1 行列安定化と Brauer 同値
Brauer 同値の推移性と積の well-defined 性では、二つの行列因子を一つにまとめる。最初に、そのための同型を固定する。
補題 1.1. 正の整数m,nに対して、K-代数同型
κm,n:Mm(K)⊗KMn(K) ≅ Mmn(K)が存在する。第一因子と第二因子の行列単位をそれぞれEijとFpqと書くと、この同型は
Eij⊗Fpq⟼G(i−1)n+p,(j−1)n+qによって定まる。
証明.Eijの全体とFpqの全体は、それぞれMm(K)とMn(K)のK-基底である。テンソル積の基底に関する§E6.33 命題 5.3の証明により、
{Eij⊗Fpq∣1≤i,j≤m, 1≤p,q≤n}は左辺のK-基底である。右辺に現れるG(i−1)n+p,(j−1)n+qの全体はMmn(K)の行列単位を重複なく尽くす。したがって表示した対応は、ただ一つのK-線形同型κm,nを定める。
行列単位の積を計算すると、
(Eij⊗Fpq)(Ekℓ⊗Frs)=δjkδqrEiℓ⊗Fpsである。一方、対応する右辺の行列単位の積は
G(i−1)n+p,(j−1)n+qG(k−1)n+r,(ℓ−1)n+s=δjkδqrG(i−1)n+p,(ℓ−1)n+sである。よってκm,nは積を保つ。また
Im⊗In=i=1∑mp=1∑nEii⊗FppはImnへ移るため、κm,nは単位元を保つ。したがってκm,nはK-代数同型である。▨
定義 1.2.A,Bを中心単純K-代数とする。正の整数m,nが存在して
A⊗KMm(K)≅B⊗KMn(K)がK-代数同型として成り立つとき、AとBはBrauer 同値 (Brauer equivalence) であるといい、
A∼BrBと書く。
この定義で許すのは、固定した基礎体K上の行列代数による安定化だけである。環として同型であっても、Kの構造準同型を保たない同型は Brauer 同値の定義に用いない。
命題 1.3. 中心単純K-代数の全体において、関係∼Brは反射律、対称律および推移律を満たす。
証明. 任意の中心単純K-代数Aに対して、
A⊗KM1(K)≅AであるからA∼BrAである。したがって反射律が成り立つ。
A∼BrBを与えるK-代数同型の逆写像は、B∼BrAを与える。したがって対称律が成り立つ。
A∼BrBおよびB∼BrCとする。正の整数m,n,p,qとK-代数同型
A⊗KMm(K)≅B⊗KMn(K),B⊗KMp(K)≅C⊗KMq(K)を取る。第一の同型にMp(K)を、第二の同型にMn(K)をテンソルし、結合同型と因子交換同型§E6.33 命題 5.2を用いると、
A⊗KMm(K)⊗KMp(K)≅B⊗KMn(K)⊗KMp(K)≅B⊗KMp(K)⊗KMn(K)≅C⊗KMq(K)⊗KMn(K)を得る。結合同型が代数同型であることは、純テンソルについて
((a⊗x)⊗y)((a′⊗x′)⊗y′)⟼aa′⊗(xx′⊗yy′)となることから従う。補題補題 1.1によって二つの行列因子をまとめると、
A⊗KMmp(K)≅C⊗KMqn(K)となる。よってA∼BrCであり、推移律が成り立つ。▨
Artin–Wedderburn の定理は、行列安定化が単純 Artin 環の分類から行列次数を除く操作であることを示す。
命題 1.4. 任意の中心単純K-代数Aに対して、ある正の整数rと有限次元中心斜体Dが存在し、
A≅Mr(D)がK-代数同型として成り立つ。
証明.Aの左イデアルはK-線形部分空間である。左イデアルの真の降鎖ではK-次元が真に減少するため、有限次元性からAは左 Artin 環である。Aは単純環でもあるから、§E6.25 定理 8.2により、ある斜体Dと正の整数rが存在して、環同型
θ:A ≅ Mr(D)が成り立つ。
Mr(D)の中心を計算する。中心元Xは各行列単位Eiiと可換するため対角行列である。さらにEijと可換するため、すべての対角成分が同じ元d∈Dになる。XがaE11と可換することから、任意のa∈Dに対してda=adである。したがって
Z(Mr(D))=Z(D)Irである。
環同型は中心を中心へ写す。Z(A)=K1Aであるから、
θ(c1A)=ιD(c)Irによって写像ιD:K→Z(D)を定めると、ιDは体同型である。この写像をDのK-代数構造とする。するとθは構成からK線形であり、K-代数同型になる。またDは角E11Mr(D)E11と同一視されるため、有限次元K-線形空間Mr(D)の部分空間であり、K上有限次元である。さらにZ(D)=ιD(K)であるから、Dは有限次元中心斜体K-代数である。▨
