1 可換体の定義と基本性質
定義 1.1. 集合Kと二つの写像+:K×K→K、⋅:K×K→Kの組が次の九つの条件をすべて満たすとき、Kを可換体 (commutative field) という。以下、x⋅yをxyと書く。
- (F1) 任意のx,y,z∈Kについて(x+y)+z=x+(y+z)が成り立つ。
- (F2) 任意のx,y∈Kについてx+y=y+xが成り立つ。
- (F3) ある元0∈Kが存在して、任意のx∈Kについてx+0=xが成り立つ。
- (F4) 任意のx∈Kに対して、x+y=0を満たすy∈Kが存在する。
- (F5) 任意のx,y,z∈Kについて(xy)z=x(yz)が成り立つ。
- (F6) 任意のx,y∈Kについてxy=yxが成り立つ。
- (F7) ある元1∈Kが存在して、1=0であり、任意のx∈Kについて1x=xが成り立つ。
- (F8)x=0を満たす任意のx∈Kに対して、xy=1を満たすy∈Kが存在する。
- (F9) 任意のx,y,z∈Kについてx(y+z)=xy+xzが成り立つ。
定義 1.2. 集合Rと二つの写像+:R×R→R、⋅:R×R→Rの組が定義 1.1の (F1) から (F7) までと (F9) を満たすとき、Rを単位元をもつ可換環 (commutative ring with one) という。ただし、各条件のKはRに読み替える。本記事では
(F7) の1=0も環の定義に含める。可換体の公理との差は (F8) だけである。
命題 1.3.Kを可換体とする。次が成り立つ。
- (F3) の条件を満たす元0と、(F7) の条件を満たす元1は、それぞれただ一つに定まる。
- 各x∈Kに対して、x+y=0を満たすy∈Kはただ一つに定まる。また、x=0である各x∈Kに対して、xy=1を満たすy∈Kはただ一つに定まる。以下、前者を−x、後者をx−1と書き、x+(−y)をx−yと書く。
- 任意のx∈Kについて0x=0が成り立つ。
- 任意のx,y∈Kについて(−x)y=−(xy)が成り立つ。とくに(−1)x=−xである。
- x,y∈Kがxy=0を満たすならば、x=0またはy=0である。
- a=0を満たすa∈Kと任意のb∈Kに対して、ax=bを満たすx∈Kはただ一つ存在し、x=a−1bである。
証明.(1)を示す。0と0′がともに (F3) の条件を満たすとする。0′についての (F3) をx=0に適用すると0+0′=0である。一方、(F2) により0+0′=0′+0であり、0についての (F3) をx=0′に適用すると0′+0=0′である。よって0=0′である。次に1と1′がともに (F7) の条件を満たすとする。1′についての (F7) をx=1に適用すると1′1=1であり、1についての (F7) をx=1′に適用すると11′=1′である。(F6) により1′1=11′であるから1=1′である。
(2)を示す。yとy′がともにx+y=0、x+y′=0を満たすとする。(F3)、(F1)、(F2) を順に用いて
y=y+0=y+(x+y′)=(y+x)+y′=(x+y)+y′=0+y′=y′+0=y′を得る。次にx=0とし、yとy′がともにxy=1、xy′=1を満たすとする。(F7)、(F6)、(F5)
を用いて
y=1y=(xy′)y=(y′x)y=y′(xy)=y′1=1y′=y′を得る。
(3)を示す。(F3) により0=0+0であるから、(F6) と (F9) により0x=x(0+0)=x0+x0=0x+0xが成り立つ。(F4) により0x+w=0を満たすw∈Kが存在する。このwを用いると、(F1) と (F3) により
0=0x+w=(0x+0x)+w=0x+(0x+w)=0x+0=0xとなる。
(4)を示す。(F9) と (F6) から、任意のa,b,y∈Kについて(a+b)y=y(a+b)=ya+yb=ay+byが成り立つ。これをa=−x、b=xに適用すると、(F2) と加法についての逆元の定義により(−x)+x=x+(−x)=0であるから、(3)を用いて
(−x)y+xy=((−x)+x)y=0y=0となる。したがって(−x)yはxyの加法についての逆元であり、(2)の一意性により(−x)y=−(xy)である。x=1とすると、(F7) により1y=yであるから(−1)y=−yである。
(5)を示す。xy=0かつx=0とする。(F8) と(2)によりx−1が存在する。(F6) によりx−1x=xx−1=1であるから、(F7)、(F5)、(3)を用いて
y=1y=(x−1x)y=x−1(xy)=x−10=0x−1=0を得る。よってy=0である。
