概要

本単元は、可換環と非可換環に共通する環・加群の言語を構成し、後続の可換環論、非可換環論、加群論、ホモロジー代数に必要な基礎を確立することを目的とする。環の演算だけでなく、反対環と中心を用いて左右の作用を記述し、イデアルと加群を環の構造を調べるための基本的な対象として扱う。

前半では、環、加群、イデアル、整域、体、被約環および単純環を定義する。続いて、積閉集合による環の局所化、分数体、素イデアルの対応、イデアルの根基、Jacobson 根基および中国剰余定理を扱う。中盤では、完全列、自由加群、有限生成加群、中山の補題、Hom、テンソル積、加群の局所化、射影加群および平坦加群を相互に関連づける。さらに、Noether 条件、Artin 条件および有限長を区別し、Jordan–Hölder の定理と有限長加群に対する Krull–Schmidt の定理を証明する。

続く「鎖条件」では、Noether 条件、Artin 条件および有限長を区別したうえで、半単純加群、加群の根基と socle を扱い、左 Artin 環が左 Noether 環であることと Jacobson 根基が冪零であることを証明する。半単純環を斜体上の全行列環の直積として分類し、有限長加群の直既約直和分解の一意性を証明する。後半では、可換環論へ向かう経路と中心単純代数へ向かう経路を分ける。可換側では、Euclid 整域・PID・UFD、多項式環、Smith 標準形を含む PID 上有限生成加群の構造定理および可換 Artin 環を扱い、加群論から有理標準形を導いて、最小多項式が基礎体上で一次式の積へ分裂する場合に Jordan 標準形を導く。最後に、固定した基礎体上の有限次元結合代数と中心単純代数を定義し、Skolem–Noether の定理を証明して同じ基礎体上の Brauer 群を定義する。

五つの区分に属する29記事はすべて必修であり、任意の展望記事は設けない。各記事は、可換性、単位元、左作用と右作用、有限性、および係数となる環や体に関する仮定を、主張を述べる箇所で明示する。

学習の目的

本単元を終えた読者は、次のことを行うことができる。

  • 単位的結合環、反対環、中心、単元、冪等元を定義し、行列環、自己準同型環、群環、斜体を例として扱う。
  • 左加群と右加群を環から自己準同型環への準同型によって記述し、右加群を反対環上の左加群として読み替える。
  • 部分加群、商加群、核、像、余核、直和、直積を構成し、加群の同型定理を証明する。
  • 可換環における素イデアルと極大イデアルを商環によって特徴づけ、被約環を冪零元によって特徴づける。一般環の左・右・両側イデアルと単純環を区別する。
  • 環の局所化と分数体を構成し、素イデアルの対応、イデアルの根基の基本的な整合性および中国剰余定理による直積分解を証明する。
  • 自由加群の普遍性を証明し、有限生成加群と有限表示加群を生成元と関係式によって記述する。
  • Jacobson 根基を左加群と右加群の双方から特徴づけ、有限生成加群に対する中山の補題を用いる。
  • 蛇の補題、Hom の左完全性、テンソル積の右完全性、および Hom–tensor 対応を、具体的な写像を構成して証明する。
  • 射影加群と平坦加群を定義し、自由加群、短完全列の分裂、Hom、テンソル積による特徴づけを相互に比較する。
  • Noether 条件、Artin 条件、有限長および直既約性を区別し、Jordan–Hölder の定理、Fitting の補題、有限長加群に対する Krull–Schmidt の定理および Hilbert 基底定理を証明する。
  • 加群の根基と socle を定義し、高階の根基と socle の列が Noether 加群と Artin 加群でそれぞれ真に単調であることを証明する。socle の列が Jacobson 根基の冪の零化部分加群と一致することを用いて、左 Artin 環が左 Noether 環であることと Jacobson 根基が冪零であることを導き、逆向きの主張が成り立たない理由を説明する。
  • Jordan–Hölder の定理が組成因子を分類するのに対し、Krull–Schmidt の定理が直既約直和因子を分類することを、具体的な有限長加群によって説明する。
  • 有限次体拡大に沿うスカラー拡大後の有限次元加群の同型から、拡大前の同型を Noether–Deuring 型の同型判定によって導く。非可換代数上のスカラー拡大と非可換な基礎環に沿うテンソル積を区別し、同型類の反映と指定した同型写像の降下を区別する。
  • 加群の局所化、Smith 標準形、PID 上有限生成加群の構造定理を用いて、有限アーベル群と有限次元線形変換の分類を加群論の枠内で説明する。
  • 半単純環と固定した基礎体上の中心単純代数の構造を調べ、Artin–Wedderburn の定理と Skolem–Noether の定理の仮定と結論を説明する。
  • 分解の一意性を主張する複数の定理が何を分類し何を分類しないかを、Jordan–Hölder の定理、有限長半単純加群の分解、Krull–Schmidt の定理、単因子と初等因子および Jordan 標準形について比較する。
  • 固定した基礎体上の中心単純代数について Brauer 同値を定義し、同じ基礎体上のテンソル積と反対代数が Brauer 群の演算と逆元を定めることを証明する。

