§E3.21Cayley–Hamilton の定理

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Cayley–Hamilton の定理は、有限次元自己準同型TTが自身の特性多項式を満たすことを述べる。

χT(T)=0.\chi_T(T)=0.

KKが可換体なら、係数ごとの加法と多項式の積を備えたK[t]K[t]は§E3.1 定義 1.2の意味で単位元をもつ可換環である。実際、環の各等式は係数ごとにKKの (F1) から (F7) までと (F9) へ帰着し、定数多項式11が零でない乗法単位元になる。A∈Mn(K)A\in M_n(K)に対してtI−AtI-Aの(i,j)(i,j)成分はtδij−aij∈K[t]t\delta_{ij}-a_{ij}\in K[t]なので、tI−A∈Mn(K[t])tI-A\in M_n(K[t])である。Mn(K[t])M_n(K[t])自体は一般には可換環でないが、行列式と随伴行列の恒等式に必要なのは係数環K[t]K[t]の乗法が可換であることである。

一方、スカラー係数多項式p∈K[t]p\in K[t]に対するp↦p(A)p\mapsto p(A)は§E3.18 定理 1.2が与える環準同型である。この事実は、行列係数多項式へはそのまま拡張されない。実際、n≥2n\ge2の場合にAB≠BAAB\ne BAを満たすA,B∈Mn(K)A,B\in M_n(K)を取り、F(t)=tIF(t)=tI、G(t)=BG(t)=Bとする。行列係数多項式について形式的に

ev⁡A(∑mBmtm)=∑mBmAm\operatorname{ev}_A\left(\sum_m B_mt^m\right)=\sum_m B_mA^m

と定めると、(FG)(A)=BA(FG)(A)=BAである一方、F(A)G(A)=ABF(A)G(A)=ABである。したがって、この評価は一般には環準同型でない。とくに、χT(t)=det⁡(tI−A)\chi_T(t)=\det(tI-A)の不定元ttへ行列AAを直接入れてdet⁡(AI−A)=0\det(AI-A)=0とする推論は正しくない。本記事は、K[t]K[t]上の随伴行列恒等式の係数を比較した後、得られたスカラー係数多項式だけをAAへ評価する。

1 随伴行列恒等式

補題 1.1.RRを§E3.1 定義 1.2の意味で単位元をもつ可換環とし、MMをRR成分のn×nn\times n行列とする。各成分の余因子を転置して並べた随伴行列をadj⁡(M)\operatorname{adj}(M)とすると

Madj⁡(M)=adj⁡(M)M=(det⁡M)InM\operatorname{adj}(M)=\operatorname{adj}(M)M=(\det M)I_n

が成り立つ。

証明.Madj⁡(M)M\operatorname{adj}(M)の(i,j)(i,j)成分は、jj行目をii行目で置き換えた行列をjj行に沿って余因子展開した値である。i=ji=jなら元の行列の行列式det⁡M\det Mになり、i≠ji\ne jなら同じ行を二つもつ行列の行列式なので零になる。したがってMadj⁡(M)=(det⁡M)IM\operatorname{adj}(M)=(\det M)Iである。列について同じ議論を行うとadj⁡(M)M=(det⁡M)I\operatorname{adj}(M)M=(\det M)Iを得る。余因子展開は加法と乗法が可換であれば成立するので、RRが体である必要はない。▨

2 定理の証明

定理 2.1 (Cayley–Hamilton の定理).VVを有限次元、T:V→VT:V\to Vを自己準同型とする。このとき

χT(T)=0\chi_T(T)=0

が成り立つ。

証明.n=dim⁡Vn=\dim Vとし、n=0n=0の場合は零空間上の等式なので成立する。n≥1n\ge1とする。基底を一つ選び、TTの表現行列をAAとする。上で確認したとおり、K[t]K[t]は単位元をもつ可換環であり、tI−A∈Mn(K[t])tI-A\in M_n(K[t])である。したがって補題 1.1をtI−AtI-Aに適用すると

(tI−A)adj⁡(tI−A)=χT(t)I(tI-A)\operatorname{adj}(tI-A)=\chi_T(t)I

を得る。随伴行列の各成分は(n−1)×(n−1)(n-1)\times(n-1)小行列式なので、ttについて高々n−1n-1次である。したがって定数行列B0,…,Bn−1B_0,\ldots,B_{n-1}を用いて

adj⁡(tI−A)=B0+B1t+⋯+Bn−1tn−1\operatorname{adj}(tI-A)=B_0+B_1t+\cdots+B_{n-1}t^{n-1}

と書くことができる。また

χT(t)=c0+c1t+⋯+cntn,cn=1\chi_T(t)=c_0+c_1t+\cdots+c_nt^n,\qquad c_n=1

と書く。B−1=Bn=0B_{-1}=B_n=0と約束する。

多項式行列の等式でtmt^mの係数を比較すると、0≤m≤n0\le m\le nについて

Bm−1−ABm=cmIB_{m-1}-AB_m=c_mI

を得る。この等式の左からAmA^mを掛け、m=0,…,nm=0,\ldots,nについて加えると

∑m=0n(AmBm−1−Am+1Bm)=∑m=0ncmAm.\sum_{m=0}^{n}\bigl(A^mB_{m-1}-A^{m+1}B_m\bigr) =\sum_{m=0}^{n}c_mA^m.

左辺では、mm番目の第二項−Am+1Bm-A^{m+1}B_mとm+1m+1番目の第一項Am+1BmA^{m+1}B_mが打ち消し合う。端の項もB−1=Bn=0B_{-1}=B_n=0によって零なので、左辺全体は零である。したがって

0=∑m=0ncmAm=χT(A).0=\sum_{m=0}^{n}c_mA^m=\chi_T(A).