(6)を示す。x0=a−1bとおくと、(F5) とa−1の定義、(F7) によりax0=a(a−1b)=(aa−1)b=1b=bである。次にxとx′がともにax=b、ax′=bを満たすとする。(4)と (F6) によりa(−x′)=(−x′)a=−(x′a)=−(ax′)であるから、(F9) により
a(x−x′)=ax+a(−x′)=b−b=0である。a=0であるから、(5)によりx−x′=0である。両辺にx′を加え、(F1)、(F2)、(F3) を用いると
x=x+0=x+((−x′)+x′)=(x−x′)+x′=0+x′=x′を得る。▨
2 例と反例、剰余類体の構成
例 2.1 (有理数体と実数体). 実数の全体Rに、通常の和と積を定めたものは可換体である。Rの四則が定義 1.1の (F1) から (F9) を満たすこと、および大小の順序が狭義全順序であって四則と両立すること(どの実数もそれ自身より小さくなく、両辺に同じ実数を加えても大小は変わらず、正の実数どうしの和と積は正であり、任意の実数について正であること、零であること、負であることのちょうど一つが成り立つ)は、§E1.14 定理 3.5が与える。本記事はこれらの事実を認めて用い、実数の全体の構成は扱わない。
有理数の全体Qに、Rの和と積を制限したものも可換体である。実際、(F1)、(F2)、
(F5)、(F6)、(F9) はRの中で成り立つ等式であるから、両辺に現れる元がすべてQに属するかぎりQの中でも成り立つ。そこで確かめるべきことは、演算がQから出ないことと、(F3)、(F4)、(F7)、(F8) が要求する元がQに属することである。整数p,q,r,sでq=0、s=0を満たすものについて
qp+sr=qsps+qr,qp⋅sr=qsprであり、qs=0であるから、和と積はQに属する。0=0/1と1=1/1はQに属し、p/qの加法についての逆元(−p)/qもQに属する。最後にp/q=0とするとp=0であるからq/pがQに属し、(p/q)(q/p)=1が成り立つ。よって (F8) も成り立つ。
例 2.2 (複素数体). 集合C=R×Rに、和と積を
(a,b)+(c,d)=(a+c, b+d),(a,b)(c,d)=(ac−bd, ad+bc)で定める。このCは可換体である。
和については、成分ごとにRの和を取っているだけであるから、(F1) と (F2) はRの対応する法則から従う。(F3) の元は(0,0)であり、(a,b)の加法についての逆元は(−a,−b)であるから (F4) が成り立つ。
積の交換法則 (F6) は、(ac−bd, ad+bc)と(ca−db, cb+da)がRの可換性により一致することによる。積の結合法則 (F5) は、(a,b)、(c,d)、(e,f)について
((a,b)(c,d))(e,f)=(ac−bd, ad+bc)(e,f)=((ac−bd)e−(ad+bc)f, (ac−bd)f+(ad+bc)e),(a,b)((c,d)(e,f))=(a,b)(ce−df, cf+de)=(a(ce−df)−b(cf+de), a(cf+de)+b(ce−df))の各成分をRの中で展開すると、いずれも第 1 成分がace−adf−bcf−bde、第 2 成分がacf+ade+bce−bdfになることによる。分配法則 (F9) も同様に、
(a,b)((c,d)+(e,f))=(a(c+e)−b(d+f), a(d+f)+b(c+e))=(ac−bd, ad+bc)+(ae−bf, af+be)を展開して確かめることができる。(F7) の元は(1,0)であり、(1,0)(a,b)=(a,b)が成り立つ。(1,0)=(0,0)であるから1=0も成り立つ。
(F8) を確かめる。(a,b)=(0,0)とすると、aとbの少なくとも一方が0でないから、実数の順序によりa2+b2>0であり、とくにa2+b2=0である。そこで
(a,b)−1=(a2+b2a, a2+b2−b)と定めると、
(a,b)(a2+b2a, a2+b2−b)=(a2+b2a2+b2, a2+b2−ab+ba)=(1,0)となる。よってCは可換体である。(0,1)をiと書くとi2=(0,1)(0,1)=(−1,0)であり、(a,b)=(a,0)+(b,0)(0,1)が通常の記法a+biにあたる。
補題 2.4.aを整数、dを正の整数とすると、a=qd+rかつ0≤r<dを満たす整数q,rが存在する。
証明. 集合T={a−qd∣q∈Z}は正の整数を含む。実際、q=−∣a∣−1と取ると、d≥1により(∣a∣+1)d≥∣a∣+1であるからa−qd=a+(∣a∣+1)d≥a+∣a∣+1≥1である。整列性(注意 2.3)により、Tに含まれる正の整数のうち最小のものが存在する。その最小の元をm=a−q0dとする。