例 1.5 (全行列代数の Brauer 類). 正の整数nに対してMn(K)は§E6.33 定理 4.1により中心単純K-代数である。Brauer 同値の定義でm=1、右辺の行列次数をnとすれば、
Mn(K)⊗KM1(K)≅K⊗KMn(K)である。したがって
Mn(K)∼BrKであり、すべての全行列代数はKと同じ Brauer 類を表す。
例 1.6 (中心性を外すことができない例).CをR-代数とみなすと、Cは有限次元単純R-代数である。しかし
Z(C)=C=R1であるため、Cは中心単純R-代数ではない。したがってCは、本記事で定義するBr(R)の代表元にはならない。有限次元性と単純性だけでは Brauer 群の対象を定めるには不十分である。
2 中心単純代数のテンソル積
Brauer 類の積を[A⊗KB]によって定めるには、A⊗KBが再び中心単純であることを証明する必要がある。その証明では、非零両側イデアルから第二因子だけに属する非零元を取り出す。
定義 2.1.K-線形空間V,Wと非零元z∈V⊗KWに対して、
z=i=1∑rvi⊗wiと表示することができる正の整数rの最小値を、zのテンソル長 (tensor length) という。
テンソル長が最小である表示では、v1,…,vrとw1,…,wrはそれぞれ一次独立である。例えばwr=∑i<rciwiならば
i=1∑rvi⊗wi=i<r∑(vi+civr)⊗wi
となり、より短い表示を得るためである。viの場合も同じ議論が成り立つ。
証明.Iの非零元のうちテンソル長が最小である元を取り、
z=i=1∑rai⊗biと書く。最小表示を選んだため、a1,…,arとb1,…,brはそれぞれ一次独立であり、特にa1=0である。
Aは単純環であるから、a1が生成する両側イデアルAa1AはA全体である。したがって、有限個のuj,vj∈Aが存在して
j∑uja1vj=1Aとなる。Iは両側イデアルであるため、
w:=j∑(uj⊗1B)z(vj⊗1B)=i=1∑rci⊗bi∈I,ci:=j∑ujaivjである。c1=1Aであり、biは一次独立であるからw=0である。wの表示は長さが高々rであり、rの最小性からwのテンソル長もrである。
任意のx∈Aに対して、
(x⊗1B)w−w(x⊗1B)=i=2∑r(xci−cix)⊗biはIに属する。右辺のテンソル長は高々r−1であるため、rの最小性から右辺は零でなければならない。b2,…,brは一次独立であるから、任意のiとxに対してxci=cixとなる。c1=1Aも中心に属するため、すべてのciがZ(A)=K1Aに属する。
ci=λi1Aと書けば、
w=1A⊗(i=1∑rλibi)となる。λ1=1とbiの一次独立性から、括弧内の元は零ではない。したがって所要の非零元1A⊗bがIに属する。▨
定理 2.3.A,Bを中心単純K-代数とする。このときA⊗KBも中心単純K-代数である。
証明.§E6.33 定理 5.1によりA⊗KBは単位的結合的K-代数である。また§E6.33 命題 5.3により有限次元である。
Aは非零有限次元K-線形空間であるから、K-線形写像ε:A→Kでε(1A)=1を満たすものが存在する。テンソル積上の誘導写像§E6.14 命題 6.1によってε⊗idBが定まり、
(ε⊗idB)(1A⊗b)=bとなる。したがって写像b↦1A⊗bは単射である。特に1A⊗1B=0であり、A⊗KBは非零である。
単純性を示す。IをA⊗KBの非零両側イデアルとする。補題補題 2.2により、ある0=b∈Bに対して1A⊗b∈Iである。Bは単純であるからBbB=Bであり、有限個のyj,zj∈Bが存在して
j∑yjbzj=1Bとなる。したがって
j∑(1A⊗yj)(1A⊗b)(1A⊗zj)=1A⊗1BはIに属する。単位元を含む両側イデアルは環全体であるから、I=A⊗KBである。よってA⊗KBは単純である。
中心を計算する。z∈Z(A⊗KB)を取り、b1,…,brが一次独立となる表示
z=i=1∑rai⊗biを選ぶ。任意のx∈Aに対して
0=(x⊗1B)z−z(x⊗1B)=i=1∑r(xai−aix)⊗biである。biの一次独立性からxai=aixがすべてのiについて成り立つ。したがってai∈Z(A)=K1Aであり、あるb∈Bによってz=1A⊗bと書くことができる。上で示した写像b↦1A⊗bの単射性を用いる。任意のy∈Bに対して