最後の等号は、cm∈Kc_m\in Kを係数とするスカラー係数多項式に§E3.18 定理 1.2を適用したものである。これは選んだ基底に関するχT(T)\chi_T(T)の表現行列が零であることを意味するためχT(T)=0\chi_T(T)=0である。▨

証明では、行列係数多項式adj⁡(tI−A)=∑Bmtm\operatorname{adj}(tI-A)=\sum B_mt^mへAAを代入していない。係数比較で得た各行列等式へ左からAmA^mを掛けて足しただけである。AAとBmB_mの可換性も仮定していないため、行列係数をスカラー係数のように扱う誤りは生じない。これは、冒頭で示した行列係数多項式の形式的な評価が一般には環準同型でないことを回避している。

例 2.2 (随伴行列の係数比較).

A=(abcd)A=\begin{pmatrix}a&b\\c&d\end{pmatrix}

とする。

tI−A=(t−a−b−ct−d),adj⁡(tI−A)=(t−dbct−a)=tI+B0,tI-A=\begin{pmatrix}t-a&-b\\-c&t-d\end{pmatrix},\qquad \operatorname{adj}(tI-A) =\begin{pmatrix}t-d&b\\c&t-a\end{pmatrix} =tI+B_0,

ただしB0=(−dbc−a)B_0=\begin{pmatrix}-d&b\\c&-a\end{pmatrix}である。特性多項式は

χA(t)=t2−(a+d)t+(ad−bc)\chi_A(t)=t^2-(a+d)t+(ad-bc)

である。係数比較は

B1=I,B0−AB1=−(a+d)I,−AB0=(ad−bc)IB_1=I,\qquad B_0-AB_1=-(a+d)I,\qquad -AB_0=(ad-bc)I

を与える。中央の式へ左からAAを掛け、最後の式と加えると

A2−(a+d)A+(ad−bc)I=0A^2-(a+d)A+(ad-bc)I=0

を得る。これは二次の場合の Cayley–Hamilton の等式である。

3 逆行列と高い冪

系 3.1.n=dim⁡V≥1n=\dim V\geq1とし、χT(t)=tn+cn−1tn−1+⋯+c0\chi_T(t)=t^n+c_{n-1}t^{n-1}+\cdots+c_0とする。任意のp∈K[t]p\in K[t]に対し、χT\chi_Tによる多項式の除法の剰余としてdeg⁡r<n\deg r<nを満たすただ一つのrrが存在し、このrrは

p(T)=r(T)p(T)=r(T)

となる。

証明. 多項式の除法によりp=qχT+rp=q\chi_T+r、deg⁡r<n\deg r<nとただ一通り書くことができる。定理 2.1と作用素多項式の積の性質から

p(T)=q(T)χT(T)+r(T)=r(T)p(T)=q(T)\chi_T(T)+r(T)=r(T)

である。▨

系 3.2.n=dim⁡V≥1n=\dim V\geq1とする。TTが可逆ならc0=(−1)ndet⁡T≠0c_0=(-1)^n\det T\ne0であり、

T−1=−c0−1(Tn−1+cn−1Tn−2+⋯+c2T+c1I)T^{-1} =-c_0^{-1}\left( T^{n-1}+c_{n-1}T^{n-2}+\cdots+c_2T+c_1I \right)

である。

証明. Cayley–Hamilton の等式を

T(Tn−1+cn−1Tn−2+⋯+c2T+c1I)=−c0IT\left(T^{n-1}+c_{n-1}T^{n-2}+\cdots+c_2T+c_1I\right)=-c_0I

と因数分解する。c0≠0c_0\ne0なので右辺の括弧へ−c0−1-c_0^{-1}を掛けた自己準同型はTTの右逆である。有限次元では右逆をもつ自己準同型は全射であり、したがって同型である。その右逆は逆写像T−1T^{-1}に一致する。▨

例 3.3 (二次行列の冪と逆行列).

A=(2112)A=\begin{pmatrix}2&1\\1&2\end{pmatrix}

ではχA(t)=t2−4t+3\chi_A(t)=t^2-4t+3なので

A2=4A−3I.A^2=4A-3I.

この式からA3=4A2−3A=13A−12IA^3=4A^2-3A=13A-12Iを得る。またc0=3c_0=3なので

A−1=−13(A−4I)=13(2−1−12).A^{-1}=-\frac13(A-4I) =\frac13\begin{pmatrix}2&-1\\-1&2\end{pmatrix}.

直接掛けるとAA−1=IAA^{-1}=Iとなり、公式を確認することができる。

4 演習

問題 4.1 (Cayley–Hamilton の証明監査). 証明の望遠鏡和でAAとBmB_mの可換性を用いていないことを、打ち消し合う二項をその順序のまま示して説明せよ。

解答.

mm番目の式から生じる第二項は−Am+1Bm-A^{m+1}B_mであり、m+1m+1番目の式から生じる第一項はAm+1BmA^{m+1}B_mである。二項では因子の順序が完全に同じなので、そのまま打ち消し合う。BmAm+1B_mA^{m+1}へ並べ替える操作は行っておらず、ABm=BmAAB_m=B_mAを仮定していない。▨

参考文献

  1. Kenneth Hoffman and Ray Kunze, Linear Algebra, 2nd ed., Prentice Hall, Englewood Cliffs, N.J., 1971.Cayley–Hamilton の定理と作用素多項式への応用を参考にした。
  2. Serge Lang, Linear Algebra, 3rd ed., Springer, New York, 1987.随伴行列による Cayley–Hamilton の証明を参考にした。

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