m>dと仮定すると、m−d=a−(q0+1)dはTに含まれる正の整数であり、mより小さいので、mの最小性に反する。よって0<m≤dである。m=dの場合はa=(q0+1)d+0であるから、q=q0+1、r=0が条件を満たす。m<dの場合はq=q0、r=mが条件を満たす。▨
定義 2.5.nを正の整数とする。整数a,bについて、a−bがnの倍数であるときa≡b(modn)と書く。整数aに対して
[a]={b∈Z∣b≡a(modn)}と定め、[a]をaの剰余類 (residue class) という。剰余類の全体をZ/nZと書き、その上に
[a]+[b]=[a+b],[a][b]=[ab]によって和と積を定める。
命題 2.6.nを正の整数とする。定義 2.5の二つの式は、代表元の取り方によらずにZ/nZの上の和と積を定める。この和と積は定義 1.1の (F1) から (F6)
までと (F9) を満たし、[1]は任意の[a]に対して[1][a]=[a]を満たす。Z/nZの元の個数はnである。さらに、n≥2であることと[1]=[0]が成り立つことは同値であり、このときZ/nZは定義 1.2の意味で単位元をもつ可換環である。
証明. 代表元によらないことを示す。a≡a′、b≡b′(modn)とすると、a−a′とb−b′はいずれもnの倍数である。このとき
(a+b)−(a′+b′)=(a−a′)+(b−b′),ab−a′b′=(a−a′)b+a′(b−b′)はいずれもnの倍数であるから、[a+b]=[a′+b′]かつ[ab]=[a′b′]である。よって二つの式は剰余類の代表元によらずに定まる。
(F1) は、整数の和の結合法則により
([a]+[b])+[c]=[a+b]+[c]=[(a+b)+c]=[a+(b+c)]=[a]+[b+c]=[a]+([b]+[c])と確かめることができる。(F2)、(F5)、(F6)、(F9) も、整数の対応する法則から同じ計算によって従う。
(F3) は[0]が満たす。実際[a]+[0]=[a+0]=[a]である。(F4) については[a]+[−a]=[a+(−a)]=[0]であるから[−a]が条件を満たす。また[1][a]=[1⋅a]=[a]である。
元の個数を数える。任意の整数aに対して、補題 2.4によりa=qn+r、0≤r<nを満たす整数q,rが存在し、a−r=qnであるから[a]=[r]である。したがってZ/nZ={[0],[1],…,[n−1]}である。さらに0≤r<s<nについて[r]=[s]が成り立つとするとs−rはnの倍数となるが、0<s−r<nであるからs−rはnの倍数ではない。よって列挙したn個の剰余類は互いに異なり、元の個数はnである。
最後に、[1]=[0]が成り立つことは、1−0=1がnの倍数であること、すなわちn=1と同値である。よってn≥2であることと[1]=[0]は同値であり、このとき上で確かめたことと合わせて、Z/nZは (F1) から (F7) までと (F9) を満たす。▨
補題 2.7.pを素数とし、aをpの倍数でない整数とする。このときua+vp=1を満たす整数u,vが存在する。
証明. 集合S={ua+vp∣u,v∈Z}を考える。aはpの倍数でないからa=0であり、a∈Sかつ−a∈Sであるから、Sは正の整数を含む。整列性(注意 2.3)により、Sに含まれる正の整数のうち最小のものが存在する。その最小の元をd=u0a+v0pとする。
dがaを割ることを示す。補題 2.4により、a=qd+r、0≤r<dを満たす整数q,rが存在する。このとき
r=a−qd=a−q(u0a+v0p)=(1−qu0)a+(−qv0)pであるからr∈Sである。0<rとするとrはdより小さいSの正の元となり、dの最小性に反する。よってr=0、すなわちdはaを割る。同じ議論をpについて行うと、dはpを割る。
dは正でありpを割るから、pが素数であることによりd=1またはd=pである。d=pとすると、dがaを割ることからpがaを割ることになり、仮定に反する。よってd=1であり、u=u0、v=v0が求める整数である。▨
定理 2.8.pを素数とすると、Z/pZは定義 1.1の意味の可換体である。その元の個数はpである。この可換体をFpと書く。
証明.pは素数であるからp≥2であり、命題 2.6により (F1) から (F7)
までと (F9) が成り立ち、元の個数はpである。残るのは (F8) である。
[a]=[0]とする。すなわちaはpの倍数でない。補題 2.7によりua+vp=1を満たす整数u,vが存在する。このときua−1=−vpはpの倍数であるから[u][a]=[ua]=[1]であり、(F6) により[a][u]=[1]である。よって[u]が (F8) の条件を満たす。▨
例 2.10 (法が合成数である場合).n=6とする。命題 2.6により、Z/6Zは単位元をもつ可換環であり、元の個数は6である。しかし[2]=[0]かつ[3]=[0]である一方で
