,1]\to DがC(0)=C(1)C(0)=C(1)を満たすとき、CCを DD内の閉曲線 (closed curve inDD) という。任意の閉曲線CCに対して、連続写像H:[0,1]2→DH:[0,1]^2\to Dが存在して

H(0,t)=C(t),H(1,t)=H(1,0),H(s,0)=H(s,1)H(0,t)=C(t), \qquad H(1,t)=H(1,0), \qquad H(s,0)=H(s,1)

がすべてのs,t∈[0,1]s,t\in[0,1]について成り立つとき、DDは単連結 (simply connected) であるという。写像HHは、閉曲線CCをDDの中で一点へ連続的に縮める変形を表す。

補題 4.7.D⊆CD\subseteq\mathbb Cを領域、uuをDDの上の二階連続微分可能な調和関数とする。DDの上の実数値関数vvが

vx=−uy,vy=uxv_x=-u_y, \qquad v_y=u_x

を満たすならば、u+ivu+ivはDDの上で正則であり、vvはDDの上で二階連続微分可能な調和関数である。

証明.uuは二階連続微分可能であるから、vx=−uyv_x=-u_yとvy=uxv_y=u_xは一階連続微分可能である。vx,vyv_x,v_yは存在して連続であるから、§E4.2 定理 2.1によりvvはC1C^1級である。さらにvx,vyv_x,v_yの一階偏導関数は存在して連続であるから、同じ定理をvx,vyv_x,v_yへ適用すると、vvは二階連続微分可能である。u,vu,vの偏導関数は Cauchy–Riemann 方程式を満たすので、命題 3.5によりu+ivu+ivは正則である。命題 4.2によりvvは調和である。▨

5 調和共役の大域的構成

前節の関係式は、調和共役が存在するならば満たすべき局所条件を与える。大域的な調和共役の存在には、この局所条件を領域全体で積分するための幾何的条件または原始関数の存在が必要になる。

命題 5.1.D⊆CD\subseteq\mathbb Cを領域、uuをDDの上の二階連続微分可能な調和関数とする。DDの上の実数値関数vvでu+ivu+ivが正則になるものを、uuの調和共役という。次が成り立つ。

  1. uuの二つの調和共役の差は実数の定数である。
  2. DDが星形ならば、uuの調和共役が存在する。
  3. DDの上のすべての正則関数ggに対して、F′=gF'=gを満たすDD上の正則関数FFが存在するならば、uuの調和共役が存在する。このようなFFをggの原始関数という。

(2)と(3)で得られる調和共役は二階連続微分可能な調和関数である。

証明.(1)を示す。v,v~v,\widetilde vをuuの調和共役とする。定理 3.1により

vx=−uy=v~x,vy=ux=v~y.v_x=-u_y=\widetilde v_x, \qquad v_y=u_x=\widetilde v_y.

w=v−v~w=v-\widetilde vとおくと∇w=0\nabla w=0である。またwx,wyw_x,w_yは連続であるからwwはC1C^1級である。ここでも§E4.2 定理 2.1を用いた。DDは領域なので、§E5.1 命題 1.4により任意の二点a,b∈Da,b\in DをDD内の折れ線γ\gammaで結ぶことができる。折れ線は区分的C1C^1曲線であるから、§E4.18 定理 4.1を適用すると

w(b)−w(a)=∫γ∇w⋅dr=0.w(b)-w(a)=\int_\gamma\nabla w\mathbin{\cdot}d\boldsymbol r=0.

a,ba,bは任意であるからwwは定数である。

(2)を示す。DDはz0=x0+iy0z_0=x_0+iy_0に関して星形であるとする。

P=−uy,Q=ux,Ω={(x,y,ζ)∈R3:x+iy∈D}P=-u_y, \qquad Q=u_x, \qquad \Omega=\{(x,y,\zeta)\in\mathbb R^3:x+iy\in D\}

とおく。DDの開性からΩ\Omegaは開集合である。(x,y,ζ)∈Ω(x,y,\zeta)\in\Omegaと0≤t≤10\le t\le1に対して

(1−t)(x0,y0,0)+t(x,y,ζ)=((1−t)x0+tx,(1−t)y0+ty,tζ)(1-t)(x_0,y_0,0)+t(x,y,\zeta) =\bigl((1-t)x_0+tx,(1-t)y_0+ty,t\zeta\bigr)

の最初の二座標はDDの点に対応するので、Ω\Omegaは(x0,y0,0)(x_0,y_0,0)に関して星形である。また

G(x,y,ζ)=(P(x,y),Q(x,y),0)G(x,y,\zeta)=(P(x,y),Q(x,y),0)

はC1C^1級であり、§E4.17 定義 1.2の定義とuxx+uyy=0u_{xx}+u_{yy}=0から

curl⁡G=(0,0,Qx−Py)=(0,0,uxx+uyy)=0\operatorname{curl}G =\bigl(0,0,Q_x-P_y\bigr) =\bigl(0,0,u_{xx}+u_{yy}\bigr)=0

である。§E4.18 定理 6.2により、∇ϕ=G\nabla\phi=Gを満たすC1C^1級関数ϕ:Ω→R\phi:\Omega\to\mathbb Rが存在する。v(x,y)=ϕ(x,y,0)v(x,y)=\phi(x,y,0)と定めると

vx=P=−uy,vy=Q=ux.v_x=P=-u_y, \qquad v_y=Q=u_x.

