§E3.36Schur のユニタリ三角化

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複素数体上では全ての非定数多項式が一次因子へ分解するため、有限次元自己準同型には固有ベクトルが存在する。この事実は代数学の基本定理であり、本単元では証明せずに認めて用いる。証明は「位相空間論 I」が受け持ち、コンパクト集合の上で連続関数が最小値をとることから導く(§E2.9 定理 6.3)。固有ベクトルを正規化し、その直交補空間へ圧縮した作用素に帰納法を適用すると、元の作用素を正規直交基底で上三角化することができる。この証明は QR 分解を用いない。

1 直交補空間への圧縮

定義 1.1.VVを有限次元内積空間、W⊆VW\subseteq Vを部分空間、PW:V→WP_W:V\to Wを直交射影とする。T∈End⁡(V)T\in\operatorname{End}(V)に対して

TW=PW∘T∣W:W⟶WT_W=P_W\circ T|_W:W\longrightarrow W

をTTのWWへの 圧縮 (compression) という。WWがTT-不変ならTW=T∣WT_W=T|_Wであるが、圧縮はWWが不変でない場合にも定義される。

圧縮を用いる理由は、固有ベクトルの直交補空間が一般の作用素について不変とは限らないからである。

2 Schur の定理

定理 2.1 (Schur のユニタリ三角化).VVをnn次元複素内積空間、T∈End⁡(V)T\in\operatorname{End}(V)とする。このとき、VVの正規直交基底(e1,…,en)(e_1,\ldots,e_n)が存在し、その基底に関するTTの表現行列は上三角行列である。対角成分はTTの固有値を代数的重複度とともに並べたものである。

証明方針は、複素数体上で固有ベクトルを一つ選び、その直交補空間への圧縮を正規直交基底で上三角化する帰納法である。圧縮の基底を元の固有ベクトルの後へ並べると、元の作用素も上三角になる。

証明.nnについて帰納法を用いる。n=0n=0の場合は空基底に関する空行列について成立する。n≥1n\geq1とし、n−1n-1次元以下で主張が成立すると仮定する。

§E3.25 系 1.4をK=CK=\mathbb Cに適用すると、TTは固有値λ∈C\lambda\in\mathbb Cと非零固有ベクトルをもつ。固有ベクトルを正規化してe1e_1とする。W=e1⊥W=e_1^\perpと置くとdim⁡W=n−1\dim W=n-1であり、

B=PW∘T∣W:W→WB=P_W\circ T|_W:W\to W

はWWの自己準同型である。帰納法の仮定により、WWにはBBの表現行列を上三角にする正規直交基底(e2,…,en)(e_2,\ldots,e_n)が存在する。

(e1,e2,…,en)(e_1,e_2,\ldots,e_n)はVVの正規直交基底である。Te1=λe1Te_1=\lambda e_1なのでTe1∈span⁡(e1)Te_1\in\operatorname{span}(e_1)である。j≥2j\geq2に対し、TejTe_jを

Tej=⟨Tej,e1⟩e1+PWTejTe_j=\langle Te_j,e_1\rangle e_1+P_WTe_j

と直交分解する。PWTej=BejP_WTe_j=Be_jであり、BBの上三角性から

Bej∈span⁡(e2,…,ej).Be_j\in\operatorname{span}(e_2,\ldots,e_j).

したがって

Tej∈span⁡(e1,…,ej)Te_j\in\operatorname{span}(e_1,\ldots,e_j)

である。全てのjjについてこの包含が成り立つことは、表現行列が上三角であることと同値である。

上三角行列R=(rij)R=(r_{ij})の特性多項式は

det⁡(tI−R)=∏j=1n(t−rjj)\det(tI-R)=\prod_{j=1}^n(t-r_{jj})

