§E3.37有限次元スペクトル定理

最終更新

Schur の定理は任意の複素作用素を正規直交基底で上三角化する。作用素が正規なら、上三角行列の非対角成分は正規性と両立せず、全て零になる。この事実から複素正規作用素のユニタリ対角化を得る。実自己随伴作用素は複素化してこの定理を適用した後、各実固有空間から実正規直交基底を選ぶことができる。

1 正規な上三角行列

補題 1.1. 複素上三角行列R∈Mn(C)R\in M_n(\mathbb C)が

R∗R=RR∗R^*R=RR^*

を満たすなら、RRは対角行列である。

証明方針は、二つの積の(1,1)(1,1)成分を比較して第1行の非対角成分を消し、残る主小行列へ帰納法を適用することである。

証明.nnについて帰納法を用いる。n=0,1n=0,1では主張は成立する。n≥2n\geq2とする。RRは上三角なので、第1列で零でない可能性があるのはr11r_{11}だけである。したがって

(R∗R)11=∣r11∣2.(R^*R)_{11}=|r_{11}|^2.

一方、

(RR∗)11=∑j=1n∣r1j∣2.(RR^*)_{11}=\sum_{j=1}^n|r_{1j}|^2.

正規性から二つは等しいので

∑j=2n∣r1j∣2=0.\sum_{j=2}^n|r_{1j}|^2=0.

各項は非負であるからr1j=0 (j≥2)r_{1j}=0\ (j\geq2)である。上三角性と合わせると

R=(r1100R1)R=\begin{pmatrix}r_{11}&0\\0&R_1\end{pmatrix}

となり、R1R_1も上三角である。正規性の等式をブロックごとに比較するとR1∗R1=R1R1∗R_1^*R_1=R_1R_1^*なので、帰納法の仮定からR1R_1は対角行列である。よってRRも対角行列である。▨

2 複素正規作用素

定理 2.1 (複素有限次元スペクトル定理).VVを有限次元複素内積空間、T∈End⁡(V)T\in\operatorname{End}(V)とする。次は同値である。

  1. TTは正規である。
  2. VVにはTTの固有ベクトルからなる正規直交基底が存在する。
  3. 任意の正規直交基底に関するTTの表現行列AAに対し、ユニタリ行列QQと対角行列DDが存在してA=QDQ∗A=QDQ^*と表される。

証明方針は、正規作用素へ Schur のユニタリ三角化を適用し、補題 1.1によって上三角行列を対角行列にすることである。逆向きは対角行列とその随伴が可換することから従う。

証明.(1)⇒\Rightarrow(2)を示す。§E3.36 定理 2.1により、ある正規直交基底に関するTTの表現行列RRは上三角である。正規性は正規直交基底に関する行列でR∗R=RR∗R^*R=RR^*と表されるので、補題 1.1からRRは対角行列である。したがって、この正規直交基底は固有ベクトルからなる。

(2)⇒\Rightarrow(3)を示す。その正規直交固有基底に関する表現行列をDDとするとDDは対角行列である。最初に固定した正規直交基底からこの固有基底への基底変換行列をQQとすれば、QQはユニタリでありA=QDQ∗A=QDQ^*となる。

(3)⇒\Rightarrow(1)を示す。DDは対角行列なのでD∗D=DD∗D^*D=DD^*である。また

A∗=QD∗Q∗A^*=QD^*Q^*

であるから

A∗A=QD∗DQ∗=QDD∗Q∗=AA∗.A^*A=QD^*DQ^*=QDD^*Q^*=AA^*.

したがってTTは正規である。▨

系 2.2.TTを有限次元複素内積空間の正規作用素とし、相異なる固有値の集合をSpec⁡(T)\operatorname{Spec}(T)とする。各固有空間への直交射影をPλP_\lambdaとすると

V=⨁⊥λ∈Spec⁡(T)ker⁡(T−λI),V=\mathbin{\mathop{\bigoplus}^{\perp}}_{\lambda\in\operatorname{Spec}(T)} \ker(T-\lambda I),I=∑λPλ,T=∑λλPλ,PλPμ=0(λ≠μ)I=\sum_\lambda P_\lambda,\qquad T=\sum_\lambda\lambda P_\lambda,\qquad P_\lambda P_\mu=0\quad(\lambda\ne\mu)

が成り立つ。

証明.定理 2.1 (2)の正規直交固有基底を固有値ごとにまとめると、固有空間の直交直和がVV全体になる。直交直和に関する射影は和が恒等写像になり、相異なる成分への射影の積は零である。x=∑λxλx=\sum_\lambda x_\lambda、xλ∈ker⁡(T−λI)x_\lambda\in\ker(T-\lambda I)と書けば