前提知識

  • 数学の基礎で扱う集合、写像、同値関係、商集合、Zorn の補題を用いる。自由加群、分数体、テンソル積などの構成では、写像の延長や因子化による普遍性を記述する。
  • 線形代数 IIで扱うベクトル空間、線形写像、基底、行列、Jordan 標準形を用いる。本単元は、係数が体である場合の構成を一般の環上の加群へ拡張し、加群の構造定理から有理標準形を導く。最小多項式が基礎体上で一次式の積へ分裂する場合には、同じ構造定理から Jordan 標準形を再解釈する。
  • 群論入門で扱うアーベル群、準同型、商群、群作用、組成列を用いる。環と加群の加法構造はアーベル群であり、群環と有限アーベル群の分類では同単元の結果を参照する。

前提となる結果は、各記事が使用する箇所で仮定と結論を再掲する。参照先へのリンクだけに、主張の理解や証明に必要な条件を委ねない。

本単元を貫く方針

本単元の各記事は、次の方針に従う。

  1. 左右と可換性を主張ごとに区別する。 環が可換であるか、加群が左加群であるか右加群であるか、イデアルが左・右・両側のいずれであるかを、結果を述べる箇所で明示する。反対環を用いて左右対称な主張を導く場合も、対応する作用を具体的に記述する。
  2. 構成と普遍性を対応させる。 自由加群、分数体、局所化、商構造については、元や同値類による構成が well-defined であることを確かめた後、写像の一意な因子化によって特徴づける。テンソル積については順序を逆にし、平衡写像に対する普遍性で定義してから、第一因子の自由表示によって存在する対象を構成する。どちらの順序でも、構成した対象と普遍性を満たす対象が一意的同型で結ばれることを示す。
  3. 可換環と非可換環の相違を例によって示す。 整数環、多項式環、行列環、上三角行列環、自己準同型環、群環、斜体を用い、左右の区別、零因子、単純性、分解の相違を具体的に検証する。
  4. 証明の根拠を明示する。 各記事は、本文で証明する結果と、前提となる単元または先行する記事から引用する結果を区別する。後続単元が扱う導来関手、スペクトル、森田理論、体拡大を、本単元の定理の根拠として先取りしない。
  5. 有限性の仮定を分ける。 有限生成、有限表示、有限長、有限次元、Noether 条件、Artin 条件を同一視せず、各含意が成り立つ環と加群の条件を明示する。

学習の順序

最初の「定義」では、環と加群の基本語彙を構成する。反対環と中心によって左右作用を記述した後、加群、左右イデアル、商環、整域、体、被約環および単純環へ進む。続いて、環の局所化と分数体を構成し、素イデアルの対応、イデアルの根基、Jacobson 根基および中国剰余定理を扱う。

「加群論入門」では、完全列、分裂補題および蛇の補題を導入し、自由加群、有限生成加群および有限表示加群へ進む。非零な有限生成加群が極大部分加群をもつことと、Jacobson 根基に関する先行結果から中山の補題を証明した後、Hom とテンソル積を比較し、加群の局所化、射影性および平坦性を扱う。

