1 Noether 加群
Noether 性は、部分加群の任意の昇鎖が有限段階で一定になることを表す。
定義 1.1. 左R加群MがNoether 加群 (Noetherian module) であるとは、部分加群の任意の昇鎖
N0⊆N1⊆N2⊆⋯に対して、あるnが存在して
Nn=Nn+1=Nn+2=⋯となることをいう。この条件を昇鎖条件 (ascending chain condition)(ascending chain condition, ACC)という。右R加群の Noether 性も、右部分加群の昇鎖について同じ形で定義する。
環Rが左 Noether 環 (left Noetherian ring) であるとは左正則加群RRが Noether 加群であることをいい、右 Noether 環 (right Noetherian ring) であるとは右正則加群RRが Noether 加群であることをいう。Rが可換環である場合には左右を区別せず、単にNoether 環 (Noetherian ring) という。
Noether 性は、昇鎖を直接調べる代わりに、部分加群の極大元または有限個の生成元によって判定することができる。
命題 1.2. 左R加群Mに対して、次の三条件は同値である。
- Mは昇鎖条件を満たす。
- Mの部分加群からなる空でない任意の族は、包含関係に関する極大元をもつ。
- Mの任意の部分加群Nは有限生成である。すなわち、あるx1,…,xr∈Nが存在して
N=Rx1+⋯+Rxr
となる。零部分加群ではr=0を許す。
証明.(1)⇒(2)を示す。Mの部分加群からなる空でない族Sが極大元をもたないと仮定する。N0∈Sを一つ取り、Njが選ばれたとき、極大性をもたないことから
Nj⊊Nj+1となるNj+1∈Sを選ぶ。この操作によって停止しない真の昇鎖が得られ、(1)に反する。したがってSは極大元をもつ。
(2)⇒(3)を示す。N⊆Mを部分加群とし、Nの有限生成部分加群全体をFとする。零部分加群は空集合で生成されるため、Fは空でない。(2)により、Fは極大元Lをもつ。L=Nならばx∈N∖Lを取ることができる。Lの有限生成系にxを加えるとL+Rxは有限生成であり、
L⊊L+Rx⊆Nとなる。真の包含L⊊L+RxはLの極大性に反する。よってL=Nであり、Nは有限生成である。
(3)⇒(1)を示す。昇鎖N0⊆N1⊆⋯を取り、
N:=j≥0⋃Njと置く。昇鎖であることによりNは部分加群である。(3)からN=Rx1+⋯+Rxrとなるx1,…,xr∈Nが存在する。各xiに対してxi∈Nniとなるniを取り、n:=maxiniと置く。r=0の場合にはn=0と置く。このときN⊆Nnであり、逆包含は定義から成り立つためN=Nnである。j≥nならば
Nn⊆Nj⊆N=Nnであるから、昇鎖はNnで停止する。▨
2 Artin 加群
Artin 性は、部分加群の任意の降鎖が有限段階で一定になることを表す。Noether 性には、すべての部分加群が有限生成であるという特徴づけがある。Artin 性に対する同様の生成条件は、本記事では導入しない。
定義 2.1. 左R加群MがArtin 加群 (Artinian module) であるとは、部分加群の任意の降鎖
N0⊇N1⊇N2⊇⋯に対して、あるnが存在して
Nn=Nn+1=Nn+2=⋯となることをいう。この条件を降鎖条件 (descending chain condition)(descending chain condition, DCC)という。右R加群の Artin 性も右部分加群の降鎖について定義する。
環Rが左 Artin 環 (left Artinian ring) であるとはRRが Artin 加群であることをいい、右 Artin 環 (right Artinian ring) であるとはRRが Artin 加群であることをいう。可換環では単にArtin 環 (Artinian ring) という。