[2][3]=[6]=[0]が成り立つ。命題 1.3 (5)は可換体で成り立つ主張であるから、Z/6Zは可換体ではない。
成り立たない条項が (F8) であることを直接に確かめる。[2][b]=[1]を満たす剰余類[b]が存在すると仮定すると、2b−1が6の倍数となる。ところが2bは偶数であり2b−1は奇数であるから、6の倍数にはならない。よって[2]は乗法についての逆元をもたない。
3 標数
定義 3.1.Kを可換体とする。正の整数nに対して、Kの元n⋅1を、1⋅1=1および(n+1)⋅1=n⋅1+1によって定める。n⋅1=0を満たす正の整数nが存在するとき、そのうち最小のものをKの標数 (characteristic) といい、charKと書く。そのような正の整数が存在しないとき、Kの標数を0と定める。
例 3.2 (標数の値).Q、R、Cの標数はいずれも0である。まずRについて示す。例 2.1で認めた大小の性質により、0<1が成り立つ。実際、
(F7) により1=0であるから、1は正であるか負であるかのいずれか一方である。1が負であるとすると、両辺に−1を加えて0<−1、すなわち−1は正であり、正の実数どうしの積は正であるから(−1)(−1)は正である。命題 1.3 (4)により(−1)(−1)=−(−1)であり、(−1)+1=0と命題 1.3 (2)の一意性により−(−1)=1であるから、1は正かつ負となり、ちょうど一つが成り立つことに反する。よって1は正であり、0<1である。次に、nについての帰納法により、任意の正の整数nについてRの中で0<n⋅1が成り立つ。n=1の場合は上で示した。0<n⋅1が成り立つとすると、0<1であり、正の実数どうしの和は正であるから、0<n⋅1+1=(n+1)⋅1である。ちょうど一つが成り立つことにより正の実数は0でないから、任意の正の整数nについてn⋅1=0である。Qの和と積はRの和と積を制限したものであるから、Qの中で計算したn⋅1はRの中で計算したn⋅1と一致し、0ではない。Cについては、nについての帰納法によりn⋅(1,0)=(n⋅1, 0)であり、n⋅1=0であるから(n⋅1, 0)=(0,0)である。
pを素数とすると、Fp(定理 2.8)の標数はpである。実際、nについての帰納法によりn⋅[1]=[n]であり、0<n<pのときnはpの倍数でないから[n]=[0]、n=pのとき[p]=[0]である。とくにcharF2=2であり、F2では[1]+[1]=[2]=[0]、すなわち1+1=0が成り立つ。
命題 3.3.Kを可換体とすると、charKは0であるか素数であるかのいずれかである。
証明.n=charK>0とする。(F7) により1=0、すなわち1⋅1=1=0であるからn=1であり、n≥2である。
はじめに、任意の正の整数s,tについて
(s⋅1)+(t⋅1)=(s+t)⋅1,(s⋅1)(t⋅1)=(st)⋅1が成り立つことを示す。第一の等式はtについての帰納法による。t=1の場合は定義 3.1の定義そのものである。tで成り立つとすると、(F1) により(s⋅1)+((t+1)⋅1)=(s⋅1)+(t⋅1+1)=((s⋅1)+(t⋅1))+1=(s+t)⋅1+1=(s+t+1)⋅1である。第二の等式もtについての帰納法による。t=1の場合は
(F6) と (F7) により(s⋅1)(1⋅1)=(s⋅1)⋅1=1⋅(s⋅1)=s⋅1である。tで成り立つとすると、(F9)、(F6)、(F7)、および第一の等式により
(s⋅1)((t+1)⋅1)=(s⋅1)(t⋅1+1)=(s⋅1)(t⋅1)+(s⋅1)⋅1=(st)⋅1+s⋅1=(st+s)⋅1=(s(t+1))⋅1である。
nが素数でないと仮定する。n≥2であるから、n=ab、1<a<n、1<b<nを満たす正の整数a,bが存在する。上で示した第二の等式により(a⋅1)(b⋅1)=(ab)⋅1=n⋅1=0である。命題 1.3 (5)によりa⋅1=0またはb⋅1=0であるが、1<a<nかつ1<b<nであるから、いずれの場合もnが最小であることに反する。よってnは素数である。▨
命題 3.4.Kを可換体とする。次が成り立つ。
- charK=2であることと1+1=0が成り立つことは同値である。
- charK=2ならば、任意のx∈Kについてx+x=0が成り立つ。すなわちxの加法についての逆元はx自身である。
- charK=2ならば、2⋅1=0であり、2⋅1は乗法についての逆元をもたない。
- charK=2ならば2⋅1=0であり、(2⋅1)−1が存在する。