「鎖条件」では、加群の Noether 条件と Artin 条件、組成列および有限長を導入して Jordan–Hölder の定理を証明し、続いて左 Noether 環を左イデアルの昇鎖条件によって特徴づける。次に半単純加群と半単純環を扱い、半単純性からのずれを測る量として加群の根基と socle を定義する。任意の左加群ではJ(R)M⊆rad⁡(M)J(R)M\subseteq\operatorname{rad}(M)となり、有限生成射影加群では等号となり、R/J(R)R/J(R)が左半単純環ならば全左加群で等号となることを証明する。有限生成性だけでは等号は従わず、整数環上のZ/p2Z\mathbb Z/p^2\mathbb Zが反例となる。socle の列が Jacobson 根基の冪の零化部分加群と一致することを示すと、左 Artin 環については根基の冪がなす降鎖の停止から socle の列が全体に達し、根基の冪零性を前提とせずに左正則加群が有限長になる。さらにsoc⁡n(A)=A\operatorname{soc}_n(A)=AからJn=0J^n=0が直接従い、中山の補題による導出も第二の証明として与える。これによって降鎖条件から昇鎖条件が従い、左 Artin 環が左 Noether 環であることが得られる。Noether 条件だけでは降鎖条件は従わず、整数環では(2)⊋(22)⊋(23)⊋⋯(2)\supsetneq(2^2)\supsetneq(2^3)\supsetneq\cdotsが停止しない。同時にJ(Z)=0J(\mathbb Z)=0であるため、整数環を Jacobson 根基冪が停止しない例としては用いない。区分の終わりでは、半単純環を斜体上の全行列環の直積として分類し、続いて半単純とは限らない有限長加群について直既約直和分解の一意性と、有限次体拡大に対する Noether–Deuring 型の同型判定を扱う。

「可換環論入門に向けて」では、Euclid 整域・PID・UFDと多項式環の整除理論を整え、Smith 標準形の証明から PID 上有限生成加群の構造定理を導く。可換 Artin 環については、Noether 性と Jacobson 根基の冪零性を一般の Artin 環について得た結果の特別な場合として読み替えたうえで、極大イデアルの有限性と局所成分への分解を扱う。最後に一変数多項式環上の加群として線形変換を捉え直す。

「中心単純代数」では、固定した基礎体上の有限次元結合代数と中心単純代数を定義し、代数のテンソル積を構成する。Skolem–Noether の定理によって中心単純代数の埋め込みと自己同型を調べた後、同じ基礎体上の Brauer 群を定義する。

本単元では、分解の一意性を主張する定理が繰り返し現れる。Jordan–Hölder の定理、有限長半単純加群の分解、Krull–Schmidt の定理、単因子と初等因子、および Jordan 標準形である。各記事は、先行する定理が何を分類し何を分類しないかを比較したうえで、新しい定理の仮定と結論を述べる。