降鎖条件は、空でない部分加群族に極小元が存在する条件と同値である。
命題 2.2. 左R加群Mに対して、次の二条件は同値である。
- Mは降鎖条件を満たす。
- Mの部分加群からなる空でない任意の族は、包含関係に関する極小元をもつ。
証明.(1)⇒(2)を示す。(1)を仮定し、空でない部分加群族Sが極小元をもたないとする。N0∈Sを取り、Njが選ばれたとき
Nj⊋Nj+1となるNj+1∈Sを選ぶと、停止しない真の降鎖が得られる。停止しない真の降鎖は(1)に反するため、(2)が成り立つ。
(2)⇒(1)を示す。逆に(2)を仮定し、降鎖N0⊇N1⊇⋯を取る。族{Nj∣j≥0}の極小元をNnとする。j≥nではNj⊆Nnであり、極小性からNj=Nnとなる。したがって降鎖は停止する。▨
3 短完全列と鎖条件
短完全列の中央項にある部分加群列については、各項と左端の加群との共通部分、および右端の加群における像を調べる。二つの列が停止すれば、中央項の列も停止することを元ごとの計算によって示すことができる。
命題 3.1. 左R加群の短完全列
0⟶A i B p C⟶0において、Bが Noether 加群であることと、AとCがともに Noether 加群であることは同値である。したがって、三つの加群のうち任意の二つが Noether 加群ならば残りの一つも Noether 加群である。
証明.Bが Noether 加群であるとする。Aの部分加群の昇鎖へiを施すと、Bの部分加群の昇鎖が得られる。iは単射であるため、像の鎖が停止すれば元の鎖も停止する。よってAは Noether 加群である。
Cの部分加群の昇鎖C0⊆C1⊆⋯に対して、逆像
p−1(C0)⊆p−1(C1)⊆⋯はBの部分加群の昇鎖である。この逆像の鎖がnで停止すれば、pの全射性から
Cj=p(p−1(Cj))=p(p−1(Cn))=Cnがすべてのj≥nについて成り立つ。したがってCも Noether 加群である。
逆にAとCが Noether 加群であるとする。Aをi(A)=kerpと同一視し、Bの部分加群の昇鎖
B0⊆B1⊆⋯を取る。共通部分A∩BjはAの昇鎖をなし、像p(Bj)はCの昇鎖をなす。両方が停止する段階以後の添字を一つ取り、nとする。j≥nとb∈Bjに対して、p(b)∈p(Bj)=p(Bn)であるから、p(bn)=p(b)となるbn∈Bnが存在する。このとき
b−bn∈A∩Bj=A∩Bn⊆Bnであり、b∈Bnとなる。よってBj⊆Bnであり、逆包含は昇鎖から従う。したがってBj=Bnであり、Bは Noether 加群である。▨
Artin 性の場合には、中央項の降鎖と左端の加群との共通部分、および右端の加群における像を用いる。両端で得られる降鎖が停止した後、中央項の降鎖も停止することを元ごとに証明する。
命題 3.2. 左R加群の短完全列
0⟶A i B p C⟶0において、Bが Artin 加群であることと、AとCがともに Artin 加群であることは同値である。したがって、三つの加群のうち任意の二つが Artin 加群ならば残りの一つも Artin 加群である。
証明.Bが Artin 加群ならば、Aの部分加群の降鎖をiによってBへ移すことでAの Artin 性が従う。Cの部分加群の降鎖(Cj)に対しては、逆像の降鎖(p−1(Cj))がBで停止する。pの全射性によりp(p−1(Cj))=Cjであるため、元の降鎖も停止する。したがってCは Artin 加群である。
逆にAとCが Artin 加群であるとし、A=kerp⊆Bと同一視する。Bの部分加群の降鎖
B0⊇B1⊇⋯を取ると、(A∩Bj)と(p(Bj))はそれぞれAとCの降鎖である。両方が停止した後の添字をnとする。j≥nとb∈Bnに対して、p(b)∈p(Bn)=p(Bj)であるから、p(bj)=p(b)となるbj∈Bjが存在する。したがって