0=(1A⊗b)(1A⊗y)−(1A⊗y)(1A⊗b)=1A⊗(by−yb)であるから、by=ybである。よってb∈Z(B)=K1Bである。したがって
Z(A⊗KB)=K(1A⊗1B)となる。有限次元性、単純性および中心性をすべて得たため、A⊗KBは中心単純K-代数である。▨
3 包絡代数と自己準同型環
反対代数は、右からの乗法を左作用の一部として記述する。左乗法と右乗法を同時に作用させると、中心単純代数のすべてのK-線形自己準同型が得られる。
定理 3.1.Aを中心単純K-代数とする。写像
ΦA:A⊗KAop⟶EndK(A),ΦA(a⊗bop)(x):=axbはK-代数同型である。特にd=dimKAと置くと、
A⊗KAop≅Md(K)である。
証明. 写像(a,b)↦(x↦axb)はaとbのそれぞれについてK線形であるため、テンソル積の普遍性によってK-線形写像ΦAを定める。Aopの積では順序が逆になるので、
(a⊗bop)(c⊗dop)=ac⊗(db)opである。任意のx∈Aに対して
ΦA(ac⊗(db)op)(x)(ΦA(a⊗bop)∘ΦA(c⊗dop))(x)=acxdb,=a(cxd)b=acxdbとなる。さらにΦA(1A⊗1Aop)=idAであるから、ΦAは単位元を保つK-代数準同型である。
単射性を示す。kerΦAはA⊗KAopの両側イデアルである。kerΦA=0ならば、補題補題 2.2をB=Aopへ適用することにより、ある0=b∈Aに対して
1A⊗bop∈kerΦAとなる。しかし
ΦA(1A⊗bop)(1A)=b=0であり、矛盾する。したがってkerΦA=0である。
d=dimKAと置く。反対代数の次元とテンソル積の次元に関する§E6.33 命題 3.1と§E6.33 命題 5.3により、
dimK(A⊗KAop)=d2である。一方、AのK-基底e1,…,edを選ぶと、K-線形自己準同型は各eiの像によって一意に定まり、各像はd個の係数をもつ。したがって
dimKEndK(A)=d2である。同じ有限次元をもつ線形空間の間の単射であるから、ΦAは全射でもある。
選んだ基底に関する行列表示は、合成を行列積へ写すK-代数同型
EndK(A)≅Md(K)を与える。二つの同型を合成すると、A⊗KAop≅Md(K)を得る。▨
4 Brauer 類の可換群
Brauer 同値類を[A]と書く。積の候補は
[A][B]:=[A⊗KB]
である。中心単純代数のテンソル積閉性だけでは、この式が代表元の選び方に依存しないことまでは分からない。次の主定理では、well-defined 性と群の公理を順に証明する。
4.1 証明方針
最初に、二つの代表元をそれぞれ行列安定化して得た同型をテンソルし、行列因子を補題補題 1.1によってまとめる。この安定化操作によって積の well-defined 性を示す。結合律と可換律にはテンソル積の結合同型と因子交換同型を用いる。Kの類が単位元であることを単位同型から示し、最後に定理 3.1を用いてAopの類が[A]の逆元であることを示す。
定理 4.1. 中心単純K-代数の Brauer 同値類の全体をBr(K)と書く。演算
[A]⋅[B]:=[A⊗KB]はBr(K)上で well-defined であり、Br(K)を可換群にする。単位元は[K]であり、[A]の逆元は[Aop]である。
証明. 定理定理 2.3によりA⊗KBは中心単純K-代数であるから、表示した積は中心単純代数の Brauer 類を値としてもつ。
代表元に関する well-defined 性を示す。A∼BrA′およびB∼BrB′とする。正の整数m,m′,n,n′とK-代数同型
A⊗KMm(K)≅A′⊗KMm′(K),B⊗KMn(K)≅B′⊗KMn′(K)を取る。二つの同型をテンソルし、結合同型と因子交換同型によって因子を並べ替えると、
(A⊗KB)⊗K(Mm(K)⊗KMn(K))≅(A′⊗KB′)⊗K(Mm′(K)⊗KMn′(K))を得る。補題補題 1.1によって、
(A⊗KB)⊗KMmn(K)≅(A′⊗KB′)⊗KMm′n′(K)となる。したがってA⊗KB∼BrA′⊗KB′であり、積は代表元の選び方に依存しない。
結合律を示す。 加群のテンソル積の結合同型§E6.14 定理 8.1は、純テンソルについて