証明.(1)を示す。定義 3.1により2⋅1=1⋅1+1=1+1である。charK=2とすると2⋅1=0、すなわち1+1=0である。逆に1+1=0とすると、2⋅1=0であり、また (F7) により1⋅1=1=0であるから、n⋅1=0を満たす最小の正の整数は2である。
(2)を示す。(F6) と (F9) から得られる(a+b)x=ax+bxをa=b=1に適用し、(F7)、(1)、および命題 1.3 (3)を用いると
x+x=1x+1x=(1+1)x=0x=0である。
(3)を示す。(1)により2⋅1=0である。0が乗法についての逆元をもつと仮定すると、0y=1を満たすyが存在することになるが、命題 1.3 (3)により0y=0であるから1=0となり、(F7) に反する。
(4)を示す。(1)の対偶により、charK=2ならば1+1=0、すなわち2⋅1=0である。(F8) により(2⋅1)−1が存在する。▨
4 連立一次方程式と行列
定義 4.1.Rを単位元をもつ可換環(定義 1.2)とし、m,nを正の整数とする。Rの元を成分とするm行n列の行列 (matrix) の全体をMm,n(R)と書き、Mn,n(R)をMn(R)と書く。Mn,1(R)をRnと書く。A=(aij)、B=(bij)とc∈Rに対して、和 (matrix addition)、スカラー倍 (scalar multiplication of matrices)、積 (matrix multiplication)、単位行列 (identity matrix) を
(A+B)ij=aij+bij,(cA)ij=caij,(AB)ij=k∑aikbkj,(In)ij={10(i=j)(i=j)で定める。ここで積は、Aの列数とBの行数が等しい場合に定める。これらの式は、係数が実数である場合と同じ形である。A∈Mn(R)が可逆 (invertible) であるとは、AB=BA=Inを満たすB∈Mn(R)が存在することをいう。また、A∈Mm,n(R)とb∈Rmに対して、bを第n+1列としてAに付け加えた行列を拡大係数行列 (augmented matrix) といい、[A∣b]と書く。可換体は定義 1.1の (F1) から (F7) までと (F9) を満たすから、可換体Kに対してもこの定義をそのまま用いる。
命題 4.2.Rを単位元をもつ可換環とする。以下の各式に現れる行列はRの元を成分とし、行数と列数が適合していて、式の中のすべての和と積を定めることができるとする。このとき次が成り立つ。
- (AB)C=A(BC)が成り立つ。
- A(B+C)=AB+ACおよび(A+B)C=AC+BCが成り立つ。
- A∈Mm,n(R)についてImA=AかつAIn=Aが成り立つ。
- A∈Mn(R)が可逆であるとき、AB=BA=Inを満たすB∈Mn(R)はただ一つに定まる。このBをA−1と書く。
証明.(1)を示す。A=(aij)、B=(bjk)、C=(ckl)とする。(F9) により有限和とスカラーの積を展開することができ、(F1) と (F2) により有限和の順序を入れ替えることができるので、
((AB)C)il=k∑(j∑aijbjk)ckl=k∑j∑(aijbjk)ckl,(A(BC))il=j∑aij(k∑bjkckl)=j∑k∑aij(bjkckl)である。(F5) により各項が一致し、(F1) と (F2) により二重和の順序を入れ替えることができるので、両者は等しい。
(2)を示す。この主張は、(F9) と (F6) から得られる二つの分配法則を各成分へ適用したものである。
(3)を示す。まず、任意のx∈Rについて0x=0が成り立つ。実際、(F3) により0=0+0であるから、(F6) と (F9) により0x=x(0+0)=x0+x0=0x+0xであり、(F4) により0x+w=0を満たすw∈Rが存在するので、(F1) と (F3) により0=0x+w=(0x+0x)+w=0x+(0x+w)=0x+0=0xである。(ImA)ij=∑k(Im)ikakjであり、(Im)ii=1、k=iのとき(Im)ik=0である。上で示したことと (F3) によりk=iの項の和は0であり、(F7) により残る項はaijである。よってImA=Aである。AIn=Aも同様である。
(4)を示す。BとB′がともに条件を満たすとする。(3)と(1)により
B=BIn=B(AB′)=(BA)B′=InB′=B′である。▨
定義 4.3.Kを可換体とし、A∈Mm,n(K)とする。次の三種類の操作を行基本変形 (elementary row operation) という。
- (R1) 相異なる二つの行を入れ替える。
- (R2) 一つの行に、c=0を満たすc∈Kを掛ける。
- (R3) 一つの行に、他の一つの行のc倍を加える。ここでc∈Kは任意である。