b−bj∈A∩Bn=A∩Bj⊆Bjであり、b∈Bjとなる。よってBn⊆Bjであり、逆包含は降鎖から従う。したがってBj=Bnとなり、Bは Artin 加群である。▨
4 単純加群、組成列および有限長
Noether 性と Artin 性を同時に満たす加群には、各商が単純加群となる有限な部分加群列、すなわち組成列が存在する。
定義 4.1. 左R加群Sが単純加群 (simple module) であるとは、S=0であり、Sの部分加群が0とSだけであることをいう。
定義 4.2. 左R加群Mの組成列 (composition series) とは、部分加群の有限列
0=M0⊊M1⊊⋯⊊Mn=Mであって、各商Mi/Mi−1が単純加群であるものをいう。単純加群Mi/Mi−1を組成因子 (composition factor) という。零加群については0=M0を組成列とみなし、組成因子をもたないものとする。
部分加群の真の昇鎖の長さの上限を
ℓR(M):=sup{n∈Z≥0 ∣ 0=N0⊊N1⊊⋯⊊Nn⊆M}∈Z≥0∪{∞}と定め、この値をMの長さ (length) という。ℓR(M)<∞であるとき、Mを有限長加群 (module of finite length) という。零加群では長さ0の鎖だけが存在するため、ℓR(0)=0である。
有限長は、二つの鎖条件を同時に課すこと、および組成列が存在することのいずれによっても判定することができる。
証明の出発点は、真の昇鎖の長さに有限上界があるという条件である。最初に停止しない昇鎖と降鎖を排除し、次に Noether 性から極大真部分加群を選び、Artin 性によって降下列を有限段階で停止させて組成列を構成する。逆向きでは、組成列の末尾の単純商へ任意の昇鎖を写し、各項と組成列の末尾直前の部分加群との共通部分へ帰納法を適用することが本質的一手である。
定理 4.3. 左R加群Mに対して、次の三条件は同値である。
- Mは有限長加群である。
- Mは Noether 加群かつ Artin 加群である。
- Mは組成列をもつ。
組成列がn個の組成因子をもつならば、ℓR(M)=nである。
証明.(1)⇒(2)を示す。ℓR(M)=d<∞とする。昇鎖N0⊆N1⊆⋯が停止しないと仮定する。j0:=0と置く。jqが選ばれたとき、鎖はNjqで停止しないため、jq+1>jqかつNjq⊊Njq+1となるjq+1を選ぶことができる。したがって(Njq)は停止しない真の昇鎖である。任意の有限部分の先頭が非零ならば0を加えることにより、長さが任意に大きい真の昇鎖を得る。降鎖が停止しない場合にも、真の包含が生じる添字を同じ方法で逐次選ぶ。得られた真の降鎖の任意の有限部分を逆順に並べ、先頭が非零ならば0を加えると、長さが任意に大きい真の昇鎖になる。いずれもℓR(M)=dに反するため、Mは Noether 加群かつ Artin 加群である。
(1)⇒(3)を示す。長さを定める集合は整数の集合であり、その上限dは有限であるから、長さdの鎖
0=M0⊊M1⊊⋯⊊Md⊆Mが存在する。Md=Mならば末尾へMを加えることができるため、Md=Mである。また、Mi−1とMiの間に真の中間部分加群があれば、その部分加群を挿入して鎖を長くすることができる。したがって中間部分加群は存在しない。Mi/Mi−1の部分加群の逆像はMi−1とMiの間の部分加群であるため、この商は単純である。よって表示した鎖は組成列である。
(2)⇒(3)を示す。M=0とする。Mの真の部分加群全体は零部分加群を含む空でない族である。Noether 性と命題 1.2により、この族は極大元M1をもつ。商M/M1は非零であり、商の部分加群の逆像を取れば、M1の極大性からM/M1が単純であることが従う。M1=0ならば同じ操作をM1に施し、