(a⊗b)⊗c⟼a⊗(b⊗c)で与えられる。純テンソルの積を両辺で計算すれば、この写像は単位元を保つK-代数同型でもある。したがって
([A][B])[C]=[(A⊗KB)⊗KC]=[A⊗K(B⊗KC)]=[A]([B][C])である。
可換律を示す。 因子交換同型§E6.33 命題 5.2により
A⊗KB≅B⊗KAであるから、
[A][B]=[B][A]である。
単位元を示す。 写像
K⊗KA⟶A,c⊗a⟼caは、逆写像a↦1K⊗aをもつK-代数同型である。したがって
[K][A]=[A]である。可換律から[A][K]=[A]も成り立つ。
逆元を示す。§E6.33 命題 3.1によりAopも中心単純K-代数である。d=dimKAとすると、定理定理 3.1により
A⊗KAop≅Md(K)である。例例 1.5によりMd(K)∼BrKであるから、
[A][Aop]=[K]となる。可換律により逆向きの積も[K]である。したがってBr(K)は、単位元[K]と逆元[Aop]をもつ可換群である。▨
5 演習
問題 5.1. 次の五項目を、本記事の定義と証明から導け。
- M2(K)⊗KM3(K)≅M6(K)を、行列単位の像を明示して証明せよ。
- A∼BrBとB∼BrCからA∼BrCを導く際に、行列次数がどのように変化するかを示せ。
- A,Bが中心単純K-代数であるとき、A⊗KBの非零両側イデアルが単位元を含むことを証明せよ。
- 標準写像ΦA:A⊗KAop→EndK(A)が単射であることを、両側イデアルからの純テンソルの抽出を用いて証明せよ。さらに有限次元性から全射を導け。
- [Mn(K)]=[K]と[A]−1=[Aop]を証明し、Cを通常のR-代数とみなした代数がBr(R)の代表元にならない理由を述べよ。
解答 (演習の解答).
-
M2(K)の行列単位をEij、M3(K)の行列単位をFpqとする。写像
Eij⊗Fpq⟼G3(i−1)+p,3(j−1)+q
は、左辺の36個の基底元をM6(K)の36個の行列単位へ全単射に写す。さらに
(Eij⊗Fpq)(Ekℓ⊗Frs)=δjkδqrEiℓ⊗Fps
であり、像の行列単位も同じ積を満たす。この写像は単位元も保つため、K-代数同型である。
-
A∼BrBとB∼BrCを与える同型を
A⊗KMm(K)≅B⊗KMn(K),B⊗KMp(K)≅C⊗KMq(K)
とする。第一の同型へMp(K)、第二の同型へMn(K)をテンソルする。中央の二つの行列因子を交換し、Mm(K)⊗KMp(K)≅Mmp(K)とMq(K)⊗KMn(K)≅Mqn(K)を用いると、
A⊗KMmp(K)≅C⊗KMqn(K)
を得る。したがってA∼BrCである。
-
IをA⊗KBの非零両側イデアルとする。Iの非零元からテンソル長が最小のものを選び、単純性AaA=Aを用いて第一係数を1Aにする。x⊗1Bとの交換子はテンソル長が真に短いため零である。したがって残りの第一係数もZ(A)=K1Aに属し、ある0=b∈Bに対して1A⊗b∈Iとなる。Bの単純性から、有限個のyj,zj∈Bを用いて∑jyjbzj=1Bと書くことができる。よって
1A⊗1B=j∑(1A⊗yj)(1A⊗b)(1A⊗zj)∈I
である。単位元を含む両側イデアルは環全体であるから、I=A⊗KBとなる。
-
kerΦAはA⊗KAopの両側イデアルである。核が非零ならば、純テンソル抽出の補題により、ある0=b∈Aに対して1A⊗bop∈kerΦAとなる。しかし
ΦA(1A⊗bop)(1A)=b=0
であるため矛盾する。よってΦAは単射である。d=dimKAとすると、定義域の次元はd2である。終域の自己準同型は基底のd個の元の像によって定まり、各像はd個の係数をもつため、終域の次元もd2である。したがってΦAは全射であり、K-代数同型である。
-
Brauer 同値の定義で
Mn(K)⊗KM1(K)≅K⊗KMn(K)
であるから[Mn(K)]=[K]である。d=dimKAとすれば
A⊗KAop≅EndK(A)≅Md(K)
であるため、[A][Aop]=[K]となる。したがって[Aop]は[A]の逆元である。一方、Cは単純な有限次元R-代数であるが、中心がCでありR1より大きい。中心単純性を満たさないため、CはBr(R)の代表元ではない。
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