Tx=∑λλxλ=∑λλPλxTx=\sum_\lambda\lambda x_\lambda =\sum_\lambda\lambda P_\lambda x

なので作用素の表示も得る。▨

系 2.3.VVを有限次元複素内積空間、T∈End⁡C(V)T\in\operatorname{End}_{\mathbb C}(V)とする。

  1. TTが自己随伴であるための必要十分条件は、TTが正規であり、全ての固有値が実数であることである。
  2. TTがユニタリであるための必要十分条件は、TTが正規であり、全ての固有値の絶対値が11であることである。
  3. TTが正作用素であるための必要十分条件は、TTが正規であり、全ての固有値が非負の実数であることである。

証明. 必要性は§E3.35 命題 4.3と、自己随伴作用素・ユニタリ作用素・正作用素が正規であることから従う。正作用素が正規であることは自己随伴性から従う。

逆に、正規直交固有基底に関するTTの表現行列をD=diag⁡(λ1,…,λn)D=\operatorname{diag}(\lambda_1,\ldots,\lambda_n)とする。全てのλi\lambda_iが実ならD∗=DD^*=Dである。全ての∣λi∣=1|\lambda_i|=1ならD∗D=DD∗=ID^*D=DD^*=Iである。全てのλi≥0\lambda_i\geq0ならD∗=DD^*=Dであり、x=∑ixieix=\sum_i x_ie_iに対して

⟨Tx,x⟩=∑iλi∣xi∣2≥0.\langle Tx,x\rangle=\sum_i\lambda_i|x_i|^2\geq0.

各性質は正規直交基底の変更に依存しないので、対応する十分性を得る。▨

3 実自己随伴作用素

定理 3.1 (実自己随伴作用素のスペクトル定理).VVを有限次元実内積空間、T∈End⁡(V)T\in\operatorname{End}(V)を自己随伴作用素とする。このとき、VVにはTTの固有ベクトルからなる実正規直交基底が存在する。したがって、実対称行列は直交行列によって実対角行列へ相似変換される。

証明方針は、実正規直交基底で得られる実対称行列を複素行列とみなして複素スペクトル定理を適用し、各実固有値の複素固有空間が対応する実固有空間の複素化であることを用いて、実固有空間の次元の総和を求めることである。

証明.VVの実正規直交基底を一つ選び、TTの表現行列をAAとする。自己随伴性からAT=AA^{\mathsf T}=Aである。AAをCn\mathbb C^n上の行列とみなすとA∗=AT=AA^*=A^{\mathsf T}=Aなので、複素上でも自己随伴であり、特に正規である。定理 2.1によりCn\mathbb C^nはAAの複素固有空間の直交直和になる。§E3.35 命題 4.3により、その固有値は全て実数である。

λ∈R\lambda\in\mathbb Rとし、(A−λI)(x+iy)=0(A-\lambda I)(x+iy)=0、x,y∈Rnx,y\in\mathbb R^nとする。A−λIA-\lambda Iは実行列なので

(A−λI)x=0,(A−λI)y=0.(A-\lambda I)x=0,\qquad(A-\lambda I)y=0.

したがって、λ\lambdaに対する複素固有空間は、対応する実固有空間の複素化である。特に複素固有空間の複素次元は実固有空間の実次元に等しい。複素固有空間の次元の総和はnnなので、実固有空間の次元の総和もnnである。

実固有ベクトルTx=λxTx=\lambda x、Ty=μyTy=\mu yに対して

λ⟨x,y⟩=⟨Tx,y⟩=⟨x,Ty⟩=μ⟨x,y⟩\lambda\langle x,y\rangle =\langle Tx,y\rangle =\langle x,Ty\rangle =\mu\langle x,y\rangle

である。したがってλ≠μ\lambda\ne\muなら二つの実固有空間は直交する。各実固有空間で Gram–Schmidt の手続きを用いて実正規直交基底を選び、それらを連結するとVVの実正規直交固有基底を得る。基底ベクトルを列に並べた行列は直交行列なので、行列による結論も従う。▨

4 可換な正規作用素の同時対角化

定理 4.1.VVを有限次元複素内積空間とし、T1,…,TrT_1,\ldots,T_rを二つずつ可換な正規作用素とする。このときVVには、全てのTjT_jの固有ベクトルであるベクトルからなる正規直交基底が存在する。