M=M0⊋M1⊋M2⊋⋯を作る。Mは Artin 加群であるため、真の降鎖は無限に続かない。したがって、Mn=0となる整数n≥0が存在する。降鎖を逆順に並べるとMの組成列を得る。M=0の場合には定義で指定した長さ0の組成列を用いる。
(3)⇒(1)を示す。組成列の因子数nに関する帰納法を用いる。n=0ならばM=0であり、ℓR(M)=0である。n>0とし、A:=Mn−1、S:=M/Aと置く。Aの組成列は因子数n−1であるため、帰納法の仮定からℓR(A)=n−1である。
Mの任意の真の昇鎖
0=N0⊊N1⊊⋯⊊Nr⊆Mを取り、Aj:=A∩Nj、Cj:=(Nj+A)/A⊆Sと置く。(Aj)はAの昇鎖であり、真に増大する段階は高々n−1回である。(Cj)は単純加群Sの部分加群の昇鎖であるため、真に増大する段階は高々一回である。もしNj⊊Nj+1であるにもかかわらずAj=Aj+1かつCj=Cj+1ならば、x∈Nj+1に対して像の等しさからx−y∈Aとなるy∈Njを選ぶことができる。このとき
x−y∈A∩Nj+1=A∩Nj⊆Njであるからx∈Njとなり、真の包含に反する。したがって各段階で(Aj)または(Cj)の少なくとも一方が真に増大し、r≤(n−1)+1=nである。もとの組成列は長さnの真の昇鎖であるため、ℓR(M)=nとなる。▨
5 Jordan–Hölder の定理
二つの組成列を比較する際には、部分加群A,B⊆Mに対する商A/(A∩B)と(A+B)/Bの同型、およびB/(A∩B)と(A+B)/Aの同型を用いる。
補題 5.1 (部分加群の第二同型定理). 左R加群Mの部分加群A,Bに対して、
θ:A/(A∩B)⟶(A+B)/B,θ(a+(A∩B)):=a+Bは左R加群の同型である。
証明.a−a′∈A∩Bならばa−a′∈Bであるためa+B=a′+Bとなり、θは well-defined である。加法とRの作用を保つことは表示式から従う。θ(a+(A∩B))=Bならばa∈Bであり、a∈Aと合わせてa∈A∩Bとなるため、θは単射である。任意の(a+b)+B∈(A+B)/Bはa+Bに等しいため、θは全射でもある。▨
組成列の長さだけでなく、重複度を含む組成因子の同型類も分解の選択に依存しない。
証明の出発点は、二つの組成列の末尾に現れる極大部分加群AとBである。A=Bの場合を帰納法で処理した後、A=Bの場合にはL:=A∩Bを中間目標として、AとBの組成列をLの組成列から作り直す。本質的一手は、第二同型定理が与える菱形によってA/LとM/B、およびB/LとM/Aを交差させ、二つの最上部の組成因子を交換することである。
定理 5.2 (加群の Jordan–Hölder の定理). 有限長左R加群Mの任意の二つの組成列は同じ個数の組成因子をもち、組成因子の順序を並べ替えれば、対応する因子はそれぞれ同型になる。
証明.d:=ℓR(M)に関する帰納法を用いる。d=0ならばM=0であり、二つの組成列はいずれも組成因子をもたない。d>0とし、二つの組成列を
0=M0⊊⋯⊊Mn−1=A⊊Mn=M,0=N0⊊⋯⊊Nm−1=B⊊Nm=Mとする。M/AとM/Bは単純であるため、AとBはMの極大部分加群である。
A=Bならば、Aの二つの組成列へ帰納法の仮定を適用することができる。実際、A⊊Mであるため、Aの任意の真の昇鎖へ末尾のMを加えるとMの鎖になり、ℓR(A)<dである。A以下の組成因子が並べ替えを除いて一致し、最上部の因子M/Aは共通であるから、Mについても結論が成り立つ。
A=Bとし、L:=A∩Bと置く。B⊆AならばBの極大性とA⊊MからA=Bとなるため、B⊈Aである。したがってA⊊A+Bであり、Aの極大性から
A+B=Mとなる。補題 5.1により
A/L≅(A+B)/B=M/B,B/L≅(A+B)/A=M/Aである。よってA/LとB/Lは単純加群である。
Mは有限長であるから定理 4.3により Noether 加群かつ Artin 加群であり、部分加群Lも両方の鎖条件を満たす。再び同じ定理により、Lは組成列
