1 多項式の評価
定義 1.1.T∈EndK(V)とp(t)=∑j=0majtj∈K[t]に対し、
p(T)=j=0∑majTj∈EndK(V)と定める。ただしT0=IVとする。p(T)をTの作用素多項式 (operator polynomial) という。
定理 1.2. 写像
evT:K[t]→EndK(V),p↦p(T)は和、積、単位元を保つ。すなわち
(p+q)(T)=p(T)+q(T),(pq)(T)=p(T)q(T),1(T)=IV.とくに全てのp,q∈K[t]についてp(T)q(T)=q(T)p(T)である。
証明. 和と単位元の式は定義から従う。p(t)=∑iaiti、q(t)=∑jbjtjとすると
p(T)q(T)=(i∑aiTi)(j∑bjTj)=i,j∑aibjTi+j=k∑i+j=k∑aibjTk=(pq)(T).ここではai,bjがスカラーなので自己準同型と可換であり、TiTj=Ti+jを用いた。K[t]は可換環なので(pq)(T)=(qp)(T)であり、最後の可換式も従う。▨
この証明は、全ての係数がスカラーであることを用いる。行列係数多項式では係数とTが可換とは限らず、同じ計算を無条件に用いることはできない。
定義 1.3.p∈K[t]とv∈Vに対し
p⋅v=p(T)vと定める。定理 1.2により(pq)⋅v=p⋅(q⋅v)、1⋅v=vが成り立つ。この演算をTが定める多項式環の作用 (polynomial ring action) という。
2 零化多項式
定義 2.1. 部分集合I⊆K[t]がK[t]のイデアル (ideal) であるとは、次の三条件を満たすことをいう。
- 0∈Iである。
- p,q∈Iならばp+q∈Iかつ−p∈Iである。
- p∈Iとr∈K[t]に対してrp∈Iである。
K[t]は可換環なので、条件 (c)に現れるrpをprと書いても同じ条件になる。
定義 2.2.p(T)=0を満たすp∈K[t]をTの零化多項式 (annihilating polynomial) という。零化多項式全体
Ann(T)={p∈K[t]:p(T)=0}をTの零化イデアル (annihilator ideal) という。
命題 2.3.Ann(T)はK[t]のイデアルである。Vが有限次元ならAnn(T)は零でない。
証明.p(T)=q(T)=0なら(p+q)(T)=0であり、(−p)(T)=−p(T)=0である。またr∈K[t]に対し(rp)(T)=r(T)p(T)=0である。零多項式も含むので定義 2.1によりAnn(T)はイデアルである。
dimV=n<∞ならEndK(V)の次元はn2である。I,T,…,Tn2はn2+1個の自己準同型なので一次従属である。したがって全てが零ではないa0,…,an2が存在して
a0I+a1T+⋯+an2Tn2=0となる。対応する非零多項式はAnn(T)に属する。▨
後の Cayley–Hamilton の定理は、次数nの特性多項式が零化多項式であることを示す。上の存在証明はより弱い次数評価しか与えないが、Cayley–Hamilton の定理を先取りしない。
3 巡回部分空間
定義 3.1.v∈Vに対し、
K[T]v={p(T)v:p∈K[t]}=span{v,Tv,T2v,…}をvが生成するT-巡回部分空間 (T-cyclic subspace) という。
命題 3.2.K[T]vはvを含むT-不変部分空間である。またvを含む任意のT-不変部分空間Wに対してK[T]v⊆Wが成り立つ。
証明.K[T]vはp(T)vの全体なので、和とスカラー倍について閉じている。1(T)v=vであるからvを含む。T(p(T)v)=(tp)(T)vなのでT-不変である。
Wがvを含みT-不変なら、帰納法により全てのTjvを含む。Wは部分空間なので、それらの有限一次結合p(T)vも含む。したがってK[T]v⊆Wである。▨
命題 3.3.K[T]vが有限次元でv=0とする。v,Tv,…,Tdvが初めて一次従属になる最小のd≥1を取る。このとき
v,Tv,…,Td−1vはK[T]vの基底であり、ただ一つのモニック多項式
cv(t)=td+ad−1td−1+⋯+a0が存在してcv(T)v=0を満たす。さらにp(T)v=0であるための必要十分条件はcv∣pである。
証明.dの最小性からv,…,Td−1vは一次独立である。最初の一次関係でTdvの係数が零ならより短い列に関係が生じるので、その係数は非零である。係数で割って
Tdv=−ad−1Td−1v−⋯−a0vと一意に書くことができ、cv(T)v=0を得る。この関係へTを反復して施すと、全てのTmvはv,…,Td−1vの一次結合になる。したがって表示した一次独立集合は巡回部分空間を生成し、基底である。
p∈K[t]をcvで割り、p=qcv+r、degr<dとする。p(T)v=r(T)vである。p(T)v=0なら、基底v,…,Td−1vの一次独立性からr=0となる。逆にcv∣pならp(T)v=q(T)cv(T)v=0である。モニック多項式の一意性も、この割り切り条件または最初の関係の係数の一意性から従う。▨
命題 3.4. 部分空間W⊆VがT-不変であるための必要十分条件は、全てのp∈K[t]についてp(T)W⊆Wが成り立つことである。
証明.WがT-不変なら帰納法によりTjW⊆Wが全てのjについて成り立ち、線形結合を取るとp(T)W⊆Wとなる。逆に全てのpについての条件をp(t)=tに適用するとT(W)⊆Wを得る。▨
例 3.5 (冪零シフトの巡回部分空間).V=K4の基底をe1,e2,e3,e4とし、
T(e1)=0,T(e2)=e1,T(e3)=e2,T(e4)=e3と定める。v=e4に対して
v=e4,Tv=e3,T2v=e2,T3v=e1,T4v=0なのでK[T]v=Vであり、cv(t)=t4である。一方e2が生成する巡回部分空間はspan{e2,e1}であり、対応する多項式はt2である。
4 演習
問題 4.1 (多項式評価の証明確認).(pq)(T)=p(T)q(T)の証明で、係数がスカラーであることをどこで用いるかを述べよ。また行列係数多項式へ同じ証明を移すときに不足する条件を示せ。
解答.
積を展開して(aiTi)(bjTj)=aibjTi+jとまとめる際に、係数bjをTiの左へ移している。ai,bj∈Kはスカラー倍作用素なので全ての自己準同型と可換である。行列係数の場合には係数行列とTが可換とは限らず、この移動を行うためには各係数がTと可換するという追加条件が必要である。▨