命題 4.4.Kを可換体、A∈Mm,n(K)、b∈Kmとする。拡大係数行列[A∣b]に (R1)、(R2)、(R3)
のいずれか一つを施して得られる行列を[A′∣b′]とすると、
{x∈Kn∣Ax=b}={x∈Kn∣A′x=b′}が成り立つ。
証明.x∈KnがAx=bを満たすとする。(R1) は等式の並び順だけを変える。(R2) と (R3) の後の各行が表す等式は、Ax=bの行が表す等式のスカラー倍、または二つの行が表す等式のスカラー倍どうしの和であるから、xはそれらも満たす。したがってAx=bの解はA′x=b′の解である。
逆向きを示すには、各操作に対して、同じ種類の操作であって元の行列を復元するものが存在することを示せばよい。(R1) については、同じ二つの行を再び入れ替える操作が復元する。(R2) については、c=0であるから (F8) によりc−1が存在する。c−1=0と仮定すると、命題 1.3 (3)と (F6) により1=cc−1=c⋅0=0となり (F7) に反するから、c−1=0であり、その行にc−1を掛ける操作は (R2) の形の操作である。この操作は、(F5) と (F7) によりc−1(caij)=(c−1c)aij=aijとなるので元の行を復元する。
(R3) については、第i行に第k行のc倍を加えた後、第i行に第k行の−c倍を加える操作が復元する。ここで−cは (F4) が与える。実際、(F6) と (F9) から得られる(x+y)z=xz+yzと命題 1.3 (3)により(aij+cakj)+(−c)akj=aij+(c+(−c))akj=aij+0akj=aijである。したがってA′x=b′の解もAx=bの解である。▨
定理 4.5.Kを可換体、mを非負整数、nを正の整数とし、m<nとする。aij∈K(1≤i≤m、1≤j≤n)に対して、連立一次方程式
j=1∑naijxj=0(i=1,…,m)は、少なくとも一つのjについてcj=0となる解(c1,…,cn)(各cj∈K)をもつ。この形の解を非自明な解という。
証明.mについての帰納法で示す。
m=0の場合、条件を課す式が一つもないので、n≥1により(c1,c2,…,cn)=(1,0,…,0)が解であり、(F7) の1=0によりこの解は非自明である。
m≥1とし、式の個数がm−1である任意の斉次連立一次方程式について、未知数の個数が式の個数より大きければ非自明な解が存在すると仮定する。第1式の係数a11,…,a1nがすべて0である場合の処理は演習とする(問題 5.1 (斉次連立一次方程式の証明の完成))。以下、a1k=0を満たすkが存在するとする。未知数の番号を入れ替えても、解の成分を同じ入れ替えで戻すことができるので、k=1として一般性を失わない。(F8) によりa11−1が存在する。
A=(aij)∈Mm,n(K)とおき、Knの元xの第j成分をxjと書くと、積の定義(定義 4.1)により(Ax)i=∑j=1naijxjであるから、与えられた連立一次方程式の解の全体は、すべての成分が0であるKmの元を0と書いて{x∈Kn∣Ax=0}と表すことができる。拡大係数行列[A∣0]に、第i行に第1行の−(ai1a11−1)倍を加える (R3) の形の操作(定義 4.3)をi=2,…,mについて順に施す。各操作は第i行だけを変えるので、得られる行列の第1行は[A∣0]の第1行と一致し、i=2,…,mの行の係数は
aij′=aij−ai1a11−1a1j(j=1,…,n)であり、最終列は命題 1.3 (3)と (F3) により0のままである。得られた行列を[A′∣0]と書くと、命題 4.4を各操作に順に適用して、Ax=0の解の集合とA′x=0の解の集合は一致する。ここで、(F5)、(F6)、(F7)、
(F8) によりai1′=ai1−ai1a11−1a11=ai1⋅1−ai1=0である。したがって、A′の第2行から第m行までが表すm−1個の式は、x2,…,xnだけを含む斉次連立一次方程式である。式の個数はm−1、未知数の個数はn−1であり、m<nよりm−1<n−1であるから、帰納法の仮定により、少なくとも一つが0でないc2,…,cn∈Kが存在して
j=2∑naij′cj=0(i=2,…,m)を満たす。そこで
c1=−a11−1j=2∑na1jcjと定め、c1,…,cnを成分とするKnの元をcと書く。A′の第1行はAの第1行と一致するから、(F5)、(F7)、(F8) と命題 1.3 (4)により
j=1∑na1jcj=a11c1+j=2∑na1jcj=−j=2∑na1jcj+j=2∑na1jcj=0であり、cはA′の第1行が表す式を満たす。さらにi=2,…,mについては、ai1′=0、命題 1.3 (3)、(F3)、およびc2,…,cnの取り方により