0=L0⊊⋯⊊Lq=Lをもつ。末尾へAまたはBを加えると、それぞれAとBの組成列が得られる。
ℓR(A),ℓR(B)<dであるため、帰納法の仮定をAとBへ適用する。最初の組成列に現れるA以下の因子は、Lの因子とA/Lを合わせた多重集合に一致する。第二の組成列に現れるB以下の因子は、Lの因子とB/Lを合わせた多重集合に一致する。さらに
A/L≅M/B,B/L≅M/Aであるため、二つの列の最上部の因子を加えた多重集合も一致する。以上で帰納法が閉じる。▨
群の Jordan–Hölder の定理§E7.20 定理 5.1では、正規部分群からなる列を細分する。加群の部分加群は加法群の正規部分群でもあるが、本記事の加群版では補題 5.1が与える商加群の同型と、長さに関する帰納法だけを用いた。したがって、群版の定理を加群版の証明根拠には用いていない。
6 短完全列と長さ
短完全列では、中央項が有限長であることと、両端の加群がともに有限長であることは同値である。三つの加群が有限長である場合、中央項の長さは両端の長さの和に等しい。
定理 6.1. 左R加群の短完全列
0⟶A i B p C⟶0において、Bが有限長であることと、AとCがともに有限長であることは同値である。有限長である場合には
ℓR(B)=ℓR(A)+ℓR(C)が成り立つ。
証明.定理 4.3、命題 3.1および命題 3.2により、有限長であることについての同値が従う。
長さの等式を示す。Aをi(A)=kerpと同一視する。AとCの組成列を
0=A0⊊⋯⊊Ar=A,0=C0⊊⋯⊊Cs=Cとする。p−1(C0)=Aであるため、二つの組成列をつないだ列
0=A0⊊⋯⊊Ar=A=p−1(C0)⊊p−1(C1)⊊⋯⊊p−1(Cs)=Bを得る。pの全射性により、Cj−1⊊Cjならば逆像の包含も真である。
下側の因子Aj/Aj−1は単純である。上側の因子について、
p−1(Cj)/p−1(Cj−1)⟶Cj/Cj−1,b+p−1(Cj−1)⟼p(b)+Cj−1を考える。この写像は well-defined な全射準同型であり、像が零であることはp(b)∈Cj−1、すなわちb∈p−1(Cj−1)と同値であるから単射でもある。よって上側の因子も単純であり、表示した列はBの組成列である。その因子数はr+sである。定理 5.2によって組成列の因子数は選択に依存しないため、
ℓR(B)=r+s=ℓR(A)+ℓR(C)となる。▨
系 6.2. 左R加群Mが単純であることと、ℓR(M)=1であることは同値である。
証明.Mが単純ならば0⊊Mは組成列であり、定理 4.3によりℓR(M)=1である。逆にℓR(M)=1ならばM=0である。0⊊N⊊Mとなる部分加群Nが存在すれば長さ2の真の昇鎖が得られるため、そのようなNは存在しない。したがってMは単純である。▨
7 右加群と反対環
右加群に関する鎖条件と組成列は、台となる加法群と部分加群を変えずに反対環上へ移る。
命題 7.1. 右R加群Mに左Rop作用
ropm:=mrを入れる。右R加群の組成列、有限長および長さを、対応する左Rop加群の組成列、有限長および長さによって定義する。特に
ℓ(MR):=ℓRop(RopM)と置く。右R加群MRと左Rop加群RopMについて、次の対象と性質は同じデータである。
- 部分加群、その包含関係、昇鎖および降鎖。
- 有限生成性、Noether 性および Artin 性。
- 商加群、単純性、組成列、各組成因子および有限長。
- 準同型、短完全列、Jordan–Hölder の対応および長さの加法性。
したがって、本記事で左加群について証明した結果は、RをRopに置き換えることにより右R加群についても成り立つ。また、Rが右 Noether 環または右 Artin 環であることは、Ropがそれぞれ左 Noether 環または左 Artin 環であることと同値である。