各記事の内容

定義

  1. 環 — 単位的結合環と単位元を保つ環準同型を規約とし、反対環、中心、単元および冪等元を定義する。整数環、直積環、行列環、自己準同型環、群環および斜体を基本例とする。整数環から任意の環への環準同型がただ一つ存在することを証明し、その核から標数を定義して基本性質を示す。一般の可換環上の中心的不定元をもつ一変数多項式環を構成して普遍性を証明する。
  2. 加群 — 環 R 上の左加群 M を R から加法群 M の自己準同型環への単位元を保つ環準同型として記述する。右 R 加群 M は反対環から同じ自己準同型環への単位元を保つ環準同型として記述し、同値な R からの反準同型との対応を示す。部分加群、商加群、核、像、余核、直和、直積、部分加群の和および同型定理を扱う。R-S 双加群 M と R-T 双加群 N に対し、R 線形準同型全体が M の右 S 作用から定まる左 S 作用と N の右 T 作用から定まる右 T 作用をもつ S-T 双加群になることを証明する。
  3. イデアル — 一般の単位的結合環について左イデアル、右イデアルおよび両側イデアルを、それぞれ左正則加群、右正則加群および両側から閉じた加法部分群として定義する。両側イデアルによる商環と環準同型定理を証明し、左イデアルと右イデアルによる商をそれぞれ左加群と右加群として構成する。加群の零化イデアルが両側イデアルになること、両側イデアル I と左加群 M に対する IM および右加群 M に対する MI が部分加群になることを証明する。生成イデアル、和、共通部分および積を扱う。左イデアル I と部分集合 X に対する左イデアル商を、X のどの元を右から掛けても積が I に入る環の元全体として定義する。右イデアル I と部分集合 X に対する右イデアル商は、X のどの元を左から掛けても積が I に入る環の元全体として定義する。
  4. 整域・体・被約環・単純環 — 可換環について整域、体、素イデアル、極大イデアルおよび非零冪零元をもたない被約環を定義する。商環による素イデアルと極大イデアルの特徴づけ、極大イデアルが素イデアルであること、有限整域が体であることを証明する。一般環の非零単純環を両側イデアルによって定義し、行列環と上三角行列環を比較する。
  5. 積閉集合・局所化・分数体 — 可換環の積閉集合による環の局所化を同値類から構成し、普遍性を証明する。整域の分数体を局所化として構成し、積閉集合と交わらない素イデアルの対応を証明する。素イデアルによる局所化から局所環を定義する。
  6. イデアルの根基 — 可換環のイデアルの根基を定義し、冪等性、有限共通部分・積・和との関係、準同型の逆像および局所化との整合性を証明する。零イデアルの根基による商が被約環であることを導く。一般環の Jacobson 根基について、両側イデアル性、極大右イデアルによる特徴づけおよび単純左右加群の零化イデアルによる特徴づけを証明する。
  7. 中国剰余定理 — 二つの両側イデアルに対する中国剰余写像の核と像を計算し、互いに素な有限個のイデアルに対する直積分解を証明する。整数環、多項式環および行列環の両側イデアルで具体例を計算する。

加群論入門

  1. 完全列 — 加群準同型からなる完全列と短完全列を定義し、分裂短完全列の同値条件を証明する。短完全列からなる可換図式について連結準同型を構成し、蛇の補題を完全証明する。加群、自由加群およびテンソル積の定義は再導入しない。
  2. 自由加群 — 集合上の自由左加群を構成し、集合から加群の台集合への写像が加群準同型へ一意に延長される普遍性を証明する。基底、直和および生成系を扱い、不変基底数を定義して可換環では不変基底数が成立することを証明し、一般環では成立しない例を示す。
  3. 有限生成加群・有限表示加群 — 有限生成左加群を、有限階数自由左加群からの全射が存在する加群として定義し、有限個の元による一次結合で書けることが同値であることを証明する。有限表示加群を有限個の関係式によって定義し、自由左加群の元を行ベクトル、準同型を右からの行列積で表す規約を定める。右加群についても同じ二通りの定義を与え、両者が同値であることを示す。非零な有限生成加群が極大部分加群をもつことを Zorn の補題によって証明する。有限生成加群の任意の商が有限生成であることと、有限表示加群を有限生成部分加群で割った商が有限表示であることを証明する。有限生成性と有限表示性が有限直和で保存されることを証明し、有限生成部分加群が有限表示とは限らない例を示す。
  4. 中山の補題 — 「イデアルの根基」で定義した Jacobson 根基を用い、有限生成加群に対する中山の補題を左右両側について証明する。証明は、Jacobson 根基に含まれるイデアルが単純加群を零にすることと、非零な有限生成加群が極大部分加群をもつことによる。部分加群に対する形と、Jacobson 根基を法とする生成系から元の加群の生成系を持ち上げる形を導く。
  5. Hom の左完全性 — 固定した加群から準同型を取る操作と固定した加群への準同型を取る操作を具体的な写像として定め、それぞれ共変および反変の意味で左完全であることを証明する。射影加群による完全性の特徴づけに必要な持上げ写像を準備する。
  6. テンソル積と Hom–tensor 対応 — M が右 R 加群、N が左 R・右 S 双加群である場合に、R 上の平衡写像に対する普遍性によって M と N のテンソル積を右 S 加群として構成する。テンソル積から定まる誘導写像、環を一方の因子とする単位同型および三つの加群を用いる結合同型を、左右と双加群の型を明示して構成し、テンソル積が直和と可換であることを証明する。P が右 S 加群である場合に、このテンソル積から P への S 線形準同型と、N から P への S 線形準同型全体を値域とする M からの R 線形準同型との Hom–tensor 対応を証明する。この対応の値域に用いる N から P への S 線形準同型全体について、N の左 R 作用から定まる右 R 加群構造を明示する。固定した R-S 双加群とのテンソル積が右 R 加群から右 S 加群への右完全関手を定めることを証明し、テンソル積が左完全ではない例を示す。可換環上の加群の局所化を構成し、局所化加群が局所化環と元の加群とのテンソル積に同型であること、および局所化の完全性を証明する。
  7. 射影加群・平坦加群 — 射影加群を準同型の持上げ性によって定義し、自由加群の直和因子、短完全列の分裂および Hom の完全性による特徴づけを証明する。左 R 加群 F は、右 R 加群を F と R 上でテンソルする関手が単射を保つときに平坦であると定義する。右 R 加群 F は、F と左 R 加群を R 上でテンソルする関手が単射を保つときに平坦であると定義する。射影性と平坦性の基本結果を一方の側について証明し、反対環上の加群への読み替えによって反対側を導く。自由加群と射影加群が平坦であること、平坦加群が射影的とは限らないこと、および可換環の任意の積閉集合による局所化環がもとの環上平坦であることを証明する。