である。特性多項式は基底に依存しないので、対角成分はTTの固有値を代数的重複度とともに並べたものである。▨

系 2.2 (行列による Schur 分解). 任意のA∈Mn(C)A\in M_n(\mathbb C)に対して、ユニタリ行列QQと上三角行列RRが存在して

A=QRQ∗,Q∗AQ=RA=QRQ^*,\qquad Q^*AQ=R

を満たす。

証明.AAが標準内積空間Cn\mathbb C^nに定める自己準同型へ定理 2.1を適用する。得られた正規直交基底を列に並べた行列をQQとするとQ∗Q=QQ∗=IQ^*Q=QQ^*=Iであり、基底変更の式からQ∗AQ=RQ^*AQ=Rは上三角である。両辺へ左からQQ、右からQ∗Q^*を掛けるとA=QRQ∗A=QRQ^*を得る。▨

例 2.3 (圧縮による二次の計算). 標準内積をもつR2⊂C2\mathbb R^2\subset\mathbb C^2上で

A=(01−23)A=\begin{pmatrix}0&1\\-2&3\end{pmatrix}

とする。e1=2−1/2(1,1)Te_1=2^{-1/2}(1,1)^{\mathsf T}は固有値11の単位固有ベクトルであり、e2=2−1/2(1,−1)Te_2=2^{-1/2}(1,-1)^{\mathsf T}はe1⊥e_1^\perpの単位基底である。Q=(e1 e2)Q=(e_1\ e_2)と置くと

QTAQ=(1−302).Q^{\mathsf T}AQ =\begin{pmatrix}1&-3\\0&2\end{pmatrix}.

第2列について、Ae2Ae_2のe1e_1成分は−3-3、e1⊥e_1^\perpへの圧縮成分は2e22e_2である。直交補空間そのものがAA-不変でなくても、圧縮を帰納法へ用いることができる。

3 実 Schur 形との関係

注意 3.1 (実 Schur 形). 実行列の複素 Schur 形を実線形空間上の表示へ移すと、非実固有値λ=a+ib\lambda=a+ibとλ‾=a−ib\overline\lambda=a-ibは一つの実二次元成分としてまとめられる。実 Schur 形は、直交行列による基底変更で対角ブロックが実固有値に対応する1×11\times1ブロックと、非実共役対に対応する2×22\times2ブロックからなるブロック上三角行列を得る結論である。

この対応は、実行列AAの複素固有ベクトルz=x+iyz=x+iyがAz=(a+ib)zAz=(a+ib)zを満たすとき

Ax=ax−by,Ay=bx+ayAx=ax-by,\qquad Ay=bx+ay

となり、実平面span⁡R{x,y}\operatorname{span}_{\mathbb R}\{x,y\}がAA-不変になることに由来する。本記事では実 Schur 形の構成手続きを主定理の証明に用いない。

4 QR 法との関係

注意 4.1 (QR 分解との代数的な関係). 実可逆正方行列についてA=QRA=QRが QR 分解であり、QQが直交行列、RRが上三角行列であるとする。このとき

RQ=QTAQRQ=Q^{\mathsf T}AQ

であるため、AAとRQRQは直交相似であり、同じ特性多項式をもつ。QR 法はこの相似変換を反復し、 Schur 形に関係する上三角またはブロック上三角の表示を数値的に近似する方法である。

ここで示したのは一回の変形に関する代数的等式だけである。反復の収束、シフトの選択、数値安定性、および有限精度の誤差評価は数値解析の範囲であり、本記事では扱わない。また定理 2.1の証明は QR 分解を用いていない。

5 演習

問題 5.1 (帰納法で必要な写像).Te1=λe1Te_1=\lambda e_1であっても、e1⊥e_1^\perpがTT-不変であるとは限らない。帰納法を適用する対象は

T∣e1⊥T|_{e_1^\perp}

ではなく

Pe1⊥T∣e1⊥:e1⊥→e1⊥P_{e_1^\perp}T|_{e_1^\perp}:e_1^\perp\to e_1^\perp

である。後者は常にe1⊥e_1^\perpの自己準同型であり、その上三角表示にe1e_1方向の成分を加えるとTTの上三角表示を得る。

参考文献

  1. Sheldon Axler, Linear Algebra Done Right, 4th ed., Springer, 2024.固有ベクトルと直交射影を用いる Schur のユニタリ三角化の帰納証明を参考にした。
  2. Roger A. Horn and Charles R. Johnson, Matrix Analysis, 2nd ed., Cambridge University Press, Cambridge, 2013.複素 Schur 形と実 Schur 形の関係を参考にした。

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