j=1∑naij′cj=ai1′c1+j=2∑naij′cj=0+0=0である。よってcはA′x=0の解であり、解の集合の一致によりAx=0の解である。すなわち(c1,…,cn)は与えられた連立一次方程式の解である。
c2,…,cnの少なくとも一つが0でないから、(c1,…,cn)は非自明である。▨
例 4.6 (素数 5 を法とする体の上の計算).K=F5とする。以下、剰余類[a]を単にaと書く。m=2、n=3の斉次連立一次方程式
2x1+x2+3x3=0,x1+4x2+x3=0を、定理 4.5の証明の手順どおりに解く。
a11=2=0である。2⋅3=6=1であるからa11−1=3である。a21a11−1=1⋅3=3であるから、第2式の係数をa2j′=a2j−3a1jで置き換える。
a21′=1−3⋅2=1−6=1−1=0,a22′=4−3⋅1=1,a23′=1−3⋅3=1−9=1−4=2であるから、残る式はx2+2x3=0の一つであり、未知数はx2,x3の二つである。この式についてはc3=1とするとc2=−2=3となり、(c2,c3)=(3,1)が非自明な解である。
続いてc1=−a11−1(a12c2+a13c3)=−3(1⋅3+3⋅1)=−3⋅6=−3⋅1=−3=2である。よって(c1,c2,c3)=(2,3,1)を得る。
検算する。第1式は2⋅2+3+3⋅1=4+3+3=10=0であり、第2式は2+4⋅3+1=2+12+1=15=0である。いずれもF5で0に等しいから、(2,3,1)は解である。少なくとも一つの成分が0でないので非自明である。
命題 4.7.Kを可換体とし、A=(acbd)∈M2(K)とする。δ=ad−bcとおく。このとき、Aが可逆であることとδ=0であることは同値である。δ=0のとき
A−1=δ−1(d−c−ba)である。
証明.A~=(d−c−ba)とおく。定義 4.1の積の定義と、命題 1.3 (4)および (F6) を用いて計算すると
AA~=(ad−bccd−dc−ab+ba−cb+da)=(δ00δ),A~A=(da−bc−ca+acdb−bd−cb+ad)=(δ00δ)である。
δ=0とする。(F8) によりδ−1が存在する。B=δ−1A~とおくと、
(F5)、(F6)、(F9) により、ABの各成分はAA~の対応する成分のδ−1倍である。δ−1δ=1であり、命題 1.3 (3)によりδ−1⋅0=0であるからAB=I2である。BA=I2も同様である。よってAは可逆であり、命題 4.2 (4)によりA−1=δ−1A~である。
逆に、Aが可逆でありδ=0と仮定する。上の等式により、A~Aはすべての成分が0の行列(零行列)である。命題 4.2 (1)と命題 4.2 (3)によりA~=A~(AA−1)=(A~A)A−1であり、右辺の各成分は命題 1.3 (3)と (F3) により0である。よってA~は零行列であり、a=b=c=d=0、すなわちAは零行列である。このときAA−1の各成分も同じ理由で0となるが、AA−1=I2の(1,1)成分は1であり、(F7) により1=0である。これは矛盾であるから、δ=0という仮定を棄却する。よってδ=0である。▨
例 4.8 (乗法の逆元を外すと成り立たない結論).R=Z/6Zを係数に取る。Rは定義 1.1の (F1) から (F7) までと (F9)
を満たし、(F8) だけを満たさない(例 2.10)。以下、剰余類[a]を単にaと書く。
第一に、可換体の上では、a=0を係数とする一つの方程式ax=bの解はただ一つである(命題 1.3 (6))。Rの上ではこれが成り立たない。実際、2=0であるにもかかわらず、2x=0はx=0のほかにx=3を解にもち、2x=1は解をもたない(例 2.10)。
第二に、Rは単位元をもつ可換環であるから、Rの元を成分とする行列の演算と可逆性は定義 4.1で定められている。
A=(2001)とするとδ=2⋅1−0⋅0=2=0である。しかしAB=I2を満たすB=(bij)が存在するとすると、(1,1)成分について2b11=1となり、2x=1が解をもたないことに反する。よってAは可逆ではなく、命題 4.7の「δ=0ならば可逆である」という向きはRの上では成り立たない。
この二つの結論の証明のうち、Rの上で実行することができないのは、命題 1.3 (6)の証明で解a−1bを作るためにa−1を取る操作、同じ証明の一意性の段が経由する命題 1.3 (5)の証明でx−1を取る操作、および命題 4.7の証明でδ−1を取る操作である。
5 演習問題
問題 5.1 (斉次連立一次方程式の証明の完成).定理 4.5の証明で残した、第1式の係数a11,…,a1nがすべて0である場合を処理し、証明を完成させよ。あわせて、この場合には本文の消去の操作を実行することができない理由を述べよ。
解答.