鎖条件

  1. Noether 加群・Artin 加群・有限長加群 — 左右加群の Noether 条件と Artin 条件、単純加群、組成列および有限長を定義する。Noether 性と全部分加群の有限生成性の同値、鎖条件の短完全列に沿う保存、有限長と両鎖条件および組成列の存在の同値、加群の Jordan–Hölder の定理ならびに長さの加法性を完全に証明し、左右の鎖条件が一致しない環を扱う。
  2. Noether 環と有限生成性 — 左 Noether 環を左イデアルの昇鎖条件によって定義し、すべての左イデアルが有限生成であることおよび左正則加群が Noether であることとの同値を証明する。部分加群、商加群、有限直和および短完全列に対する保存則を証明し、左 Noether 環上の有限生成加群の部分加群が有限生成であることを導く。中心に属する不定元をもつ一変数多項式環について Hilbert 基底定理を証明する。右 Noether 環は反対環によって導き、係数の側で作用がねじれる多項式環は扱わない。
  3. 半単純加群・半単純環 — 単純加群、半単純加群および半単純環を定義する。部分加群が直和因子であること、単純加群の直和に分解することおよび短完全列がすべて分裂することの同値を証明し、有限長の場合の分解の一意性を扱う。半単純かつ Artin である加群が有限個の単純加群の直和になり、したがって有限長であることを証明し、無限個の単純加群の直和が Artin でない例を示す。
  4. 加群の根基と socle — 極大部分加群全体の共通部分として加群の根基を、単純部分加群全体の和として socle を定義し、いずれも存在しない場合の規約を定める。単純商加群への準同型による根基の特徴づけと、socle が最大の半単純部分加群であることを証明する。任意の左加群MMについてJ(R)M⊆rad⁡(M)J(R)M\subseteq\operatorname{rad}(M)であり、有限生成射影左加群では等号となり、R/J(R)R/J(R)が左半単純環ならばすべての左加群で等号となることを証明する。有限生成性だけでは等号が従わないことを、R=ZR=\mathbb Z、M=Z/p2ZM=\mathbb Z/p^2\mathbb Zによって示す。高階の根基と socle の列および Loewy 列を定義し、Noether 加群では根基の列が真に減少し、Artin 加群では socle の列が真に増大することを示す。左 Artin 環を Jacobson 根基で割った環が半単純であることを証明し、socle の列が Jacobson 根基の冪の零化部分加群と一致することを導く。右加群版は反対環によって導き、小部分加群、本質的部分加群および射影被覆は扱わない。
  5. Artin 環 — 左 Artin 環について Jacobson 根基の冪がなす降鎖の停止から socle の列が全体に達することを導き、根基の冪零性を前提とせずに左正則加群が有限長であることを証明する。ここから左 Artin 環が左 Noether 環であることを導く。soc⁡n(A)=A\operatorname{soc}_n(A)=Aとsoc⁡n(A)=Ann⁡A(Jn)\operatorname{soc}_n(A)=\operatorname{Ann}_A(J^n)からJn=0J^n=0が直接従うことを第一の証明とし、有限長性を得たあとに中山の補題を用いる導出を第二の証明として示す。左 Artin 環上の有限生成加群が有限長であることを系として述べる。Noether 条件だけでは降鎖条件が従わず Noether 環が Artin 環になるとは限らないことを、整数環のイデアル(2n)(2^n)の真の降鎖によって示す。
  6. Artin–Wedderburn の定理 — 半単純 Artin 環が斜体上の全行列環の有限直積に同型であることを完全に証明し、単純 Artin 環を特徴づける。単純加群、極小左イデアル、原始冪等元および自己準同型環の対応を明示する。
  7. 直既約加群と Krull–Schmidt の定理 — 直既約加群を定義し、有限長加群に対する Fitting の補題、直既約有限長加群の自己準同型環の局所性、有限和が単元である場合の判定、直和因子の交換補題および Krull–Schmidt の定理を完全に証明する。Jordan–Hölder の組成因子と直既約直和因子を比較し、有限次体拡大に対する Noether–Deuring 型の同型判定を導く。代数の非可換性と非可換な基礎環への拡張を区別し、同型類の反映が指定した同型写像の降下や単純性・直既約性の保存を意味しないことを示す。右加群版は反対環によって導く。