証明.(1)を示す。(2)を示す。加法部分群N⊆Mが右R部分加群であることは、すべてのn∈Nとr∈Rに対してnr∈Nとなることと同値である。この条件はropn=nr∈N、すなわちNが左Rop部分加群であることと同じである。したがって部分加群の集合と包含関係は変化せず、昇鎖と降鎖も同じ列である。また、
x1R+⋯+xnR=Ropx1+⋯+Ropxnであるから、有限生成性も保たれる。以上により(1)と(2)が従う。
(3)を示す。右商加群M/Nの作用は
(m+N)r=mr+Nであり、左Rop加群としての商作用
rop(m+N)=mr+Nと同じである。部分加群が一致するため、商の単純性も一致する。したがって組成列は同じ部分加群列であり、各右R組成因子は同じ加法群と作用をもつ左Rop組成因子になる。真の鎖の長さも変化しないため、有限長とその値が保たれる。
(4)を示す。写像f:M→Nの右R線形性を表す等式
f(mr)=f(m)rは
f(ropm)=ropf(m)と同じ等式である。核、像、全射性および単射性は加法群の写像として変化しないため、短完全列も同じ写像列である。組成因子の同型も同じ写像である。したがって、左Rop加群に対する Jordan–Hölder の定理と長さの加法性が右R加群へ移る。最後に、右正則加群RRは反対環の左正則加群RopRopと同じ作用をもつ。よって環についての主張も従う。▨
8 基本例
整数環は昇鎖条件を満たすが、降鎖条件を満たさない。
例 8.1 (整数環は Noether であるが Artin でない). 左Z加群Zの部分加群は加法群の部分群である。非零部分加群Iに含まれる最小の正整数をdとする。任意のa∈Iに対して除法を
a=qd+r,0≤r<dと行うと、r=a−qd∈Iである。dの最小性からr=0となるため、I=dZである。零部分加群も一元0で生成される。よってすべての部分加群は有限生成であり、命題 1.2によりZは Noether 加群である。
一方、
Z⊋2Z⊋22Z⊋23Z⊋⋯は停止しない真の降鎖である。実際、2n∈2nZであるが2n∈/2n+1Zである。したがってZは Artin 加群でない。可換性により左右について同じ結論が成り立つ。
有限次元線形空間では、組成長は線形代数の次元に一致する。
例 8.2 (有限次元線形空間の長さ). 体k上の有限次元線形空間Vの次元をnとする。n=0ならばV=0であり、ℓk(V)=0=dimkVである。n≥1とし、基底v1,…,vnを取る。
0⊊kv1⊊kv1+kv2⊊⋯⊊kv1+⋯+kvn=Vの各因子は一次元k線形空間である。一次元線形空間の部分空間は零空間と全体だけであるため、各因子は単純k加群である。したがって表示した列は組成列であり、
ℓk(V)=n=dimkVとなる。
9 左右の鎖条件が一致しない環
非可換環では、左正則加群と右正則加群の部分加群格子が大きく異なることがある。
例 9.1 (左右の鎖条件が一致しない上三角行列環). 体k、無限次拡大k⊊K:=k(t)および環
T:={(a0bc) a,b∈K, c∈k}を考える。Tは左正則加群として長さ3であるため左 Noether かつ左 Artin である。一方、右正則加群は昇鎖条件も降鎖条件も満たさない。したがってTは右 Noether 環でも右 Artin 環でもない。
証明. 行列を(a,b,c)と略記すると、積は
(a,b,c)(a′,b′,c′)=(aa′,ab′+bc′,cc′)である。この積の式から
(1,0,1)(a,b,c)=(a,b,c),(a,b,c)(1,0,1)=(a,b,c)となるため、(1,0,1)はTの両側単位元である。冪等元
e11:=(1,0,0),e22:=(0,0,1)に対して
Te11={(a,0,0)∣a∈K},Te22={(0,b,c)∣b∈K, c∈k}は左イデアルであり、