第1式の係数がすべて0であるとする。任意のc1,…,cn∈Kについて、第1式の左辺の各項は命題 1.3 (3)により0であり、(F3) により0どうしの有限和は0であるから、第1式は常に成り立つ。したがって、もとの方程式の解の集合は、第2式から第m式までが定める斉次連立一次方程式の解の集合と一致する。この方程式の式の個数はm−1、未知数の個数はnであり、m−1<m<nであるから、帰納法の仮定(m=1の場合は本文で示したm=0の場合)により非自明な解c1,…,cnが存在する。この解は第1式も満たすので、もとの方程式の非自明な解である。
この場合を分けて扱う理由は、a1k=0を満たすkが存在しないため、(F8) を適用して逆元a1k−1を取ることができず、第1式を用いて未知数を消去する操作を実行することができないことである。▨
問題 5.2 (7 を法とする逆元の計算).F7=Z/7Zにおいて、[3]の乗法についての逆元を、補題 2.7が与える整数の組を経由して求め、積が[1]に等しいことを確かめよ。
解答.
3u+7v=1を満たす整数の組の一つはu=−2、v=1である。実際3⋅(−2)+7⋅1=−6+7=1である。定理 2.8の証明と同じ計算により[−2][3]=[−6]=[1]であるから、[3]−1=[−2]=[5]である。検算すると[3][5]=[15]=[1]である。▨
問題 5.3 ((R2) と解の集合).R=Z/6Zとする。0でないc∈Rを一つの行に掛ける操作(定義 4.3の (R2) の形の操作)であって、一つの方程式の解の集合を変えるものを挙げよ。また、命題 4.4の証明のどの操作がRの上で実行することができないかを特定せよ。
解答.
方程式x=0(未知数一つ、拡大係数行列[1∣0])の行にc=2を掛けると、方程式2x=0(拡大係数行列[2∣0])が得られる。c=2=0であるから、これは (R2) の形の操作である。前者の解の集合は{0}であり、後者の解の集合は2⋅3=6=0により{0,3}を含むから、二つの解の集合は一致しない。
実行することができない操作は、c−1の存在を (F8) から得る箇所である。例 2.10のとおり、2はRの中で乗法についての逆元をもたないので、2を掛けた行を元へ戻す (R2) の形の操作が存在しない。▨
解答.
以下、剰余類[a]を単にaと書く。(1,2)と(1,3)はいずれも(0,0)と異なるが、
(1,2)(1,3)=(1⋅1−2⋅3, 1⋅3+2⋅1)=(1−6, 3+2)=(0,0)である。零元(0,0)と異なる二元の積が零元になるから、可換体で成り立つ命題 1.3 (5)が成り立たず、この構造は可換体ではない。
書き写すことができないのは、(F8) の検証で「aとbの少なくとも一方が0でなければa2+b2=0」を実数の順序から導いた箇所である。F5には対応する順序が与えられておらず、実際に(a,b)=(1,2)についてa2+b2=1+4=5=0となるので、逆元を与える式の分母が0になる。▨
問題 5.5 (標数 2 の体における平方). 標数が2である可換体Kの元x,y∈Kについて、x2=y2が成り立つこととx=yが成り立つことが同値であることを証明せよ。また、標数が2でない可換体では、この同値が成り立たない例を挙げよ。
解答.
x=yならばx2=xy=y2である。逆にx2=y2とする。命題 3.4 (2)により−y=yであるから、(F9)、(F6) と命題 1.3 (4)を用いて
(x−y)2=(x−y)(x+y)=x2+xy−yx−y2=x2−y2=0である。命題 1.3 (5)によりx−y=0、すなわちx=yである。
標数が2でない例として、K=Q、x=1、y=−1を取る。x2=y2=1であるが、1=−1とすると1+1=0となり、charQ=0(例 3.2)と命題 3.4 (1)に反するから、x=yである。▨