可換環論入門に向けて

  1. Euclid 整域・PID・UFD — 整除、既約元、素元および一意分解を定義し、Euclid 整域、単項イデアル整域および一意分解整域の包含関係を証明する。最大公約元、Euclid の補題および既約分解の存在と一意性を扱う。
  2. 多項式環と既約性 — 体上の一変数多項式環で除法の定理を証明し、Euclid 整域と PID の関係、既約多項式による一意分解および既約多項式を法とする商体を扱う。Eisenstein の既約判定を証明して具体例へ適用する。
  3. PID 上有限生成加群の構造定理 — PID 上の行列について、Bézout の等式と可逆な行基本変形・列基本変形を用いて Smith 標準形の存在を証明し、小行列式が生成するイデアルから単因子を復元して一意性を証明する。Smith 標準形を用いて有限生成加群を自由部分と巡回ねじれ加群の直和に分解し、単因子表示と初等因子表示の存在と一意性を証明する。有限アーベル群の分類との関係を示す。
  4. 可換 Artin 環とその加群 — 可換 Artin 環の素イデアルがすべて極大であること、極大イデアルが有限個であること、および環が有限個の Artin 局所環の直積に分解することを証明する。有限生成加群が対応する局所成分へ分解することを導く。Noether 性と Jacobson 根基の冪零性は「Artin 環」で証明した結果を可換の場合として読み替え、ここでは再証明しない。
  5. Jordan 標準形の存在再訪 — 任意の基礎体 K 上の有限次元線形空間と線形変換を多項式環 K[x] 上の有限生成ねじれ加群として表し、PID 上有限生成加群の構造定理から有理標準形を導く。最小多項式が K 上で一次式の積へ分裂する場合、同値に各不変因子が一次式の積へ分裂する場合に Jordan 標準形を導く。各巡回因子と companion block および Jordan block との対応を整理する。分解体と体拡大の構造論は後続の体論に委ねる。

中心単純代数

  1. 有限次元結合代数と中心単純代数 — 固定した基礎体上有限次元の単位的結合代数、反対代数、中心、単純代数および中心単純代数を定義する。同じ基礎体上の行列代数、有限群代数および四元数代数を例として代数のテンソル積を構成する。与えられた体準同型に沿うスカラー拡大は構成するが、体拡大の構造論は扱わない。
  2. Skolem–Noether の定理 — 固定した基礎体上の有限次元中心単純代数について、単純部分代数から中心単純代数への二つの単位元を保つ基礎体代数準同型が内部自己同型によって移り合うことを証明する。中心単純代数の基礎体代数自己同型が内部自己同型であることを系として導く。
  3. Brauer 群の定義 — 固定した基礎体上の有限次元中心単純代数について Brauer 同値を定義し、同じ基礎体上のテンソル積が同値類の可換群構造を定め、反対代数が逆元を与えることを証明する。具体的な計算、交差積代数および群コホモロジーとの関係は後続単元へ委ねる。