TT=Te11⊕Te22である。実際、(a,b,c)=(a,0,0)+(0,b,c)と一意に分解される。左部分加群、すなわち左イデアルとして
L1:={(a,0,0)∣a∈K},L2:={(a,b,0)∣a,b∈K}を取る。積の式から
(x,y,z)(a,0,0)=(xa,0,0),(x,y,z)(a,b,0)=(xa,xb,0)であるため、L1とL2は左イデアルであり、
0⊊L1⊊L2⊊Tとなる。
L1の非零元(a,0,0)を取る。a=0であるから、左から(a−1,0,0)を掛けると(1,0,0)を得る。さらに(x,0,0)(1,0,0)=(x,0,0)であるため、非零元を含むL1の左部分加群はL1全体である。よってL1は単純である。
J:={(0,b,0)∣b∈K}と置く。写像
J⟶L2/L1,(0,b,0)⟼(0,b,0)+L1は同型である。Jの非零元(0,b,0)に左から(b−1,0,0)を掛けると(0,1,0)を得て、(x,0,0)(0,1,0)=(0,x,0)であるため、Jは単純である。したがってL2/L1も単純である。
最後に
T/L2⟶k,(a,b,c)+L2⟼cは加法群の同型であり、左から(x,y,z)∈Tを掛ける作用をk上の乗法c↦zcへ移す。kのこの加群構造における非零部分加群は、非零元cと任意のz∈kからすべてのzcを含むためk全体である。よってT/L2は単純である。以上により表示した列はTTの組成列であり、ℓT(TT)=3である。定理 4.3からTは左 Noether 環かつ左 Artin 環である。
右側を調べる。任意のk線形部分空間W⊆Kに対して
IW:={(0,w,0)∣w∈W}と置く。w∈Wと(a,b,c)∈Tに対して
(0,w,0)(a,b,c)=(0,wc,0)であり、c∈kからwc∈Wとなる。加法についても閉じているため、IWはTの右イデアルである。またIW⊆IW′とW⊆W′は同値である。
Kのk線形部分空間
Wn:=spank{1,t,…,tn}を取る。tはk上超越的であるためtn+1∈/Wnであり、
IW0⊊IW1⊊IW2⊊⋯は右イデアルの停止しない真の昇鎖である。次に
Un:=spank{tn,tn+1,tn+2,…}=tnk[t]と置く。tn∈/Un+1であるため、
IU0⊋IU1⊋IU2⊋⋯は右イデアルの停止しない真の降鎖である。したがってTTは Noether 加群でも Artin 加群でもない。▨
10 演習
問題 10.1 (鎖条件と有限長の確認). 次の各問に答えよ。
- Noether 加群について、昇鎖条件、空でない部分加群族の極大元条件および全部分加群の有限生成性が同値であることを証明せよ。
- 短完全列0→A→B→C→0について、Noether 性と Artin 性のそれぞれでBが条件を満たすこととA,Cがともに条件を満たすことが同値であると証明せよ。
- 有限長、Noether 性かつ Artin 性、および組成列の存在が同値であることを証明せよ。零加群の長さが0であることと、非零加群が単純であることと長さが1であることの同値も示せ。
- 二つの極大部分加群A,B⊊Mが異なるとき、A+B=Mであることと
A/(A∩B)≅M/B,B/(A∩B)≅M/A
を証明せよ。この菱形と長さに関する帰納法を用いて、加群の Jordan–Hölder の定理を再構成せよ。
- 短完全列0→A→B→C→0でAとCが有限長であるとき、AとCの組成列からBの組成列を構成し、ℓR(B)=ℓR(A)+ℓR(C)を証明せよ。
- n次元k線形空間の長さがnであることと、Zが NoetherZ加群であるが ArtinZ加群でないことを証明せよ。
- K=k(t)と本文の上三角行列環Tに対して、左正則加群の長さ3の組成列を構成せよ。また、右イデアルの停止しない真の昇鎖と降鎖を構成し、反対環による移行と結び付けて左右の鎖条件が一致しないことを説明せよ。
解答 (演習の解答).
