1 有限複体と随伴微分
係数体KをRまたはCとする。各Vkを有限次元K-内積空間とする。内積に関する随伴の存在には§E3.31 定理 3.1を用い、随伴の合成則と二重随伴には§E3.31 命題 3.2を用いる。
定義 1.1. 線形写像の列
⋯⟶Vk−1dk−1VkdkVk+1⟶⋯が
dkdk−1=0を全てのkについて満たすとき、有限次元複体 (finite-dimensional cochain complex) という。ここで「有限次元」は各Vkの次元が有限であることを表す。
k次コホモロジー (cohomology) を
Hk=kerdk/imdk−1と定める。複体条件によりimdk−1⊆kerdkなので、この商は定義される。
定義 1.2.dk−1∗:Vk→Vk−1とdk∗:Vk+1→Vkを内積に関する随伴微分 (adjoint differential) とする。k次
Laplace 作用素 (Laplace operator) を
Δk=dk−1dk−1∗+dk∗dk:Vk⟶Vkと定める。Δkx=0を満たすx∈Vkを 調和ベクトル (harmonic vector) といい、その全体を
Hk=kerΔkと書く。
添字は、dk−1dk−1∗とdk∗dkがいずれもVkの自己準同型になるように定められている。
2 調和部分
定理 2.1. 任意のkに対して
kerΔk=kerdk∩kerdk−1∗が成り立つ。
証明方針は、⟨Δkx,x⟩を二つのノルムの平方の和として表し、正定値性を用いて各項が零になることを示すことである。
証明. 随伴の定義から
⟨Δkx,x⟩=⟨dk−1dk−1∗x,x⟩+⟨dk∗dkx,x⟩=⟨dk−1∗x,dk−1∗x⟩+⟨dkx,dkx⟩=∥dk−1∗x∥2+∥dkx∥2.Δkx=0なら左辺は零である。右辺の各項は非負の実数なので、両方が零である。正定値性からdk−1∗x=0かつdkx=0を得る。
逆にdk−1∗x=0かつdkx=0なら、Δkの定義式の二項がともに零なのでΔkx=0である。▨
命題 2.2.
imdk−1⊥imdk∗である。またHkは二つの像の両方に直交する。
証明.a∈Vk−1、b∈Vk+1に対し、複体条件から
⟨dk−1a,dk∗b⟩=⟨dkdk−1a,b⟩=0である。したがって二つの像は直交する。
h∈Hkとする。定理 2.1によりdk−1∗h=0かつdkh=0である。よって
⟨dk−1a,h⟩=⟨a,dk−1∗h⟩=0,⟨h,dk∗b⟩=⟨dkh,b⟩=0.したがって調和部分は両方の像に直交する。▨
3 Hodge 分解
定理 3.1 (有限次元 Hodge 分解). 各次数kについて、直交直和分解
Vk=imdk−1⊕⊥Hk⊕⊥imdk∗が成り立つ。
証明方針は、最初と最後の像の直交直和をBkと置き、その直交補空間が二つの核の共通部分、すなわちHkに一致することを示すことである。
証明.命題 2.2により
Bk=imdk−1⊕imdk∗は直交直和である。有限次元内積空間の直交分解から
Vk=Bk⊕⊥(Bk)⊥である。
一般の線形写像T:E→Fについて
(imT)⊥=kerT∗が成り立つ。実際、y∈Fに対し、y⊥imTであることは⟨Tx,y⟩=⟨x,T∗y⟩=0が全てのx∈Eについて成立することと同値であり、内積の非退化性からT∗y=0と同値である。したがって
(Bk)⊥=(imdk−1)⊥∩(imdk∗)⊥=kerdk−1∗∩ker(dk∗)∗=kerdk−1∗∩kerdk=Hk.三行目では§E3.31 命題 3.2の二重随伴(dk∗)∗=dkを用い、最後に定理 2.1を用いた。既に三つの部分空間が互いに直交することも示されているため、求める直交直和を得る。▨
4 コホモロジーの調和代表
定理 4.1. 自然な線形写像
Hk⟶Hk,h⟼h+imdk−1は同型である。したがって、各コホモロジー類は調和な代表元をただ一つもつ。
証明方針は、閉ベクトルへ Hodge 分解を適用し、imdk∗成分が閉でもあるなら零になることをノルムで示すことである。一意性には調和部分とimdk−1の直交性を用いる。
証明.x∈kerdkとし、Hodge 分解によって
x=dk−1a+h+dk∗bと一意に書く。ここでh∈Hkである。複体条件と調和性からdkdk−1a=0かつdkh=0なので、dkx=0から
dkdk∗b=0を得る。したがって
∥dk∗b∥2=⟨dk∗b,dk∗b⟩=⟨dkdk∗b,b⟩=0.正定値性によりdk∗b=0である。よってx=dk−1a+hであり、xのコホモロジー類はhで代表される。
h,h′∈Hkが同じ類を代表すると、h−h′∈imdk−1である。一方、命題 2.2の証明によりh−h′⊥imdk−1である。したがって∥h−h′∥2=0となり、h=h′である。写像の線形性は商写像の線形性から従う。▨
5 具体例
例 5.1 (三項複体の Hodge 分解). 標準内積をもつ実線形空間について
Rd0R3d1R,d0(a)=(a,0,0),d1(x,y,z)=zと定める。d1d0=0なので複体である。随伴は
d0∗(x,y,z)=x,d1∗(b)=(0,0,b)である。したがって
Δ1(x,y,z)=d0d0∗(x,y,z)+d1∗d1(x,y,z)=(x,0,z).よって
imd0=span{(1,0,0)},H1=span{(0,1,0)},imd1∗=span{(0,0,1)}.三つは標準内積について直交し、その直和はR3である。またkerd1={(x,y,0)}をimd0で割ると、各類はただ一つの(0,y,0)∈H1を代表に持つ。
6 演習
問題 6.1 (Laplace 作用素の添字).x∈Vkに対して適用することができる二つの合成は
Vkdk−1∗Vk−1dk−1Vk,VkdkVk+1dk∗Vkである。したがってΔk=dk−1dk−1∗+dk∗dkである。dk−1∗dk−1はVk−1の自己準同型なので、Δkの項にはならない。