演習

各記事の演習では、定義を再述するだけでなく、定義を満たす例と満たさない例を判定し、構成が well-defined であることを証明し、定理の仮定を外したときに結論が変わる例を調べる。計算を含む記事では、具体的な環、加群、イデアル、行列について構成を実行する。

前半では、商環と商加群の演算、環の局所化、分数体、イデアル演算および中国剰余写像を具体的に構成する。中盤では、自由加群からの写像、完全列の完全性、連結準同型、テンソル積の誘導写像、加群の局所化、射影性、平坦性および鎖条件を定義から判定する。有限長加群については、自己準同型の Fitting 分解を証明し、Jordan–Hölder の組成因子と Krull–Schmidt の直既約因子が異なる情報を与えることを判定する。有限次体拡大に対する Noether–Deuring 型の同型判定については、スカラー制限と直既約因子の重複度比較を再構成し、結論の適用範囲を説明する。後半では、Smith 標準形と加群分解を計算し、半単純環と中心単純代数の例を分類する。

主要定理を扱う記事では、証明の各段階で用いた仮定を特定し、証明の再現、補題の補完、または証明方針の設計によって理解を確認する。有限長加群の Krull–Schmidt の定理、Artin–Wedderburn の定理、Skolem–Noether の定理および Brauer 群の群構造は、結論だけでなく証明の依存関係を説明する対象とする。

後続単元との分担と扱わない範囲

Krull–Schmidt の定理は、一般の単位的結合環上の有限長加群について証明する。その結論を Noether 条件だけ、または Artin 条件だけを仮定する加群へは拡張しない。一般の Krull–Schmidt 圏、Azumaya による無限直和への一般化、および半完全環上の有限生成射影加群への一般化は扱わない。Noether–Deuring 型の同型判定は有限次体拡大について証明するが、非可換な基礎環に沿う一般のテンソル積、指定した同型写像の降下、および単純性・直既約性の保存は扱わない。

  • ホモロジー代数は、加法圏・アーベル圏の一般論、導来関手、Ext、Tor、群コホモロジーを扱う。本単元は、加群の完全列、射影性、平坦性、テンソル積について、後続の抽象化に必要な結果を加群の言葉で証明する。
  • 可換環論は、整拡大の基本事項、素スペクトル、構造層、忠実平坦降下、付値環、準素分解、完備化、正則列、形式的平滑性および Cohen 構造定理を扱う。本単元は、環と加群の局所化、PID 上の加群および可換 Artin 環までを扱う。
  • 非可換環論は、森田理論、原始環、Goldie の定理、Ore 局所化、非可換 Noether 代数の構造論を扱う。本単元は、Artin–Wedderburn の定理、Skolem–Noether の定理、Brauer 群の定義までを扱う。
  • 加群論は、普遍単射、Lazard の定理、アーベル圏の torsion theory、平坦被覆、Mittag–Leffler 加群を扱う。本単元は、射影加群と平坦加群の基本性質までを扱う。
  • 体論入門は、体拡大、分離性、純非分離性、有限次および無限次の Galois 理論を扱う。本単元は、体を可換環および斜体の例として扱うほか、中心単純代数、Skolem–Noether の定理、Brauer 群では、固定した基礎体を係数として用いる。与えられた体準同型に沿うスカラー拡大は構成するが、体拡大の構造論は扱わない。
  • 微分 Galois 理論と実体の理論は、本単元の範囲外である。
  • 圏論 Iと圏論 IIは、関手、自然変換、随伴、普遍対象の一般論を扱う。本単元は、自由加群とテンソル積の普遍性、Hom–tensor 対応を具体的な写像によって証明する。

大学課程における位置づけ

本単元は、線形代数と群論の後に置かれる代数学の基礎単元である。体上のベクトル空間で得られた線形代数を一般の環上の加群へ拡張することにより、基底が常に存在する場合と存在しない場合、短完全列が常に分裂する場合と分裂しない場合、テンソル積が単射を保つ場合と保たない場合を区別することができる。

可換側の学習は、局所化と PID 上の加群を入口として、可換環論へ続く。非可換側の学習は、半単純環と中心単純代数を入口として、非可換環論へ続く。完全列、射影加群、平坦加群、テンソル積は、ホモロジー代数と加群論が一般化する。体の拡大と Galois 理論は、本単元に含めず、体論入門で独立して扱う。