- 昇鎖条件を仮定し、極大元をもたない空でない族から真に増大する部分加群を順に選ぶと、停止しない昇鎖が生じる。極大元条件を仮定し、Nの有限生成部分加群族の極大元をLとすると、x∈N∖Lが存在する場合にL+RxがLより大きな有限生成部分加群となるため、L=Nである。全部分加群が有限生成であるとし、昇鎖の和集合をNと置く。有限個の生成元がすべて属する段階を取れば、その段階で昇鎖が停止する。
- Bが鎖条件を満たす場合、Aの鎖は単射による像としてBへ移り、Cの鎖は全射による逆像としてBへ移る。逆にA,Cが条件を満たすとする。Bの鎖について、Aとの共通部分とCにおける像が停止した後、同じ像をもつ元の差が共通部分に属することを用いれば、中央の鎖も停止する。
- 長さに有限上界があれば、停止しない昇鎖または降鎖から任意に長い真の昇鎖を作ることができるため、両鎖条件が成り立つ。Noether 性から各非零部分加群に極大真部分加群を取り、Artin 性によって降下を有限段階で停止させると組成列を得る。組成列があれば、最上部の単純商への像とその核との共通部分を追跡する帰納法により、任意の真の昇鎖の長さは組成因子数以下である。零加群には0=N0という長さ0の鎖だけが存在するため、ℓR(0)=0である。単純加群では0⊊Mが組成列であり、長さ1の加群に非零真部分加群が存在すれば長さ2の鎖が生じる。
- B⊆AならばBの極大性からA=Bとなるため、B⊈Aである。よってA⊊A+Bであり、Aの極大性からA+B=Mとなる。部分加群の第二同型定理をA,Bへ適用すると二つの商同型を得る。L=A∩Bの組成列へAまたはBを加え、A/L≅M/BとB/L≅M/Aを用いる。AとBの長さはMより小さいため、帰納法によって二つの組成列の因子が重複度を含めて一致する。
- AをBの部分加群と同一視し、Aの組成列の後へp−1(Cj)を並べる。商p−1(Cj)/p−1(Cj−1)はCj/Cj−1と同型である。得られる列はBの組成列であり、その因子数は両端の因子数の和である。Jordan–Hölder の定理から長さの加法性が従う。逆向きの有限長の保存は、有限長と両鎖条件との同値、および両鎖条件の短完全列に沿う保存から従う。
- 基底v1,…,vnに対する部分空間0⊊kv1⊊⋯⊊Vは、一次元の単純因子をn個もつ組成列である。Zの非零部分加群は最小正整数と除法を用いてdZと表すことができるため、Zは Noether 加群である。降鎖Z⊋2Z⊋4Z⊋⋯は停止しない。
- 本文のL1,L2によって0⊊L1⊊L2⊊Tは単純因子を三つもつ組成列になる。k線形部分空間W⊆Kから作るIWは右イデアルであり、spank{1,t,…,tn}は真の昇鎖を、tnk[t]は真の降鎖を与える。右T部分加群は左Top部分加群と同じ集合であるため、反対環は左右の相違を左加群の鎖条件の相違として表す。
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11 仮定と後続範囲の境界
本記事では、一般の単位的結合環上で鎖条件、組成列および有限長を扱い、左加群に関する結果から反対環を用いて右加群に関する結果を導いた。
直既約加群、Fitting の補題、有限長加群の Krull–Schmidt の定理、および有限次体拡大に対する Noether–Deuring 型の同型判定は、後続の「直既約加群と Krull–Schmidt の定理」で扱う。可換 Noether 環のイデアル論、Hilbert 基底定理、および Noether 環上の有限生成加群の構造は、「Noether 環と有限生成性」に委ねる。
可換 Artin 環の構造と局所環への分解は、「可換 Artin 環とその加群」に委ねる。半単純加群、単純加群の直和分解および半単純環の特徴づけは、「半単純加群・半単純環」に委ねる。射影分解、Ext および Tor は、本単元の「ホモロジー代数入門」で扱う。入射分解および抽象的な導来関手は、後続単元で扱う。