補題 4.7によりvvはuuの調和共役であり、調和関数である。

(3)を示す。g=ux−iuyg=u_x-iu_yとおく。uuの調和性と§E4.4 定理 2.1により

(ux)x=uxx=−uyy=(−uy)y,(ux)y=uxy=uyx=−(−uy)x.(u_x)_x=u_{xx}=-u_{yy}=(-u_y)_y, \qquad (u_x)_y=u_{xy}=u_{yx}=-(-u_y)_x.

したがってggは Cauchy–Riemann 方程式を満たし、命題 3.5により正則である。仮定により、F′=gF'=gを満たす正則関数F=A+iBF=A+iBが存在する。定理 3.1により

F′=Ax+iBx,Ax=By.F'=A_x+iB_x, \qquad A_x=B_y.

F′=ux−iuyF'=u_x-iu_yの実部と虚部を比較するとAx=uxA_x=u_x、Bx=−uyB_x=-u_yであり、さらにBy=Ax=uxB_y=A_x=u_xである。ゆえに補題 4.7によりBBはuuの調和共役であり、調和関数である。▨

注意 5.2 (単連結な領域への forward).定義 4.6の意味で単連結な領域では、すべての正則関数が原始関数をもつことを、 Cauchy–Goursat の一般形から後に導く。したがって、その段階で命題 5.1 (3)を適用すると、単連結領域上の二階連続微分可能な調和関数が調和共役をもつことが分かる。

本単元は閉曲線の縮約という定義と複素解析で必要となる帰結だけを扱う。ホモトピー同値、基本群、被覆空間、およびホモトピー類による位相空間の分類は、一般的なホモトピー論を扱う後続単元へ委ねる。

6 演習

問題 6.1.

  1. 例 3.4の差商をz=t(1−i)z=t(1-i)に沿って計算し、原点における複素微分係数が存在しないことを別の二方向で示せ。
  2. u(x,y)=x2−y2u(x,y)=x^2-y^2が調和関数であることを確かめ、v(0,0)=0v(0,0)=0を満たす調和共役を求めよ。
  3. UUがz0z_0に関して星形であるとする。UU内の閉曲線CCに対してH(s,t)=(1−s)C(t)+sz0H(s,t)=(1-s)C(t)+sz_0とおき、UUが定義 4.6の意味で単連結であることを示せ。
解答 (解答).
  1. z=t(1−i)z=t(1-i)ならば zˉ2z2=(1+i1−i)2=i2=−1.\frac{\bar z^2}{z^2} =\left(\frac{1+i}{1-i}\right)^2=i^2=-1. 実軸方向では差商が11であるから、この二方向の極限は一致しない。
  2. uxx=2u_{xx}=2、uyy=−2u_{yy}=-2なのでuuは調和関数である。調和共役vvはvx=−uy=2yv_x=-u_y=2y、vy=ux=2xv_y=u_x=2xを満たす。v=2xy+Cv=2xy+Cであり、v(0,0)=0v(0,0)=0からC=0C=0である。
  3. 星形性によりH(s,t)∈UH(s,t)\in Uである。HHは連続であり、 H(0,t)=C(t),H(1,t)=z0,H(s,0)=H(s,1)H(0,t)=C(t), \qquad H(1,t)=z_0, \qquad H(s,0)=H(s,1) が成り立つ。したがって、任意の閉曲線をUU内で一点へ縮めることができる。

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参考文献

  1. Lars V. Ahlfors, Complex Analysis, 3rd ed., AMS Chelsea Publishing 385, American Mathematical Society, Providence, R.I., 2021, originally published 1979.実全微分の言葉による複素微分可能性と Cauchy–Riemann 方程式の関係を参考にした。
  2. Walter Rudin, Real and Complex Analysis, 3rd ed., McGraw Hill, 1987.単連結領域における調和関数と調和共役の存在を参考にした。
  3. John B. Conway, Functions of One Complex Variable I, 2nd ed., Graduate Texts in Mathematics, Springer, New York, 1978.偏導関数の連続性を仮定した Cauchy–Riemann 方程式の十分性を参考にした。

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