証明方針は、作用素の個数について帰納法を用いることである。最初の作用素の直交固有空間分解を取り、可換性から残りの作用素を各固有空間へ制限し、その制限族へ帰納法を適用する。

証明.rrについて帰納法を用いる。r=0,1r=0,1では、空の条件または定理 2.1により成立する。r≥2r\geq2とし、r−1r-1個以下の場合を仮定する。

T1T_1の直交スペクトル分解を

V=⨁⊥λEλ,Eλ=ker⁡(T1−λI)V=\mathbin{\mathop{\bigoplus}^{\perp}}_{\lambda}E_\lambda, \qquad E_\lambda=\ker(T_1-\lambda I)

とする。j≥2j\geq2とx∈Eλx\in E_\lambdaに対して

T1(Tjx)=Tj(T1x)=λTjxT_1(T_jx)=T_j(T_1x)=\lambda T_jx

なので、各EλE_\lambdaは全てのTjT_jによって保たれる。

各制限が正規であることを確認する。TjT_jの相異なる固有値をμ\muとし、その固有空間への直交射影をQμQ_\muとする。系 2.2と、各固有空間上での作用を比較することにより

Qμ=∏ν≠μTj−νIμ−νQ_\mu =\prod_{\nu\ne\mu}\frac{T_j-\nu I}{\mu-\nu}

である。この積はTjT_jの相異なる固有値ν\nu全体について取り、空積はIIとする。実際、このTjT_jの多項式はμ\mu-固有空間上で恒等写像となり、他の固有空間上で零写像となる。各EλE_\lambdaはTjT_j-不変なので、TjT_jの多項式であるQμQ_\muによっても保たれる。したがって

Eλ=⨁⊥μQμ(Eλ)E_\lambda =\mathbin{\mathop{\bigoplus}^{\perp}}_\mu Q_\mu(E_\lambda)

であり、Qμ(Eλ)⊆ker⁡(Tj−μI)Q_\mu(E_\lambda)\subseteq\ker(T_j-\mu I)である。よってEλE_\lambdaにはTj∣EλT_j|_{E_\lambda}の固有ベクトルからなる正規直交基底が存在し、定理 2.1の逆向きから各制限

Tj∣Eλ:Eλ→EλT_j|_{E_\lambda}:E_\lambda\to E_\lambda

は正規である。

さらにQμQ_\muは自己随伴であるから、x∈Eλx\in E_\lambda、y∈Eλ⊥y\in E_\lambda^\perpに対して

⟨Qμy,x⟩=⟨y,Qμx⟩=0\langle Q_\mu y,x\rangle=\langle y,Q_\mu x\rangle=0

である。よってEλ⊥E_\lambda^\perpも全てのQμQ_\muによって保たれる。Tj=∑μμQμT_j=\sum_\mu\mu Q_\muかつTj∗=∑μμ‾QμT_j^*=\sum_\mu\overline\mu Q_\muなので、EλE_\lambdaとEλ⊥E_\lambda^\perpはTjT_jとTj∗T_j^*の双方で保たれる。制限どうしは元の可換性を保つ。

各EλE_\lambda上の可換な正規作用素T2∣Eλ,…,Tr∣EλT_2|_{E_\lambda},\ldots,T_r|_{E_\lambda}へ帰納法の仮定を適用し、同時固有ベクトルからなる正規直交基底を選ぶ。全てのλ\lambdaについて得た基底を連結すると、固有空間どうしの直交性からVVの正規直交基底になる。各基底ベクトルはT1T_1の固有ベクトルであり、帰納法の構成からT2,…,TrT_2,\ldots,T_rの固有ベクトルでもある。▨

5 演習

問題 5.1 (正規な上三角行列の非対角成分).

R=(λa0μ)R=\begin{pmatrix}\lambda&a\\0&\mu\end{pmatrix}

が正規であるとする。(R∗R)11=∣λ∣2(R^*R)_{11}=|\lambda|^2である一方、(RR∗)11=∣λ∣2+∣a∣2(RR^*)_{11}=|\lambda|^2+|a|^2である。正規性から∣a∣2=0|a|^2=0、したがってa=0a=0である。この二次の計算を第1行に適用して帰納することが補題 1.1の証明である。

参考文献

  1. Sheldon Axler, Linear Algebra Done Right, 4th ed., Springer, 2024.有限次元スペクトル定理と可換な正規作用素の同時対角化を参考にした。
  2. Roger A. Horn and Charles R. Johnson, Matrix Analysis, 2nd ed., Cambridge University Press, Cambridge, 2013.Schur 形から複素正規作用素のスペクトル定理を導く証明を参考にした。

前提記事