1 完全性
定義 1.1. 線形写像の列
⋯⟶Vi−1di−1VidiVi+1⟶⋯がViで完全 (exact) であるとは
imdi−1=kerdiが成り立つことをいう。全ての項で完全である列を完全列 (exact sequence) という。
完全性からdi∘di−1=0が従うが、合成が零であることだけでは完全性は従わない。合成が零であることはimdi−1⊆kerdiしか与えない。
命題 1.2. 線形写像f:U→V、g:V→Wについて次が成り立つ。
- 0→UfVがUで完全であることと、fが単射であることは同値である。
- VgW→0がWで完全であることと、gが全射であることは同値である。
証明. 零空間からUへの写像の像は{0U}である。したがってUでの完全性はkerf={0U}と同値であり、§E3.4 命題 1.5によりfの単射性と同値である。Wから零空間への写像の核はW全体である。したがってWでの完全性はimg=Wと同値であり、gの全射性と同値である。▨
定義 1.3. 列
0⟶UiVpW⟶0が完全であるとき、この列を短完全列 (short exact sequence) という。すなわちiは単射、pは全射であり、imi=kerpが成り立つ。
例 1.4 (部分空間が定める短完全列). 部分空間U⊆Vに対し、包含写像ι:U→Vと標準射影π:V→V/Uを用いた
0⟶UιVπV/U⟶0は短完全列である。包含写像は単射であり、標準射影は全射である。§E3.6 命題 1.5によりkerπ=U=imιなので、中央でも完全である。
2 分裂
定義 2.1. 短完全列0→UiVpW→0に対し、線形写像s:W→Vがp∘s=idWを満たすとき、sをpの切断 (section) という。線形写像r:V→Uがr∘i=idUを満たすとき、rをiの左逆写像 (left inverse)(レトラクション (retraction))という。切断または左逆写像が存在する短完全列を分裂する (split) という。
定理 2.2. 短完全列
0⟶UiVpW⟶0について、次の条件は同値である。
- pの切断s:W→Vが存在する。
- V=imi⊕Cかつp∣C:C→Wが同型となる部分空間Cが存在する。
- 写像Φ:U⊕W→V、Φ(u,w)=i(u)+s(w)が、ある切断sによって線形同型になる。
- iの左逆写像(レトラクション)r:V→Uが存在する。
証明.(1)⇒(2)を示す。C=imsとする。p∘s=idWなのでsは単射であり、p∣Cはsを逆写像にもつ同型である。v∈Vに対して
v=(v−s(p(v)))+s(p(v))と書くことができる。第一項にpを施すと零なので、第一項はkerp=imiに属する。したがってV=imi+Cである。x∈imi∩Cならp(x)=0であり、p∣Cは単射なのでx=0である。よって直和である。
(2)⇒(1)を示す。p∣Cの逆写像W→Cと包含写像C↪Vの合成をsとすればp∘s=idWである。
(1)⇔(3)を示す。切断sがあれば、上で示したV=imi⊕imsとi,sの単射性によりΦ(u,w)=i(u)+s(w)は全単射である。線形性も定義から従う。逆に(3)には切断の存在が含まれている。
(1)⇒(4)を示す。分解v=i(u)+s(w)は一意なのでr(v)=uと定めると、rは線形でr∘i=idUを満たす。(4)⇒(2)を示す。C=kerrとする。任意のv∈Vは
v=i(r(v))+(v−i(r(v)))と書け、第二項はkerrに属する。i(u)∈kerrならu=r(i(u))=0なので和は直和である。p∣Cの核はC∩kerp=C∩imi={0}である。またw∈Wに対してp(v)=wとなるvを取り、c=v−i(r(v))∈Cとすればp(c)=wなので、p∣Cは全射でもある。したがって同型である。▨
定理 2.3. 可換体K上の線形空間の任意の短完全列は分裂する。
証明.0→UiVpW→0を短完全列とする。imiの基底をVの基底へ延長し、追加した基底ベクトルが張る部分空間をCとする。基底の構成からV=imi⊕Cである。定理 2.2の証明と同様に、p∣Cの核はC∩kerp=C∩imi={0}である。任意のw∈Wに対してp(v)=wとなるv∈Vを取り、直和分解v=i(u)+cを用いるとp(c)=wとなるのでp∣Cは全射である。したがってp∣Cは同型であり、短完全列は分裂する。▨
例 2.4 (分裂は一意でも自然でもない). 短完全列
0⟶KiK2pK⟶0,i(x)=(x,0),p(x,y)=yを考える。各a∈Kに対してsa(t)=(at,t)とおくとp(sa(t))=tなので、全てのsaが切断である。Kが二つ以上の元をもつため、切断は一意でない。
さらに各c∈Kに対してFc(x,y)=(x+cy,y)とおくと、Fc∘i=iかつp∘Fc=pである。したがってFcは短完全列の両端を固定する自己同型である。ところがFc∘sa=sa+cである。全ての自己同型Fcによって固定される切断は存在しないので、この短完全列のデータだけから自己同型と両立する切断を選ぶことはできない。
3 演習
問題 3.1 (分裂証明の再構成). 切断sからV=kerp⊕imsを示すとき、任意のv∈Vを二つの成分へ分ける式と、交わりが零であることを示す一手を書け。
解答.
分解式はv=(v−s(p(v)))+s(p(v))である。第一項にpを施すと零なのでkerpに属し、第二項はimsに属する。x∈kerp∩imsをx=s(w)と書くと、0=p(x)=p(s(w))=wなのでx=s(0)=0である。▨